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第11話 はじめての客


 護衛達が傷の応急処置をしている間、アーディンは先ほど打ち倒した野盗の体を調べていた。

 彼が打ち倒した野盗は3人。

 いずれも十分な手加減をしたにもかかわらず、3人とも死亡していた。


(ありえない)


 一人くらいは打ち所が悪くてということはありえる。しかし3人とも死ぬほどの打撃は加えていないつもりだ。

 アーディンの魔法とて万能ではなく、死因を調べることはできない。護衛達の応急手当もすぐに終わるだろう。

 とはいえ可能性は、アーディンが手加減をミスしたか、自殺したかくらいのものだ。

 さすがに前者とは思えない。

 そうなると後者。

 つまり、あの商人と娘はやはりワケありだという可能性だ。


「ま、今の俺は旅館の旦那だ。犯罪者で無ければ客の素性には目をつぶるさ」


 小さく呟いた。

 わざわざ龍の巣に首を突っ込むことはない。





 商人グルジア一行はアーディンを先頭に街道沿いに進み、ある地点で立ち止まった。


「こんなところに宿屋などあったか?」


 グルジアは首をかしげながら馬車を降りた。


「最近できましてね」


 そう言いながらアーディンが指し示す先には、グルジアがみたことのない不思議な構造物があった。

 目の前には山がある。

 巨大な山の一部、このあたりで知らぬ者はいない火龍アルスディオーの領地だ。人間が自由に使うことを許されたのは街道までの区域。そこから先は太古の協定で人間が住むことを禁じられた土地のはずだ。


