合成生物キメラランド
この小説はフィクションであり、実在の人物、団体、事件とは、一切、関係ありません。
prologue
「こどもたちのアイデア募集。」
という広告が出た。CMも流れた。日本の、セオファクトリーコーポレーション(SFC)という企業のものである。
「こどもたちが考えた夢の生き物たち。」
の絵と特徴を書いて送る。採用者には、100万円が渡される。SFC創業者で社長の瀬尾政伸は、まだ40代前半である。
「こどもたちの夢を叶えること。」
が、理念であると、雑誌のインタビューで、言っていた。
「社長。ざっと、30~40件。選考しました。」
「はい。じゃあ、それ全部採用。お金送ってあげて。あと、今日から、仕事始めて。」
「承知しました。」
それから3年後、長野県と栃木県にまたがる山の中で、秘密裏にSFC社の合成生物ランドがオープンした。
chapter1
国家公安委員会の公安警察に所属する田原真紀と加藤真は、SFC社の内偵捜査で、群馬県と栃木県にまたがる山の中に、来ていた。
「あれ、きな臭いな。」
「こんな山奥で、何やってるんですかね?」
航空写真で確認した敷地面積は、80ヘクタール程。大部分は、森林と屋根で覆われている。
「どうします、真紀さん?」
二人はここまで、リュックを背負って、二日間、山中を歩いて来た。
「とりあえず、写真。」
建物の外観周囲を写真に収める。
「おい。加藤、どうした?」
後ろから付いて来ていた加藤の姿がなかった。次の瞬間、真紀もまた、何者かに、麻酔薬を注射されて、意識を失った。
「先輩。」
「加藤?」
「よかった。」
「ここはどこだ?」
「閉じ込められたみたいですね。」
六畳程の部屋に、簡易ベッドとトイレが備え付けられている。真紀は、ベッドの上に寝かされていた。
「携帯は?」
「だめです。拳銃も。全部、取られてました。」
「おーい!!誰か来い!!」
格子窓の付いた扉に向かって、真紀は、叫び、扉を叩いた。足音が流れ、しばらくの後、防護服で顔を覆った人間たちがやって来た。
「お前ら、SFCの関係者だろ!公安警察なめんな!!分かってんのか。」
二人の様子を確認すると、格子の隙間から、固形食品とゼリー飲料が、バラバラと床に落とされた。そのあと、防護服の人物たちは立ち去って行った。
「先輩。」
「国、なめてんのか。あいつら。」
真紀は、固形食品とゼリー飲料の封を開けて、摂取し始めた。
「大丈夫ですか?」
「だって、これ市販のやつだろ。」
「そうみたいですね。」
「お前も、とりあえず食っとけ。あと、トイレのとき、耳と目を塞いどけよ。振り返ったら、ぶっ飛ばすからな。」
翌日。だろうか。太陽が見えないので、分からないが、足音と伴に、人が来て、格子の隙間から、投げ入れられた麻酔ガスで気を失った。
「加藤。起きろ!!」
二人は、手足を拘束されて、椅子に座らされていた。
「うえ!?はい。」
「寝ぼけてんな。前見ろ。」
「気がつきました?」
「瀬尾政伸!?」
二人の前にテーブルを挟んで、瀬尾が座っていた。
「そうです。えっと。田原真紀さんに、加藤真さんでしたか?単刀直入に言うと、見逃してくれません?お金なら払いますから。」
「ふざけんな!!」
「一人、5千万でどうです。ただ、詳しいことは、上に報告しないだけでいいので。」
「瀬尾、お前、ここで、何、作ってんだ?薬か?」
「仕方ないな。人殺しは、したくないんですよ。あくまで、穏便に済ませたい。あと1、2年待ってくれませんか。私は、日本政府や国民の方々の危害になるようなことはしていません。それは、保障します。」
「それは、お上が決めることだろ。変なことしてないんだったら。隠すことないじゃねえか?」
「ただ、規制は、破ってます。これは、確実に。」
「加藤、こいつ馬鹿か?」
「いや。さあ…。」
瀬尾は脚を組み替えた。
「規制に縛られていると、夢は成り立ちません。」
「世間じゃ、それが、ルールってんだよ。」
「もう1、2年。そうすれば、国内からは移動します。それまで、見逃して下さい。」
