五色の賢者会議
「第……えーと……多分三十六回、五色の賢者会議ー!!」
「い、いえーい?」
とある王国の広間。円卓の最も最上位の位置に陣取った黄髪の女性が高々と拳を上げる。それに反応し、周囲の顔色を伺いつつ不慣れに反応する人物がまた一名。黒髪の、背の低い少女。
それを見ていた残り三名の内、青髪の青年がやれやれといった様子で口を開く。
「ミア。朝っぱらから何だそのテンションは?」
「ちょっと!! 折角あたしが招待してあげたのになんでそんっな暗いのよ! ほら、ムードブチ上げで行きましょ! ね、フウゼツちゃん!」
「え? えーと……そ、そうね……ミアちゃんがそう言うなら……。み、皆さん……も、盛り上がってますかー……?」
「無理にやんなくていいぞフウゼツ。コイツの機嫌を取る必要もな」
「うっさいわねコープ。あんた青色の賢者でしょ? 慈愛に溢れてる筈なのに何でそんなこと言うのかしら?」
「相手を選んでる。って事だ」
一触即発……という訳でもない。ミアとコープ。この二人は面と向かえば何かと言い争いをしていたので、いつしか誰も止めることはしなくなっていた。
唯一、フウゼツだけがいつもどうすればいいのか分からず困惑するぐらいで。
「ほほ……してミア、何用で我ら五色の賢者を招集したのかの? あと座って良い?」
「あ! ごめんなさいおじいちゃん。どーぞどーぞ、いっちゃん年上だしこの席譲ってあげる!」
「良い良い。主人たるお主がその席に座るのが道理じゃ。わしはフウゼツちゃんの隣でええ」
「え? よ、よろしくお願いします……?」
「おいスケベジジイ、一体何企んでやがる?」
「何じゃ、別に何も考えとらんわい。フウゼツちゃんをナデナデしたいとか、肩たたきしてもらおうとか、ちょっと疲れたと言って膝枕してもらおうとか……グローリアス教の教祖としての品格に恥じるような事は何も企んでおらぬぞコープ」
「フウゼツ、こっちに来い。その席は危険だ」
何も分かっていないのか、首を傾げ不思議そうな顔でコープの言う通りフウゼツは席を移動した。
白髪と白髭を蓄えた老人はそれを見て、肩を落として落胆した。やはり、そういうやましい心は持っていたらしい。
「……いつまでふざけているつもりだ。早く要件を言え。我は忙しい」
あまりにも人の温もりの欠けた、極寒の冷気を纏ったような言葉が赤髪の青年から放たれた。通常の人間ならばその言葉で心臓を鷲掴みにされるほどの恐怖を感じるだろう。それくらい青年の言葉には感情が籠っていなかった。
ただ生憎、この場にいた連中は”通常”では無かった。
「何よヨーゼフ! あんたもノコノコやって来たんならちょっと位おしゃべりにつきあってもいいでしょ!?」
「ミア。我は貴重な時間を割いてここに来た。それは五色の賢者を招集するに足る理由があっての事だと判断したからだ。ならばそれは我の時間よりも優先されるべき……なのだがこれ以上無為に時間を過ごすのなら、我は帰って研究の続きを……」
「それみろミア。ヨーゼフのやる気が無くなっちまったじゃねえか、オメーのせいだぞ」
「はあ!? あんたらが嫌々やって来たからでしょうが! もっとノリが良かったらあたしだって気持ちよく話し進められたのよ!」
「おい、我の話を……」
「うーん……でもミアちゃん、やっぱり本題は最初に言わないとこうなっちゃうんじゃない……?」
「フ、フウゼツ!? 貴方もあたしが悪いって言うの……!?」
「フウゼツちゃんに言われたらお終いじゃのミア。はよう要件を言わぬか」
「貴様ら、聞いておるのか!?」
「ああ分かったわよ! ちゃんと言うから! ほらヨーゼフ、そんな所に突っ立ってないでさっさと座る!」
誰も自分の話を聞かない。この中で最高の頭脳を持つ自分の話を。それどころか、無視されている。
未だかつて味わったことの無い屈辱をヨーゼフは感じていた、一方でこのままミアに逆らえば他の四人にも責められることになり、結果自分の立場が悪くなる。……そう考えられるだけの理性はギリギリ残っていた。
悔しいが、あまりに理不尽で納得できないがとりあえず従う他は無い。ヨーゼフは渋々席に着いた。
