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悪役令嬢は妹の幸せを願う  作者: ウメコ
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「あの、僕はキリに、会いに来たのですが?」




パーティーが終わったあの日から、リクアライドは頻繁にキリティアの元を訪れるようになった。今日も今日とてキリティアの大好物であるチョコレートを持参して。

以前、リクアライドはキリティアへと好物を聞いた際、リズはマカロンが大好きですのよ!特にレモンを使ったマカロンが好きで、他にも……と事細かにどんなマカロンが好きかを力説された。リクアライドは笑顔でそれを流しながら、キリティアの好物を聞き出していた。

何かを話そうとすれば、いつもキリティアの口からは己のことではなく、リズローズのことばかりだった。それを隣りで嬉しそうに聞くリズローズと、リクアライドの隣でうんうんと頷くロンバルト。

そう、リズローズとロンバルト。この二人もいつもいるのだ。

真ん中に机を挟み、向かい合わせにされている二つの四人掛けのソファ。一つにキリティアとリズローズ。向かいにリクアライドとロンバルト。後ろに控えるリーネとテオラード。

リクアライドは微笑みを崩すことなく、内心おかしくないか?と思う。リーネとテオラードが居るのは分かる。二人は従者だ。でも何故キリティアの兄妹まで揃っている?おまけにこの席配置。来る度にこうだ。そうして、ついにリクアライドは言ったのだ。冒頭の台詞を。


「キリはいるじゃないか、リクアライド」


ロンバルトが何を言っているんだ?と言わんばかりの笑顔で口を開いた。それに今度はリズローズがうんうんと頷いており、リクアライドは自身の口の端が僅かに引き攣りそうになるが、平静を装いどうにか綺麗な笑みを保っている。


「ロンバルト……そうでなくてですね。僕は、キリと二人きりで話したいのですが?」

「私達はお邪魔ですか?お姉様」

「そんなことはないわよ、リズ!そうですよね?リクアライド様?」


キリティアが手を組み尋ねれば、流石のリクアライドでも笑顔を固まらせながら、膝に置いていた拳を握った。

キリ以外確信犯ですね、これは。いや、キリもある意味そうなのかもしれない。

不意に届く、笑いを堪えるような抑えた声。控えているテオラードだ。


「テオ」

「いや、申し訳ない。ロンバルトがあまりに露骨なもんだから」

「君はどうやら不敬罪にされたいみたいですね?ロンバルトもですよ」


初めて会った頃より砕けた喋り方をするテオラードに、ロンバルトも同じように笑っている。そんな二人に真顔でそう言い放つリクアライドに慌てて謝るロンバルトとテオラード。

そんな身分を感じさせないようなやり取りをし、仲睦まじい三人を見比べ、キリティアはある疑問が生まれた。


「あの、前から思っていたのですけれど、ロンバルトお兄様とリクアライド様とテオラード様はどんな仲なのですか?」


確かリクアライド様とテオラード様は従兄弟でしたわよね?そしてロンバルトお兄様とテオラード様は同じ歳なのでしたっけ?とキリティアは首を傾げる。


「ロンバルトは将来の僕の宰相で、テオラードはこの間紹介した通りです。幼い頃から二人は僕の兄のような存在であり、友人です」


あ、ロンバルトに至っては将来義理ではありますが、本当の兄になりますね。そう言って一層綺麗に笑ったリクアライドに、ロンバルトは苦虫を潰したような顔をした。





「リクアライド、そろそろ」

「もうそんな時間ですか。あ、帰る前に一つ」


懐中時計を見て促すテオラードにリクアライドは頷き腰をあげようとするが、思い出したように懐から王家の紋を象った蝋を押された封筒を取り出した。そしてそれをキリティアへと手渡す。


「王家主催のお茶会が開かれますので、是非参加してください」

「お茶会……ですか」


実はキリティアは前世の記憶が戻る以前はお茶会に最低限にしか行かなかった。公爵家であり、キリティアは見た目も麗しく、勉強は嫌いであったが出来ない訳ではない。立ち振る舞いも綺麗で自信に満ち溢れており、令嬢としては完璧で皆からは憧れの的であった。だがキリティアは誰かと特別仲良くすることはなく、話をかけられてもある程度の挨拶をすることしかなかった。