「アーディン殿、ここから先は火龍様の領地では」

「はい。私どもはアルスディオー様より許可を得て営業しております」


 そのアルスディオーの領地の中にその構造物はあった。

 巨大な鉄の柱が、麓から尾根へと一直線に並び、その柱のてっぺんには太いロープが平行して張られている。

 その一番下の柱のわきに、箱形の物がロープからぶら下がるように鎮座していた。巨大な檻のようにも見える。


「あれは……なんだ?」

「ロープウェイというものです」


 アーディンが回答した。


「ろーぷうぇい?」


 グルジアも、護衛達も、初めて聞く単語に首をかしげた。


「はい。あれで宿屋のあるところまで皆様をお運びいたします。説明するよりも乗ってしまった方が早いでしょう。馬車が乗れる大きさに作っております、そのままどうぞ」


 だれ一人何がどうなるのか理解できないまま、勧められるままに馬車を勧め、全員がその檻の中に収まった。

 檻と行っても、鉄で作られた枠に床が敷かれて人の胸ほどの高さの柵が巡らされているだけで、その上は空いている。閉じ込められた感じはしなかった。


 馬車の背後で柵が降りた。


「それでは動きます」


 アーディンが言うと、檻はひとりでに動き出した。柱に張られたロープを登るように空中を登っていくようだ。


「な、なんだ!」

「何が起こっている!?」

「空を飛んでいるぞ!」


 護衛達が動揺していた。


「ご安心ください。宿のある高さまでこれでお連れする仕掛けです」

「し、しかけ……。これが……」

「はい。実は上でゴーレムがロープを引っ張っております」

「そ、そうだったのか。これだけの人数と馬車を引き上げるほどの力を持つゴーレムか……」


 グルジアが喉をならした。


「それほどのゴーレムを作れる職人、ぜひ紹介してほしいものだ」

「それがアルスディオー様から他言無用と言いつけられておりまして」


 アーディンのごまかしにグルジアは肩を落とした。


「そうなのか。残念だ」


 みるみるうちに檻、もといロープウェイの籠が斜面を登っていく。

 目指すは尾根の上。護衛達が進行方向を見上げてもそこにはまだ山しか見えない。


 終点にたどり着いて、彼らは見た。

 切り拓かれて平らにならされた尾根の上に、立派な建物が建っている。

 2階建てと、高さは対したものではないが、大きく広がって、堂々とした構えだった。


 その建物の入口らしき所に、人が2人、並んで立っていた。

 一行はロープウェイの籠から馬車を出し、その建物へと向かっていった。

 建物の入口前で待っている人物は、2人とも少年くらいの背丈で、1人は顔の上半分を仮面で隠している。

 護衛達のほぼ全員が、顔を隠していない方の少年に目を奪われた。

 少年のようでもあり少女のようでもある。その金の髪も珍しいことながら、とがった耳朶と赤い瞳があいまってこの世の物とも思えない美しい雰囲気を出している。


 その顔に浮かぶ微笑が蕩けるようで、怪我をしている者でさえ痛みを忘れた。

 美人を見れば茶化し誘うのが常套の彼らが言葉を失っていた。


 少年たちはグルジア達が近づいてくるのを見て待っていた。

 そろそろ叫ばずとも声が届くだろうか。そう思った瞬間。


「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」


 花のような声が護衛達の心を奪った。


「長旅お疲れでしょう。怪我をしている方もいると聞き及んでおります。手当の用意を調えておりますので、中へどうぞ」


 猫の皮を10枚は被ったレイシアがそ、と手で建物の中を案内する動きを見せると、護衛達がふらふらと進み出ようとした。


「仕事中だぞ」


 デヴィデトの低い声が彼らを現実に戻して立ち止まらせた。


「グルジア様、つきました」


 デヴィデトが馬車の中に声をかけると、グルジアと娘が降りてきた。グルジアも娘もレイシアを見て一瞬息を呑んだが、さすがというべきか、すぐに平静を作った。


「アーディン殿、ここが貴殿の宿なのか」

「はい。後楽館と申します。この敷地内にいる限り、不逞の輩は決して近づけさせないことをお約束いたします」

「そうか、ありがとう。おぉ、何をしているのだお前達。手当てをしてくれるというのだ、我々のことは良いから早く手当てをして貰いなさい」


 グルジアが護衛達に言うと、護衛達は安心して建物の中へと入っていった。


「さて、それではアーディン殿、我々はどうしたら良いかな」

「馬車は私のほうでお預かりしておきます。部屋へのご案内は、そちらの者が」


 アーディンはレイシアを指し示した。


「そうか、頼む。ところで、私と娘は別の部屋でお願いしたいがいいだろうか。娘も年頃になってくると父親との同室は嫌だと贅沢を言うのでね」

「もちろん大丈夫ですとも。レイシア、そういうわけだから、頼む」

「はい、旦那様。それではグルジア様、それと……」


 レイシアが娘に呼びかけようとして、止まった。


「フランチェとお呼びください」

「かしこまりました、フランチェ様。それではどうぞこちらへ」


 グルジアとフランチェはレイシアに案内され、建物の中へと入っていった。


 ロビーでは既に、護衛達の治療が始められていた。

 応急処置で巻かれていた布を外し、たっぷりの水で傷口を洗っている。怪我が軽い者には塗り薬が塗られているようだった。

 手当てをしているのは皆、仮面をつけている少年少女だった。


「仮面をつけているのはなぜなんだ」


 グルジアが当然の疑問を口にした。


「私たちは、この宿で働くために召喚された妖精でございますので」


 レイシアの回答は核心をあえて外したものだが、妙な説得力を持っていた。


「そうなのか。人間はアーディン殿だけなのか?」

「もう1人、女将が人間です」

「オカミ?」

「この宿の現場を取り仕切る女性です。後ほど挨拶に伺います」


 グルジアとフランチェはロビーを通り過ぎ、宿の奥、客室へと向かっていった。





 日が暮れると、護衛達は食堂に集められ、料理と酒が振る舞われた。

 料理はいずれもシンプルなものに見えた。


「やばい、やばいやばいやばい」


 ただ焼いただけに見える鳥の肉を豪快にフォークで刺してかじりついた護衛の一人が、語彙を失っていた。


「なんだこれめっちゃうまい。ただ焼いた肉じゃ無いぞこれ。レモンの香りすっげぇ!」

「そちらは雉肉の幽庵焼きです。鶏肉をレモンを使った甘しょっぱいタレに浸けてから焼いたものです」


 給仕のアールヴがすかさず説明を挟んだ。


「ユーアン焼き! うまい! もう一皿くれ!」

「かしこまりました」


 アールヴが一礼してさがって行った。


「酒にめっちゃ合うぞ! 酒が進むー!」


 別の護衛は、幽庵焼きを肴にジョッキの酒を飲み干していた。


「もう一杯いっちゃいますか?」


 近くにいたアールヴがさっとその空きジョッキを受け取って尋ねた。


「おう頼む!」

「はぁい、おかわりいただきましたぁー!」


 宴席には宴席の接客を。エマによる特訓のたまものであった。





 一方、グルジアとフランチェは別の静かな部屋で食事を供されていた。


「雉のレモン仕立て幽庵焼き、付け合わせは季節の葉物野菜のソテーでございます」


 一人一皿、美しく盛り付けられた料理がすっと差し置かれた。


「良い香りだ」

「はい。こちらにはブルート産のこちらの葡萄酒が合うかと用意させていただいておりますが、いかがでしょうか」


 アールヴは持ってきていた酒瓶をグルジアに示した。


「おぉ、ぜひそれを貰おう」

「はい。お嬢様はいかがなさいますか?」

「私も同じものを」

「かしこまりました」


 アールヴは優雅な動きでグラスをテーブルに置くと、そこに透き通った色の葡萄酒を注ぎ入れた。


「さて、さっそく味の方を……」


 グルジアが雉肉をナイフで一口大に切りわけ、口に運んだ。


「むむ、これは」


 グルジアがうなる。


「美味しいですね。レモンの爽やかな香りから始まって、かむごとに雉のジューシーな旨味があふれ出してくるようです。美食家で知られるヌーヴェル伯爵家の料理にも引けを取りませんわ」