「さて……五色の賢者、ここに集まりました。これより国の発展、民の幸福、美しき自然のため、我らの意思を決定したいと思います」
これが、彼らの話し合いの前に述べる口上であった。
黄色の賢者ミア・テンプス。
青色の賢者コープ・レイモンド。
黒色の賢者フウゼツ・ロクセン。
白色の賢者ゼノン・ヴァン・グローリア。
赤色の賢者ヨーゼフ・アインス。
彼らは、この時代”五色の賢者”と呼ばれ、話し合いによって王国の意思を決定できる立場にあった。
「それでそれでね。今日の議題は……こちら! あたしたちの後進育成について!」
「……ん?」
「え……?」
「む?」
「下らん」
自信満々に掲げた議題に対する四人の反応が薄い事に、ミアは腹を立て、机をバンと音がするほど強く叩いた。
「何よあんた達!? 本ッ当にノリが悪いわね! そんなに悪い議題かしら!?」
「い、いや……大事だと思うけどよ……それ、今やんなくちゃいけねえ事か?」
「確かに私達にはお弟子さんがいて……ゼノン様には信者がいらっしゃいますが……でも、まだ現役ですし……」
「むう……折角ミアが考えてくれたことではあるんじゃが……現状を考えるとのお……優先すべきは経済や巷を騒がせている魔物の討伐ではないか?」
「やはり我は帰らせてもらう。全く、馬鹿な女だとは思っていたがこれほどとは……」
「ば、馬鹿……? 仮にも賢者と呼ばれるあたしを……この中で一番魔法に優れてるってのに……!?」
「馬鹿なのは変わらん。認めろ」
「ま、待ちなさいヨーゼフ! 具体的な計画とかはもういいから……嫌だけど面倒事は全部あたしがするから……だから試練の相手だけは考えてくれないかしら!?」
「……試練?」
反応したのは、フウゼツだった。
「ミアちゃん、試練って何?」
「き、聞いてくれるのねフウゼツ!」
「教えて。一体何を、誰を試練に連れて行くの? 相手って何? 私も戦える?」
「お、落ち着けフウゼツ……。おいミア、テメーこいつが反応するって分かってて言葉選んだろ」
「あら、何の事? でもこれでフウゼツは興味を持ってくれたわ。あんた達も聞くだけならいいんじゃない?」
顔を見合わせるコープ、ゼノン、ヨーゼフの三人。
正直話したい内容ではない。だが今までの経験上、こんな風にニヤニヤしているミアを放っておいたら不味い事になる、という嫌な予感が三人の頭を過っていた。この女は過去に一人で竜の討伐に行って生態系を著しく乱したり、自分が楽しむために賭場を造って大儲けしたが無能がいき過ぎてオーナーを首になった挙句破産寸前に追い込まれ、自分たちが補填する羽目になったり……。
「……聞いといたほうがいいな」
「うむ。またやらかされても困るからの。とりあえず聞いたうえで判断しよう」
「我も同意だ。この女に振り回されるのは懲り懲りだ」
三人は頷き合った。
「ふふふ。最初から素直にそう言えばいいのに」
「で? 今度の悪だくみは何だ? そりゃ俺らが苦労しなくて済むもんなんだろうな?」
「大丈夫大丈夫! ただちょーっとだけ協力が必要なのよ。特にヨーゼフ、あんたに」
「……我の知識か」
「そ! 魔力回路とか、空間転移とか、生死の判定とかを取り入れたいのよ。そういう細かいの、あんた得意でしょ?」
「魔法の基礎の発展だ。それを知らずに上級を放てる貴様がおかしい」
「だって面倒じゃない。やってみたら出来たんだからそりゃ勉強もいらないわよ」
「……嫌味の極みだな」
そんなやり取りがあって後、ミアは自分の考えを説明した。
曰く、弟子を育成したいが自分は忙しいので時間が足りない。けれど、やるからには強くなって欲しいし教えたい事はたくさんある。だから彼らを成長させる場所、強敵と戦える空間を用意してあげたい。仲間と協力して乗り越えることで絆も深まるし、勇気をつけさせることが出来る。
「具体的には……そうね、あたしたちが五人だから五つの試練を乗り越えられたら一人前って認めてあげるの。システム面はヨーゼフに丸投げするとして……」
「おい、ふざけるな貴様」