記憶が戻ってからリクアライドとの婚約話を白紙にするためにとこの世界のことを勉強し、リズローズとの溝を埋めるかのように過ごしていた為、お茶会の事など全く頭にはなかったのだ。


「嫌でしょうか?」

「そんなことありませんわ。是非参加させてください」


リクアライドは前にしたように、不安そうな顔を浮かべるがキリティアの返答に笑顔が浮かぶ。

それにキリティアはグッと胸を掴まれた。あの不安そうな顔からのこの笑顔に弱いのだ。リクアライドもそれを分かっていてやっており、笑みを深くした。それを見ていたリズローズがキリティアの腕へとひっしりとしがみつく。


「私もキリお姉様とご一緒したいですわ」

「そうだな。せっかくなのだからリズもいいだろ?リクアライド」


この兄妹はどうしても自分達のことを邪魔したいらしい。リクアライドは密かにため息を吐きながらも、リズローズと一緒にお茶会!とわくわくを隠しきれない眼差しを向けてくるキリティアの瞳を邪険に扱うことは出来ず、首を縦に振るのだった。





キリティアは一人で馬車に揺られていた。本来であればリズローズと参加する筈だった王家主催のお茶会。今朝になりリズローズが熱を出してしまったのだ。


「嫌ですわ、私はお姉様とお茶会へ行くんですの!」

「ダメよ、リズ。貴女熱があるのだからゆっくり休んでいて?」

「こんなの熱の内にはいりませんわ!」


確かにリズローズの熱は大したことはなかった。平熱より少し高いくらいであり、動くことになんの支障もないほどだろう。現に先程医者に診てもらい、大したことないので大丈夫とのことだったのだが、キリティアはリズローズに対して過保護だ。ベッドから起き上がろうとするリズローズを、優しくベッドへと寝かしつける。


「本当なら着いていてあげたいのだけど、急に断るのは失礼になってしまうから……。ロンお兄様がお昼過ぎには用事を済まして屋敷へと帰ってらっしゃるから、安心して寝ていてね。私も出来るだけ早く戻るわ」


キリティアは頬をぷっくり膨らませるリズローズに微笑むと、その頬へとキスを落とした。



そうしてキリティアは後ろ髪を引かれる思いで王家主催のお茶会へと向かったのであった。


「素敵……」


王家主催で行われる庭園は広大だった。中央にある大きな噴水。その周りにずらりと並べられているテーブル。その上には焼き菓子や果物をふんだんに使ったケーキ、チョコレートが飾られるように置かれている。他にもお菓子だけでなく、サンドイッチなどの軽食も用意されていた。

そして何よりキリティアの目を惹いたのは庭園を囲うように咲く花々だった。主に薔薇で、他にも様々な種類と色の花がとてもバランスよく配置され咲き誇っている。一目でとてもよく手入れされているのが分かった。


「キリ」


不意に背後からかかる声。キリティアが振り向けばリクアライドがテオラードを連れて立っていた。キリティアはドレスのスカートの裾を掴み、礼をする。


「ご機嫌よう、リクアライド様。それにテオラード様も。この度はお茶会にお誘い頂きまして大変嬉しく思います」

「こちらこそ、よく来てくれましたね。……あれ、本日はお一人ですか?」


リクアライドはいつもキリティアにくっ付いているリズローズの姿が見えず、辺りを見回しながら聞く。それにキリティアは眉尻を少し下げ、頷いた。


「リズローズは熱が出てしまい……折角でしたのに申し訳ありません」

「熱なら仕方ありませんよ。大丈夫なのですか?」

「お医者様にも診ていただいて、大丈夫とのことでした。リズ、とても来たがっていたのですけれど、心配だったので寝てもらっているんです」


キリティアはそこまで言うと、リクアライドの傍に寄り、耳を寄せるようにジェスチャーをした。リクアライドはそれに従い少し屈むと、キリティアがこそこそと耳打ちする。


「今度またウチの屋敷へ遊びにいらしてください。その時は二人で、ゆっくり話でも」

「……ッ!?」


耳まで真っ赤にするリクアライドにキリティアはくすりと笑い、離れる。


(リズと二人でゆっくり話せるようにと思ってお誘いしてみたけれど、こんなに真っ赤になるなんて。リズに見せてあげたいわ)