「加藤どうする?」
「どうするって?」
「お前が決めろ。」
「僕が、ですか?」
瀬尾は脚を組み替えた。
「加藤さんと、お話すれば、良いですか?」
「瀬尾さん。あなた、ここで、何をしているのですか?それ次第では、上に報告するかどうか。というところです。」
「3年前、私が、こどもたちのアイデアを募集したことは、知ってます?」
「ええ。こどもたちの考えた夢の生き物たち。ですよね。」
「それを実現していると言いましょう。」
「具体的には?」
「テーマパーク。を、作っています。」
「こんな山奥で?」
「ここは、生産拠点です。準備ができ次第。国外に移動します。」
「それを聞く限り、問題なさそうですが?」
加藤は、真紀の方を見た。
「でしょう。だから、見逃して下さいと。」
「どうします先輩。」
「瀬尾。とりあえず、この拘束はずせ。そうしたら考えてやる。このままじゃ、別件になるからな。」
「そうですね。おい。」
瀬尾が合図すると、防護服の者たちが来て、二人の拘束を外した。
「うわあ!?」
真紀は、防護服の男の首を腕で絞めた。
「悪いけど、正当防衛だからな。加藤。行くぞ。」
「はい。」
二人は、人質を連れて、扉を出た。
chapter2
「お前!!」
「はい!?」
「私たちの荷物の場所教えろ。」
人質の男は首を振った。
「加藤。こいつの腕を一本折れ。」
「ちょっと!?」
「ありそうな場所でいいから教えろ。」
「事務所。」
「どこにある?」
「そこの扉の奥だ。」
「よし。」
「ちょっと!?うえっ…。」
真紀が首を絞めると、防護服の男は、失神した。
「行くぞ。加藤。」
「はい。」
相変わらず、恐ろしい先輩だと思った。
「おい!うっ!?」
事務所の中にいた警備員を、真紀は回し蹴りで、失神させた。
「ありそうか?」
「ありました。」
荷物は、ロッカーの中に、乱雑に置かれていた。
「拳銃もあるな。見取り図とかないかな?」
「これじゃないですか。」
壁に避難経路が書かれた地図が貼ってある。
「この開けた所が、門かなにかですかね?」
中央に丸い空白地帯があり、その南側一面に建物があり、その真ん中に広場がある。
「ここって、周り全部、フェンスに有刺鉄線だったよな?」
「ええ。」
「門から出るか。」
事務所には、扉が、もう一カ所ある。二人は、警備員のベルトに付いていた鍵束を持って、そちらに行くことにした。
「社長。どうしますか!?」
「あの二人に、ランド内、案内してあげて。付き添いはいらないから。」
瀬尾は、建物の奥に消えて行った。
「いたぞ!!」
「おい。あいつらライフル持ってるぞ!!」
「やばいですね。でも、撃って来ないですよ。」
「でも、あれ、ライフルだよな?」
「ええ。」
警備員や防護服が追って来ていた。
「なんかさあ。どこかに、誘導されてない?」
「そうですか?」
廊下を走って行く。が、しばらくすると、反対側から人が来る。二人は、近くの扉に入る。それを何度か、繰り返したあと、中庭に出た。
「先輩。なんか、鍵閉められたみたいですよ。」
「マジか…。嫌な予感、バリバリするんだけど…。」
辺りは、木々が茂っている。
「どうします?扉、破れそうではない、ですけど。」
「進むしかないだろ。加藤。拳銃用意しとけ。」
「発砲するんですか?」
「念のためだ。瀬尾のやつ、生き物だとか言ってたろ。熊とかライオンとか、飼ってんじゃねえのか?」
「ありえそうですね。」
二人の拳銃はH&K社製で、装弾数は15発である。予備弾はない。
「おい。さっそく来たぞ。」
前方の草むらがカサカサと揺れて、ライオンの顔が現れた。
「やっぱ、ライオン…。だよな?」
こちらに近づいて来るに連れて、頭がライオン。体からはヤギの頭が生えて、尻尾が蛇になっていた。
「ヤギじゃないですか?」
ライオンの頭は、吠えた。あと、ヤギの頭も鳴いた。
「とりあえず逃げるか。」
二人は、草むらに入った。
「追って来るか?」
「いや、たぶん。大丈夫。」
拳銃を構えて、辺りを警戒した。
「あれが、瀬尾の言ってた、こどもたちの夢か?」
