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第9話 一夜城

 

「それで、考えっていうのは?」


 数日後、アーディンは準備ができたとエマを連れ出し、ディオレス山の上空に連れてきていた。

 眼下には、大きく広がったディオレス山の尾根の1つがあった。尾根の終端が近く、その先に川が流れていた。目線を川にそって動かした先の彼方にはグラスリーバーの街が見える。


「俺を誰だと思っているんだ、という話だよ、エマさん」

「……魔法使い」


 冗談の話では無いことを察して、エマはきちんと答えた。


「そう。それでは魔法使いとはなにか、だ。それは、力ある魔法の文字を使いこなし、世界に振る舞いを強制する能力を持っている、ということだ。

 1つの魔法文字では曖昧な意味しか持ち合わせていないものを、文字を連ねて文を構築し、意味を特定しなければ望む効果は得られない。そこが魔法の難しいところで、たいていの魔法使いは、完成した長大な魔法文を道具に刻んで即席で使えるようにして使っている。

 しかし、俺は違う」


 アーディンが右手を振ると、無数の光でできた文字が周囲に舞った。


「望む効果に対して最適な文字、構文、配置、それが自ずから分かる。昔は少ない文字数の制限があったが、いまや制限値は百万字を超えている。故に百万の魔法を極めた<万魔の詠唱者(ミリオンスペラー)>と俺を呼ぶ者もいる」


 周囲に舞う文字が数を増やしながら、地面に向かって散っていく。

 文字はいくつかの塊を作りながらそこら中の物体に張り付いていった。


 木の幹に、枝に、葉に。

 巨岩に、岩に、小石に。

 獣や虫に至るまで。


「あるところに、一夜で城を築いた男がいるらしい。一夜城というそうだが、魔法が使えない男にできて、俺にできないことがあるだろうか」


 ない。


 魔法文字が尾根の一部を囲うように円形に配置され、上空にも同じような文字の輪が浮かび、その間を円筒状に無数の文字が流れた。


「築城魔法、温泉旅館編。我が夢よ、在れ」


 魔法が完成し、力を発揮する。

 円筒の中の物全てが舞い上がった。まず獣や虫が円筒の中から出され、近くの地面にそっと放された。


 土台。

 尾根が形を変え、平らな場所を作った。平地の縁には石を積み上げて石垣にして固められた。


 基礎。

 大きな岩が刻まれて方形に整形され、建物の基礎部分を作っていく。


 その上に木とレンガと土で柱や壁、床が作られていった。

 大きなガラスが板状に加工され窓になり、梁の上に屋根が作られ、瓦が葺かれていった。


 エマの目の前でみるみる建物が完成していく。


「すごい……」


 本来なら何ヶ月もかけて作っていく建築物が瞬く間にできあがっていた。

 魔法文字が役目を終えてかき消えていった。

 あとには完成した建物が残されている。


 アーディンとエマは地上に降りた。

 ぱっと見る限り、建物の作りはかなりしっかりしている。

 地上2階建ての重厚な建物だが、大きなガラスが多用されていて、窮屈そうな感じはない。


「中を見ても?」


 エマは尋ねた。


「もちろん。内装や調度品はこれからだから、中はからっぽだけどな」


 アーディンの許可を得て、エマはフレスから降り、旅館の入り口へと向かった。

 入り口は板の引き戸だ。何本か、細いガラスのスリットが通っていて中に光が入るようになっている。


 エマはその引き戸を開け、中に入った。


 広い空間だ。

 天井は高く、壁の一面はほぼ全面ガラス張りで外の景色を眺めることが出来る。

 床は菱形に切られた石で、ところどころサイズや色が違う菱形が混じっているのが遊び心だ。


「ここにはテーブルとソファーを置く。到着時と出発直前にくつろぎつつ手続きをするためのロビースペースだ」


 アーディンが補足の説明をしてくれた。


「なるほど」


 エマはその状況を想像しながら窓際に行ってみた。


 遮る物なく遠くの景色が見える。

 川が伸び、そのほとりに城壁に囲まれたグラスリーバーの街がある。その周りは青々とした畑が広がり、その先には地平線までずっと目線が通っている。

 空の上から見ているような景色だった。


「エマさんは空から見てるから見慣れたものかもしれないが、この景色を見ながら茶を飲んだら1日いられるはずだ」

「そうだね……。あと私、空飛んでるときだいたいアーディンさんへの突っ込みで忙しくて景色楽しむ余裕なんてなかったからね!?」

「はは、そうかそうか。じゃあ調度品整ったら一度ここでゆっくり茶でも飲もうか」

「楽しみにしてる」

「任せろ」

「オッケー。ちなみに、調度品はどうするの?」

「このあと俺が一つずつ作っていくさ。その間、エマさんにはやって欲しいことがある」

「何でしょう」

「アールヴたちの教育だ。あいつら宿屋の営業がどういうものか分かってないだろ」

「そうだね、きっとそうだよね。そっか、彼らこれまで狩猟と採集で生きてきた人達か……」


 エマはつい遠くを見てしまった。これからの苦労を考えてのことだ。


「頼むぞ」


 そう言われては、エマはもうやるしかない。


「分かった。でも私は、宿屋の雉の一鳴亭のやり方しか知らないけど、それでいいの?」

「ああ」


 アーディンはうなずいた。


「俺が雉の一鳴亭に行ったのは、エマさんのご両親なら俺の志を分かってくれる、目指したいところを分かってくれるのではないかと思ったからだ。温泉旅館に大事なものを、ご両親は確かに持っていたと思う。エマさんにもその心は受け継がれているはずだ。今日までのことで、俺はそう思っている」