「皆にはね、その試練の相手を考えて欲しいのよ。こういう相手だったら丁度いいんじゃないか? ぐらいのね」
一応、コープとゼノンは納得した。
成程、確かに自分たちも仕事に追われて部下や慕ってくれる者達に報いることが出来ていない。特にミアの弟子は彼女から強さを学びたくて付いて来た。そいつらへのせめてもの報い、という事か。
ただ、それに納得していない人物が一名いた。
「そ、そんなの反対です!」
声を上げたのはフウゼツ。あまり積極的でない彼女がこれほど自分の意思を主張するのは珍しい事だった。
コープはその様子から、きっとフウゼツは試練に挑む奴らの命の危険性を危惧したんだろうと考えていた。心優しきフウゼツの事だ、例え成長のためとはいえ、少しでも自分たちを慕ってくれる弟子が死んでしまうのは耐えられないと――
「わ、私が挑めないじゃないですか! だ、だからその……ネタバレを避けるために……私だけはその計画から外してください!」
「……おーいフウゼツ? お前何言ってんの?」
「コープさん! ゼノン様! ヨーゼフさん! 出来る限り強い敵にしてくださいね! わ、私が挑んで命の危険を感じるくらい……そんな敵と戦いたいってずっと待ち望んでたんです!」
「だめじゃコープ。フウゼツちゃんがやる気になってしまったぞ」
「貴様が命の危険、か……我ら四人でも貴様に勝てるかは怪しいというのにな」
フウゼツはこう見えて五人の中で最も戦果を挙げている。魔法は一切使えないが、剣術、というか対人、体魔物においては比肩する存在がいない。
それゆえあらゆる戦闘が一瞬で決着がついてしまうため、フウゼツは常に戦闘でスリルを求めてきたのである。
「ふ、ふふ……特にヨーゼフさんはどんな敵を作ってくれるのでしょう……? とことんまで相手を追い詰める冷血な人だから物理攻撃の効かない相手とかにしてくれるんでしょうか……? そうなったらどうやって戦えばいいかなぁ……?」
頬を赤らめ、ヨーゼフを見るフウゼツ。恋する乙女、ではない。フウゼツはヨーゼフの性格に基づいた敵に期待をしている。これだけ自分の事を知り尽くし、賢く、それでいて完璧主義な人であれば自分の求める好敵手を作り上げてくれるのでは? という目で。
だが当然、そんな思いをヨーゼフが理解できる訳もなく、
「……おい、こいつをつまみ出せ。久々に鳥肌がたったぞ」
目の前の少女におぞましさを感じていた。
「ちょっと! 勝手な事はさせないわよフウゼツ! これはあたしたちがやらなきゃだめなんだから!」
「で、でも……だったら私は誰と戦えばいいんですか!? もう竜だって百体襲ってこられても勝てちゃいますし……強い強いって有名な人も剣の一振りで怯えちゃうし……」
「うむう……ならフウゼツよ。お主がそういう敵を考えればよいのではないか?」
「え?」
「例えば……そうじゃな。決して隙を見せず、大地を割る程のパワー……そして相手を重んずる和の心……だったかの? それをお主が考え、戦えばよいのではないか?」
「で、でもそれだと私は弱点とか知っちゃいますし……」
「なら成長するようにすればよいではないか。部下を持ち、決して見くびらず敵を見定める強者……うむ。確かに戦ってみたい感じがするのお。……それでは不満か? それとも、自分のために後世の若者たちを殺すか?」
ゼノンの言葉を聞いて、フウゼツはしばらく考え込んだ。腕を組み、うんうんと考えて……口を開いた。
「そう、ですね……私が思い上がってました。これは弟子たちを育成することが目的……私はそれのお手伝いがしたいです」
フウゼツはペコリとゼノンに頭を下げた。
「ジジイ、たまにはいい事言うじゃねえか」
「む、そうかの? ……はて、何を言った忘れてしまったわい」
「おじいちゃん。フウゼツに教えてくれてありがとね」
「だから何も教え取らん。全てフウゼツちゃんが考えた事……わしはきっかけに過ぎぬ」
「覚えてんじゃねえか」
その場にいた全員が笑った。普段は全くと言っていい程笑顔を見せないヨーゼフも……少しだけ、口元が歪んでいた。
「……それで、どんな敵にするか決まったかしら?」