 フランチェも賞賛を惜しまない。


「ありがとうございます。料理人に伝えます」

「さて、酒の方は……む、料理の余韻が更に引き立ったぞ。あぁこのワインのなんと滋味深いことか」

「亭主によると、酒はただあれば良いというものではなく、マリアージュが大事だとのことです」

「なるほど、そうか。そんな考え方があるか、いや確かにその通りだ」


 グルジアはワインと料理を交互に口にしてはうなり続けた。


「ところで護衛達は、楽しんでいるか?」


 その途中でふと思い出したらしい。


「さきほど楽しげな声が廊下まで響いておりました」

「よかった。あとで彼らに酒を差し入れたい。選んでおいていただけるかな」

「お任せください」


 アールヴは請け負った。優雅な席には優雅な接客を。これもまた特訓のたまものであった。





「はぁー」


 デヴィデトは湯船に浸かるとついため息を出してしまった。

 道中、気の抜けない時間が続いていた。そこに野盗の襲撃がきて、アーディンに助けられるままここに来たが、驚かされることも多く、いま風呂に入ってようやく何かが抜けていったようだった。


 おおいに食べ、おおいに飲んだ。 

 傷が深い者達はさすがに酒は控えていたが、食べる元気はあるようで、デヴィデトは安心していた。


「よい宿だ……」


 宿に風呂がある、というのはデヴィデトにとって初めてのことだった。町中にある宿屋は近くにある公衆浴場を使うようになっているし、道中にあるような宿にはそもそも客に風呂を貸すという発想がない。


「気持ちが良いのはこの場所なのか、湯加減なのか」


 どうでもいいことだと感じつつ思考を巡らせる。


「両方ですとも」


 自問に対して答えが来るとは思っていなかったので、デヴィデトは少なからず驚いた。

 振り向いてみると、アーディンがいた。


「アーディン殿か」

「湯加減はいかがです?」


 アーディンは聞きつつ、湯船に入ってデヴィデトの近くに座った。


「最高ですね。公衆浴場も、もっと温度に気を配ってくれれば良いのですが」

「火で沸かしていては温度を一定にするのは難しいことですから」

「……ここは違うのですか」

「ここの湯は、大地の底から高温で湧き出てくる奇蹟の湯を使っております。この湯自体、切り傷や様々な病気をよくし、疲れを取り払う力があるのです」

「魔法のようですね」

「魔法の湯ですとも。美味いものを食べ、美味い酒を飲み、魔法の湯に浸かり、景色を楽しむ。そうすることではじめて緊張した心が開け、癒やしの時間が訪れる。そう考えています」

「なるほど。実感します」

「そうでしょう。ぜひまたお越しください。じつは先日完成したばかりなので、まだ誰にも知られていないのです」

「知り合い全員に勧めますよ」

「ありがたい。デヴィデト殿は、いろいろなところに行っておられるのでしょう?」

「まぁ、そうですね。北にも南にも、東にも西にも頼まれればどこへでも。そういえば」


 デヴィデトは言葉を切ってアーディンを見た。


「最近、このあたりで火龍を討つべしと主張する勢力が力をつけてきています。モルセ教団という、人間は神に選ばれた存在だとする者達なのですが、ご存じですか」

「さて」


 アーディンはとぼけた。

 知っているどころではない。それこそアーディンが聖騎士を務めていた教会の名である。

 妖精狩りを行い、光龍を討った教会。


「いまはまだこの辺りでは大きな勢力にはなっていないようですが、彼らの本拠地である遙か北の地では、龍を滅ぼし、その際に街がひとつ消されたとか」

「……おそろしいですね」

「その通りです。ここは火龍の領地の中、気に留めて置いた方が良いかもしれません」

「忠告、痛み入ります」


 この辺りにまで勢力を伸ばしてきていたとは、アーディンの全く知らないことであった。


(警戒が必要かもしれないな)


 すぐに火龍を討ちにいく、ということはないだろう。アーディンが抜けた今の教会に、龍を殺せるほどの者はいないはずだ。

 だが、何か可能性のある切り札を手にするなどして無謀な戦いを挑まないとも限らないし、そうなれば火龍の戦いの余波はこの辺りに確実に影響を及ぼすだろう。


(フレス、頼む)


 アーディンはフレスに短く命じた。フレスにはそれで正しく意図が伝わる。


『分かりました。近隣の街を回って、教会の影響力を調べてきます』

「やれやれ」


 アーディンは湯に肩まで浸かって、疲れを吐き出した。


「人の気配を感じないこんな山奥でも、やはり人は人の面倒ごとから逃れられぬものなのだな」


 独り言のつもりだったが、思いのほか声が大きくなってしまっていたらしい。


「それが、人の世の常というものでしょうね」


 デヴィデトが悟った風なことを言った。


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