「そ、そう」


 エマは照れた。急に真面目に褒められると困る。

 エマは照れ隠しに腕を組んだ。


「そうまで言われたら、私も頑張るしかないね。あーしょうがない。あいつと結婚せずに済ませるためなら、この計画をなんとかするしかないんだもんね私は」

「頼む。エマさんは俺に賭けてくれたつもりかもしれないが、俺もエマさんに賭けてるんだ。一緒に頑張ろう」

「わかってるよ、泥船のアーディン」


 強がって混ぜっ返して、エマは足早に旅館の奥へと足を進めた。



 客室。

 部屋は10室。

 そのひとつの扉を開けて中に入ると、小さな玄関がしつらえられていた。


「その先は靴を脱いであがってくれ」


 というアーディンの言葉に従ってエマは靴を脱いで部屋に上がった。

 室内は広い。正面には大きなガラス窓があり、ディオレス山の巨大な山体が正面に望めた。


「この窓、こんなに大きなガラス窓、見たことないよ」

 中桟のない大きな一枚のガラス。

 グラスリーバーにある窓はどれも、手のひら一つから二つ程度の大きさのガラスを格子状の木枠で並べてはめて作られたものだ。

 景色を邪魔することのない大きな窓。窓などないかのようでありながら、明らかに存在するガラスが景色を一枚の絵画であるかのように見せてくる。この数日何度も見たディオレス山だが、こうしてみると新鮮さが感じられた。


「景色を楽しむにはこれがいいと思ったんだ」



 食堂。

 食堂は、テーブルや椅子が無いとがらんとした印象だ。

 これまでの場所と違い、大きな窓は1つ横に細長いものが設けられているだけで、そのほかは普通のサイズの格子状の窓がはめられていた。


「食事はゆっくり会話を楽しんだ方が良いからな。夜は窓にカーテンを降ろす事を考えている」

「なるほど。料理はどうするの?」

「もちろん考えてある。温泉旅館の国は食事の発展がすごくてな、驚くような料理が無数にあった。全てを再現するのは無理だが、いくつかはできるから、それを出そうと思う」

「ほう……」


 どんなものだろう、とエマは喉を鳴らした。

 この辺りでの食事と言えば、たいていパンと汁物だ。裕福な家では肉や魚を焼いた物を食べることもあるようだが、たいていのところでは、『とりあえず鍋に放り込んで煮て塩味をつける』というのが料理の基本だ。


「調理道具を調えた後、皆で試食会をやろう。いずれ作り方も覚えて貰うけどな」

「うん」



 風呂。

 脱衣所を抜けると、ガラス張りの内風呂があった。浴槽は木でできた大きな物で、まだ湯は張られていない。

 内風呂から外に出る扉を開けて出てみると、屋外には岩を並べて作られた浴槽があった。

 湯船の向こうには遮る物のない山々の景色が広がっている。


「これは……」


 屋外に湯船、という状態がエマには理解できない。


「露天風呂という。湯で体を温めつつ、景色や冷えた夜風を楽しむことができるという風呂だ。町中では決してできないタイプの風呂だな」

「そうだね」


 風呂にせずともいつまでも眺めていられるような景色だ。アーディンの言葉通り、こんなしつらえは町中の公衆浴場では決してできない。

 形になった旅館を見て、エマにもようやく温泉旅館というものの姿が分かってきた気がした。


 大きな町で生活している人々には、このシチュエーションは開放感、リラックスをもたらすだろう。

 グラスリーバーも同じように人を集めている所だが、グラスリーバーにはここまでの景色はない。

 場所としての魅力はここの方が勝っているように思われた。

 だからこそエマは、残された唯一の懸念を伝えることにした。


「いい場所だけど、アーディンさん、こんな山の上にどうやって人を呼ぶの?」

「正面玄関から見て分かったと思うが、ここはグラスリーバーから近い。そして山を下ればすぐそばに街道も通っている」

「斜面の上、って言うのが最大の問題だと思うんだけど」


 ここまで客を登らせるのだろうか、というのがエマの疑問だ。


「大丈夫、そこもきちんと考えてある。ま、その仕組みが完成したら見せてやるよ」


 アーディンは自信ありげだが、これまでのいきあたりばったりを見ると、エマには若干の不安が残るのだった。



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