「うーん……でも急に言われても……あまりピンときませんね。ゼノン様のアドバイスを元にするとて……」
「我は既に何千もの考えを有しているが、貴様の弟子レベルとなると候補が限られるな」
「ほほ。ヨーゼフは頭が柔らかいのお……わしはすぐには思い浮かばんわい」
四人は、まだ考えが浮かんでいない。こんな相手にしたい、という思いはあるが、育成の為となるとどれだけの機能を与えればいいかが分からなかったからだ。
そんな中、、コープが言い放った言葉が流れを変えた。
「面倒くせえしよ……俺は生まれ故郷にいたブルーワイバーンにしといてくれ」
「ブルーワイバーン? 何それ?」
「あ? 知らねえのか? 青くて飛んでもねえ速度で飛行する飛竜でよ。いっつも村を襲ってたんだが俺が飼いならして……その後は、えと、どうなったんだろうな? 元気にしてっかな」
「でも速度……反射神経が鍛えられそうですね! とってもいいかもしれませんよコープさん!」
「お、そうか? はは、ありがとな。まあお前らも自分の故郷にいた魔物とかでいいんじゃねえか? 必要なら俺が捕まえてきてやっから」
「お主は確かあらゆる生物と話せるからの……よし、ならわしも森の中にいた頃にホワイトベアに襲われた記憶がある。あれは怖かったのお……当時まだ小さくて力も無かったが、血まみれになりながら勝利したわい」
聞くと、ホワイトベアは魔法が通じない相手だったらしい。だから大剣で傷つけたり丸太を落とすことでようやく倒せた相手らしい。チームワークの訓練の為に良さそうだという事で採用になった。
ゼノンはコープに生まれ故郷の場所の名を伝えた。参考の為に、本物を捕まえるためだ。
「じゃあ私は……うーんと……あ! これって魔物じゃなくてもいいんですよね? だったら師匠です! 師匠は今まで唯一私に膝を突かせた相手です! 真っ黒な甲冑を身に纏ってて……ゲテモノ大好きでした!」
「そいつは……お前が何とかしろフウゼツ。俺の手には負えん」
「今何してるのかな? 確か去年、山奥の神社に隠居したって聞いたけど……」
フウゼツも自分のイメージが固まったようだ。
彼女の師匠という事で強さは恐らく申し分は無い。強敵と戦う勇気を育てられると採用された。
「我は……ふむ。フウゼツの要望に応えるようで釈然としないが、レッドミストにしよう。物理が通じず、体内に入り込んで支配する魔物だ。ただ所詮は霧、温度変化には弱いが……それに気づけるかどうかだな」
「知略を試すって事か。……ただ結構えぐいなその魔物」
「我も普通の魔物と侮っていた。先入観を捨てろ、という事だ」
特大のネタバレを食らってフウゼツがショックを受けていたが、それも採用となった。
そして残った一人、ミアが待ってましたという風にふっふっふと笑いながら話し出した。
「最後は私のようね。ふははは!」
「どうした? 気が狂ったか?」
「いいえ! 私は最高のアイデアを思い付いたわ! 貴方達が課すチームワーク、判断、判断、知略、勇気! それらを総合しなければ勝てない相手……カナリア・クラフトよ!」
「聞いた事がないな。何だその魔物は?」
「ええ当然でしょうね。なんてったってあたしは別世界の時間から来たんですもの。その世界は魔物もいたけど同時に科学というものも発展していてね、高層ビルや監視衛星が発達していた……けど! 異端勢力の手によって作り出された最強兵器カナリア・クラフトが侵攻し……長い戦いの果てに、人類が滅びてしまったの!」
「え……ええ!? そ、そうなんですか!?」
「そうよフウゼツ。あたしはその世界から力を使ってここまで飛んで来た……皆が逃がしてくれて……だからそう! あたしは将来その異端の勢力を倒さなければならない宿命にあるの! そのために怨敵であるあのクソカナリアを皆に乗り越えて欲しいの!」
バン! と効果音が出そうなポーズでミアは四人の顔を見た。
その中で信じていたのは……フウゼツだけだった。
「はいはい、何度も聞いた。すばらしい想像力だなミア」
「突拍子もない話じゃな。では別の世界に言って来てくれぬか? 出来たら信じるぞ」