「どうなんですかね…?」
「グロすぎだろ。」
「先輩。これからどうします?」
「私の予感だとさあ。ここに閉じ込められたっぽいよな。」
「それは、嫌ですね…。」
「私もだよ…。」
「さっきの扉の所、戻りませんか?変てこな生き物より、人間の方が、まだ、相手しやすいというか…。」
「そうだな…。でも、さっきのやついるぞ。」
chapter3
とりあえず、二人は、直角方向に進むことにした。事務所で見た地図には、南側一面が建物になっていた。森を進むより、建物沿いを進むことにした。
「そういえば、加藤、携帯は?」
「圏外です。」
「ですよね~。」
「こっちで、道、合ってます?」
「多分、こっちだろ。」
ライオン(?)から、多分、斜め横方向に走って来たから、直角に進めば、建物にぶつかるはずである。
「おい!加藤。」
「なんですか?」
「人が倒れてる!」
向こうに池が見える。その畔の草陰に、人の姿があった。黒髪の長髪で、はっきりとは見えないが、女性のようである。
「行くぞ!」
「あっ。先輩!?」
真紀は、駆け出して行った。
「おい!あんた、大丈夫…。か…。」
草陰から上半身だけが、突き出している。真紀が全体を確認しようと、下半身の方に目をやると、そこに、手足はなく、ただ、お腹の途中辺りから、人間の体が蛇の体になっているだけであった。そして、その、人一人丸呑みできそうな程の大蛇の頭が、首を上げて、真紀に牙を向けていた。
「先輩。伏せて!」
真紀が地面に伏せるのと、同時に、加藤の拳銃から、9mmの弾丸が3発、発射されて、大蛇を襲った。弾は、大蛇の口を通って、脳に2発。1発は、空に逸れた。脳に損傷を負った大蛇は、のたうち回った後、息絶えた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。すまん。助かった。」
「これ、多分、人の形をして、獲物をおびき寄せるやつですよ。」
大蛇の尾部分には、相変わらず、人間の胴体が付いていた。
「髪の毛も…。うわっ。」
目、鼻、耳、口、髪の毛、全て、本当に人間のようである。
「これも、こどものアイデアか?それにしては、エグ過ぎるだろ?」
「さあ。メディアの影響じゃないですかね?」
「一応、写真撮っとくか。カメラ、まだ、あったよな。」
「ええ。」
加藤は、リュックから、カメラを取り出した。
「先輩。ピースとか、いらないんで…。」
「冗談だよ。マジで、答えるなよ。」
「大きさ比較したいので、蛇の横、寝てもらっていいですか?」
「マジか…。」
大蛇の写真を数枚、撮り、二人は、その場を後にした。
「今さらですけど、上の人たち、これ信じますかね?」
「どうだかな…。」
「フェイクだと思われそうですけど。」
「そうなりゃあ、機動隊揃えて、現場押さえてもらうしかないな…。」
「そうですねえ…。」
「そういや、弾、いくつ使った?」
「3発ですね。発砲理由、何て書けばいいですかね?」
「蛇に襲われそうになったでいいんじゃないの?」
「蛇…。まあ、蛇と言えば、蛇ですよね…。」
「人…ではないからなあ…。」
「あ、先輩、ありましたよ。建物。」
木々の奥に、人工物が見えた。
chapter4
二人は、建造物に沿って進んだ。しかし、壁が続くだけで、一向に、入口らしき物はない。
「こうなったら、端まで行って、フェンスを何とかするか。」
「そうですね。」
それから、しばらく、建物沿いに進んで行くと、森が消えた。二人は、草原に出た。左側には、変わらず建物が続いている。
「屋根の上、登れそうにないよな…。」
「高過ぎますね…。」
建物の高さは、3階建て程で、窓が見えるが、取っ手はなかった。
「草原、行くか…。」
「ですね…。」
二人は、壁を背にして、進んだ。
「先輩。あれ!」
「おー。ユニコーンってやつか。」
「ペガサスみたいなのもいますよ。」
右手の丘の上に、角の生えた馬と、羽の生えた馬が、群れで、草を食んでいた。
「こんな映画あったよな。」
「ジュラシック・パークですか?」
「あ、そう、それ。」
「あれ、結構、人、食べられてますよ…。」
「そっか…。」
「一応、写真、撮っておきましょうか。」
加藤は、ユニコーンとペガサスを写真に収めた。
「先輩。あいつら、何か、急に逃げて行きましたけど…。」
「え…なに?」
ユニコーンとペガサスが、一斉に、駆けて行き、その後から、頭を3つ持った狼が、4、5匹、走って来た。
「あれ、全部で何頭なんだろうな?」
「先輩。呑気なこと言ってないで、僕たちも逃げた方が良くないですか?」
案の定、狼たちは、獲物を取り逃がすと、二人の方へ、走って来た。
「加藤。じっとしてろよ。」
真紀は、拳銃を取り出して、弾丸を1発、狼に目掛けて、発射した。
「よし。」
その弾丸は、狼の一匹の頭部に命中した。しかし、狼は、構わず、二人のもとへ走って来る。
「何で、倒れないんだ?」
「頭が3つ、あるからじゃないですかね…。」
「そっか、1、2、3、4、5…。3×5=15。だめだな。こりゃあ。」
そうこうしてるうちに、二人は、壁を背にして、狼に囲まれた。近くで見ると、1匹1匹が、ドーベルマン程の大きさだった。飛び掛かって来た1匹に、真紀が、回し蹴りを食らわせると、狼は、2m程、飛んだ。
「噛みつかれたら終わりだと思えよ。」
いつのまにか、加藤は、左手に特殊警棒を抜き、右手に、拳銃を持っていた。
「そいやっ!」
足下に来た狼に、真紀は、踵落としを放った。
「よっしゃあ!!」
真紀の靴底には、鉄板が入っている。その狼の頭のひとつは、真紀の踵落としを、脳天に食らい失神したが、他の二つが、牙を向いていた。
「おっ。」
発砲音がして、その狼が倒れた。加藤が、側面から近距離で狙い、頭二つ同時に、弾丸を貫通させた。その後、狼たちは、倒れた狼を咥えて、走って行った。
「助かったな…。」
「そうですね。」
「私って、結構、加藤に助けられてない?」
「そうですか…?」
「ああ。ありがとな。」
「とんでもないです。」
chapter5
二人の前に川が流れている。
「だめですね。びくともしません。」
川は、建物の下を通って、外に出ているが、その入口には、頑丈な鉄格子が掛かっていて、通れそうになかった。
「渡れないよな…。」
「無理じゃないですか…?」
川幅は、5m程あり、底が見えない。そんな二人の目の前を、人間の頭をした亀が泳いで行き、それを、頭にトビウオのような両鰭が付いたワニの頭を持つ、海蛇のような生物が、後ろから来て、丸呑みしたあと、水中に潜って行った。
「やめるか…。」
「そうですね…。」
二人は、川の上流に向かうことにした。
「ありましたよ。橋。」
「ああ。よかった。」
建物から遠くない地点に橋が掛かっていて、二人は、そこを通って、川を越した。
「それにしても、改めて考えると、SFCの技術って、すごくないですか。」
「そうなのか?」
「いくら違法行為でも、なかなかここまで、技術的に実現するのは難しいと思います。不可能を可能にしたって感じだと思いますけど。」
「瀬尾って、どんなやつだったけ?」
「確か、海外育ちで、20代の頃、日本に戻って、事業を興したらしいですけど。それ以前の詳しい経歴は、ほとんど不明でしたね。」
「外国組織とつるんでいても、おかしくはなさそうだな。」
「そうですね…。」
二人は、再び、川を下って建物を目指した。
「おい。加藤。あれ。」
建物の手前のところに、白い物体が固まっている。近寄って行くと、毛が生えており、生物のようだった。
「来るとき、あんなのいたか?」
「いや…?」
二人は、ギリギリの所まで、恐る恐る近づいてみた。その生物は、白く毛が生え、大きな牛のようで、頭から鹿の角が生えていた。毛に覆われた体の、ところどころに、いくつもの目が付いていた。
「先輩。これ白澤ですよ。」
「なんだ、はくたくって?」
「中国の伝説の生き物ですよ。僕、中国武術やってたんですけど、そのとき話で聞いたときありますよ。」
「加藤。そんなのやってたのか。」
「大学の時、中国語専攻でしたからね。」
「危ないやつなのか?」