「そ、それは……一緒に来てくれたゼフォールがいなくなっちゃったからどうしようも無いって言うか……」
「え? 今のって嘘なんですか? 真に迫ってた気が……」
「信じてフウゼツ! 嘘じゃないの! 本当なのよ!」
「んなもんどっちでもいいだろうが。それに本当だとしたらオマエこの世界満喫しすぎだろ。いつになったらゼフォールって奴を見つけんだ?」
「そ、それは……だってあの子、あたしのパンケーキ勝手に食べたし……喧嘩して会いづらいって言うか……ここの暮らしも結構悪くないし……」
「お主が考えたカガク……? とやらは認めよう。それで機械族なる種族が出来つつあるしの。……ただそれで異世界を信じろ、とは……」
「う、うう……」
普段の素行が素行なだけに、ミアは反論することが出来なかった。
ミアの話はでまかせ。それが五色の賢者(ミアを除く)の共通認識だった。だった、のだが……
「……」
「お? どうしたヨーゼフ?」
「いや、何でもない。それよりお前はそのカナリアとやらでいいのかミア?」
一人、興味を持っている人物がいることに彼らは気付いていなかった。それが後の千年後、戦いの引き金になる事も。
「ええいいわよ! 皆大ッ嫌い! カナリアに吹っ飛ばされればいいのよ!」
「怖えな。……んじゃ、後は頼むヨーゼフ」
「え? 何故我が……」
「年寄りに難しい事は出来ぬ。行くぞコープ、ホワイトベア狩りじゃ」
「私も行きます! 強いんですか?」
「どうかのぉ……なんせ五才の頃に仕留めたばっかりじゃからの。お主にはちと物足りぬかもしれん」
「ちょっと待ちなさいあんた達! ヨーゼフ! あんたこれ読んで理解して進めといて! あたしあの三人に嘘じゃないって言ってくるから!」
「ちょ、ま……」
円卓の部屋に、赤色の賢者ヨーゼフ・アインス一人だけが取り残された。
あまりにも理不尽。あまりにも身勝手。ヨーゼフがこんな風に仕事を押し付けられることはしょっちゅうあった。だが不思議と一緒にいたくなる連中。彼にとって、五色の賢者はそういう仲だった。その感情の名前は彼の知識でも引き出せない。けれど、彼らの期待に応えたい。
「……ふん。やってやる」
ヨーゼフはミアが置いて行った本のページを捲った。表紙には”賢者の石”と書かれてあり、不細工な石ころが描かれている。
読み進めていくと、どうやら魔力回路の効率上昇や空間転移の切り替え方法などが記されてあると分かり、中には賢者である彼すら感心させる理論も掲載されていた。
「ミア。何故貴様こんなものを持っていて読まなかった……? ……ああそうか、奴は馬鹿だからな」
変に納得しながらページを進めていく。ミアは恐らくここに書かれてあることを使って試練の舞台を作ってくれという事なのだろう。ならばお安い御用だ。我に掛かればこの程度の書物など三十分もあれば理解できる。そう考えて。
事実、それは正しかった。ヨーゼフの手は止まらない。傍から見れば流し読みしているようにしか見えないが、賢者の頭脳はそこに掛かれたある理論を完璧に網羅しいた。
そうしながら本も終盤に差し掛かった時、ヨーゼフの手が初めて止まった。
「なんだ、これは……?」
そのページには、魂に関する記述があった。これまでのどの理論にも当てはまらない内容に、ヨーゼフは興味を惹かれた。
魂は、時空を超える。魂は、人に、概念にすら干渉できる。それを手にしたものこそが、いずれは世界を支配できる……
「……成程」
彼は、知識に飢えていた。自分の知らぬ事など何一つないと信じていた。
だからこの内容は無視できない。ミアに会って直接確かめる必要がある。この本に記載されているないようは何なのか? どうすれば確かめられるのか? 私も……出来るのか?
「時空の旅人、か」
本の最後のその言葉が妙に心に残りつつ、赤色の賢者は本を閉じた。
賢者にとってこの本を誰が書いたかはどうでもよかった。重要なのは、内容もそうだがミアがそれを持っていた、という事。あの女の言葉も嘘ではないのかもしれない。ならば私はあの女の話を聞く必要がある。
赤色の賢者は椅子から立ち上がり、部屋の外へと出ていった。
歴史は、こうして始まった。