「いや。伝説だと徳のある聖人のところに現れるらしいですけど…。」
「これは瀬尾が作ったやつだろう。」
「そうなんですかね…。」
「ニン…。ワイ…。」
「こいつ、何か言ってないか?」
「白澤は、人の言葉を話すらしいですけど…。」
傍に寄っても、じっとしているので、二人は、言葉が聞き取れるくらいに近寄ってみた。
「ニンゲン…。コワイ…。コロサレル…。」
「怯えてるのか?」
「ニンゲン…。コワイ…。コロサレル…。」
「でも、逃げないですよ。」
「ニンゲン…。コワイ…。コロサレル…。」
白澤は、その場で、ずっと同じ言葉を発している。
「こういう鳴き声なのかな?」
「さあ…?」
「ニンゲン…。コワイ…。コロサレル…。」
白澤の体に付いている目は、どこか悲しげである。二人は、白澤は、そのままにして、先に進んだ。
chapter6
「加藤。扉だ。」
建物に沿って、ずっと行った先にフェンスがあり、その建物の突き当たりに扉があった。
「鍵掛かってます。」
「鍵ならある。」
警備員が持っていた鍵束から、ひとつひとつ選んでいくと、その中のひとつで、扉が開いた。二人は、扉を潜り、建物内に入ると、内側から鍵を掛けた。
「助かった…。」
「ですね。」
「誰もいないな…。」
建物内は、しんとしていた。二人は、足音を潜ませながら、進んだ。
「おい。加藤。待て。」
「どうしました?」
「ここ。見てみろ。」
通り越そうとした扉の横にプレートが掛かり、管理室と書いてあった。
「証拠になりそうな物、もらってくぞ。」
「大丈夫ですかね?」
扉には、鍵が掛かっていなかった。
「誰かいる。」
真紀は拳銃を構えた。加藤がスイッチを探し、照明が点った。
「ここの職員か…?」
部屋の中には、緑のワンピースを着た若い女性が立っていた。
「星奈。」
奥から足音がして、人がやって来た。現れたのは、瀬尾だった。
「瀬尾。」
「あなたたち、まだいたのか?」
「お前、逃げんなよ。」
「それは、こちらの台詞じゃないかな?」
「何?」
「先輩。後ろ…。」
いつのまにか、真紀たちの後ろには、警備員たちがいて、ライフルを構えていた。
「安心しなさい。実弾ではなくて、麻酔銃ですから。」
「動物たちの餌にしようとしたのに、あてがはずれたな。瀬尾。」
「なんのことですか?キメラランドには、あなたたちが迷い込んだのですよ。私たちは、今まで、あなたたちを捜索していて、今、見つけた。」
「なら、銃を降ろせよ。」
「お互いさまですね。星奈、こっちへ来なさい。」
ワンピースの女性は、瀬尾のもとへ行った。
「星奈…。もしかして、橘星奈博士?」
加藤がそう言うと、瀬尾の頬がピクリと動いた。
「知っているのか?」
「詳しいことは言えないが、公安警察も、それくらいの情報網は持っている。」
「日本の警察も、案外、やるものだな。その秘密主義には、同意できないが。おそらく、君が知っているのは、20年前のテロ事件のことだろう。」
「加藤。何のことだ?」
「20年前、アメリカで起きた政府研究所の占拠事件ですよ。」
「ああ。あの、秘密兵器研究所か何かが、反政府ゲリラに襲撃されたやつか。」
「橘星奈博士は、そのときの犠牲者です。」
「うん?犠牲者って…。」
「まあ、いい。私の口から教えて上げよう。」
瀬尾は、椅子に腰掛けた。
「星奈は私が生き返らせた。」
「生き返らせただあ…。そんなことあるわけないだろ?」
「先輩。多分、クローンだと…。」
「クローン?」
瀬尾が、星奈の手に触れると、彼女は、瀬尾の傍らに寄り添った。
「星奈は、天才だった。アメリカの大学を首席で卒業して、彼女は、政府機関研究所で働くことになった。しかし、あのテロ事件で政府は、秘密が漏洩しないことを最優先とし、人質たちの生命は軽視された。そして、星奈は殺された。政府の下らない秘密主義で、私の大事な宝物が奪われたんだ。私は、愚かで無能な、政府と政治というものを憎んだ。そして、理解した。自分の大事なものは、自分の手で守るしかないのだと。」
「瀬尾さん。あなたは、諸々の行いが、違法行為であると、理解した上で、実行しているわけですか。」
「法など、何の役にも立ちはしないし、何も守ってはくれない。私と星奈は、大学院で、伴に、生物学研究をしていた。そのとき、お互いのDNAを保管しておいた。私は、それを持ち出して、星奈を生き返らせた。20年の歳月を経て、ようやく、私と星奈は、結ばれることができた訳だよ。」
「結局、あの動物たちは、何なんだ?お前の趣味なのかよ。」
「あれらは、研究の成果でもあるし、運営の費用でもある。あとは、その過程で、単純に、子どもたちの夢を叶えてみたかった。もともと、私は、子どもは好きだからね。でも、君たちのおかげで、それもここまでか。私も、この国の政府を侮っていたみたいだ。」
「加藤。すまなかったな。」
「とんでもないです。先輩。」
「何か、勘違いしているようだが、私は、人殺しはしない。それでは政府と同じになってしまうから。」
「動物たちの餌にしようとしたくせにな。」
「だから、それも、君たちの勘違いだ。」
そう言うと、瀬尾は、机の上のコントロールパネルに設置してあるプラスチックケースの蓋を開けて、中のスイッチを押した。
「建物ごと、爆破する気か?」
「まさか。映画では、あるまいし。そんなことをすれば、報道機関のヘリが、すぐに飛んで来てしまう。ほら、聞こえるだろう。耳を澄ましてみたまえ。」
開いている扉から、空気を伝わって、叫び声のような物が微かに聞こえて来た。
「私が押したのは、致死遺伝子だよ。」
「致死遺伝子だあ?」
「この非常用スイッチを押すと、合成生物たちに仕組まれた装置によって、致死遺伝子が発現し、数時間以内に、合成生物たちは死ぬ。残念だが、仕方ない。そろそろ終わりにしようか。」
瀬尾が、後ろを振り向くと、警備員たちが持っていた麻酔銃が発射されて、真紀と加藤は、眠らされた。
epilogue
真紀と加藤は、それぞれ個室に閉じ込められた。何日、経ったか分からないある日、二人は、それぞれ、再び、麻酔ガスで眠らされた。気が付くと、山中の県道で、通り掛かった軽トラの猟師たちに助けられた。荷物からカメラや携帯電話は、無くなっていた。
真紀と加藤の報告を受けて、公安警察は、SFC本社と工場を家宅捜索した。が、既に、証拠は葬られていた。山中の工場にも、真紀たちが言ったような合成生物たちの死骸や痕跡はなく、残っていたのは、食肉加工用の機器と廃棄物だけであった。その後、SFCは、親会社であるアメリカの企業が、SFCの株を売却し、本社や工場は、名義を変えて、関東の食品メーカーの手に渡った。
「結局、信じてもらえなかったな…。」
「そうですね。」
「瀬尾は行方不明だし…。」
「海外に逃亡したんでしょうかね。」
真紀と加藤は、静養も兼ねて、しばらく、休暇を取らされた。上の方には、真紀と加藤の報告は、薬物か何かで眠らされたことによる幻覚だったと結論づけられた。
「あれ。本物だったよな?」
「僕もそう思いますけどね…。証明できなかったですから。」
「だけどさ。あいつ。瀬尾のやつ。自分の恋人を宝物だって、言ってさ。何様だっつう感じだよな。」
「そうですか?僕は分からなくもないですけど…。」
「は、加藤。マジか?」
「大切な物っていうことなんじゃないですかね?」
「大切だってのは、分かるけどさ。なんか、物っていうのが、引っ掛かるんだよな。」
「動物とか生物とか人物とかも、物って言いますよね?」
「まあ、そう言えばそうだけどな。だけどさ。可哀想じゃないか?夢だか何だか知らないけど、勝手に作られて、勝手に殺されるのってさ。」
「まあ、そうですよね…。」
「私は、絶対、あんなやつ、恋人なのは嫌だからな。」
「先輩は…。まず、相手を探すところから始めないとですね…。」
「加藤。お前、それ、なんか引っ掛かるけど、深い意味はないよな?」
「か…。勘繰り過ぎですよ。先輩。」
「じゃあ。許してやるか。お、いたぞ。行くか。」
「はい。」
田原真紀と加藤真。二人が、お互いの恋心に気が付くのは、まだ、だいぶ、先のことである。
fin