「リクアライド様。もうじき挨拶の時間になります。そろそろ準備へ向かいましょう。では、我々は行きますがお茶会ごゆっくりとお楽しみください」

「はい。ありがとうございます」


テオラードが未だに放心状態のリクアライドを連れ、奥の方へと消えて行くのをキリティアは仕事をしている時と兄達といる時でのテオラードの雰囲気の違いに感心しながら見送った。

そして折角だからと庭園を見て周ろうと足を踏み出す前に、いつの間に近くにいたのか五人の令嬢に詰め寄られる。いきなりのことに驚くキリティアのことを気にも止めず、令嬢達は我先にと言わんばかりに前のめりになった。


「キリティア・クライアンズ様ですわよね?お初目にかかりますわたくしスザリア・ハーネットと申しますの」

「わたくしは前に一度お会いしたことがあるのですが覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「キリティア様、相変わらずとても美しくおありですわ!もしよろしければ今度ウチの屋敷へ――」


「貴女達、邪魔ですわよ」



凛とした声だった。先程までがやがやと騒がしかった自分の周りが静かになったキリティアは声のした方へと首を伸ばしてみる。

そこには腰まで伸びた艶やかな黒髪と咲き誇る赤い薔薇のような赤眼の美少女が立っていた。


「聞こえなかったのかしら?」

「あ、ごめんなさ……」


彼女は避けたキリティアの横を髪を靡かせながら通り抜ける。それを令嬢達は目で追いながら持っていた扇で口元を隠し、こそこそと何かを口打つ。キリティアは今の内にと、そっとその場から離れた。




バレることなく令嬢達から離れたキリティアは、改めて庭園を散策する。赤、白、黄色、紫。鮮やかに咲き誇る花々達。先程も思ったけれど、どうしたらこんなにも立派に咲くのかしら。キリティアはクライアンズ家で自分が世話をしている庭園を思い出しながら歩いていく。すると少し陰になっている場所にある花に目が奪われた。近付き、屈むとそっと鼻を近付ける。ほのかにチョコレートのような香りがした。


「やっぱり…チョコレートコスモスね」

「そんな所で何をしているのかしら」


つい先刻聞いたばかりの声にキリティアは振り向く。やはりそこにいたのはあの美少女だった。


「えっと…素敵な庭園だと思って歩いていたら、このチョコレートコスモスを見つけまして……」

「そう」

「……はい………」

「………………」


(え、えぇえぇえぇ……なんなのこの空気は……?気まずい)

キリティアは冷や汗をだらだらと流しながら、横へ並んだ少女の横顔を盗み見る。

私と同い年か少し上くらいだろうか?なんとなくだけれど、誰かに似ているような気がする。誰かに……誰だろうか……?

キリティアがうーんと首を捻っていると、少女がチョコレートコスモスへと手を伸ばす。


「噴水周りの薔薇達はご覧になったでしょ?」

「えぇ。拝見させていただきましたわ。とても綺麗で、ここの庭師がお花を大切にしているのが伝わります」

「庭師ではなく、兄様が世話をしているのですわ」

「あに、さま?」

「ここにいらしたのですね、キリティア様!ってまた貴女!」


兄様とは誰のことかと問う前に、背後から厳しい声が上がる。囲うように立っていたのは先程話をかけてきた五人組の令嬢だった。キリティアは隣にいる少女の眼が鋭くなるのを見て、慌てて令嬢達へと向き直る。


「黙っていなくなってごめんなさい。この方はただ私と「次はキリティア様を誑かすの?ティンク・ルドルフーゼ様」


(ルドルフーゼ……?ルドルフーゼ……)

「……あぁ!誰かに似ていると思ったけれど、テオラード様と兄妹ですのね?」


キリティアがスッキリした!という顔でティンクを見つめれば、ティンクはただ黙って俯いていた。何か言ってはいけない事を言ってしまっただろうかとあたふたしていると、リーダー格であろう令嬢がハッと嘲笑うかのように息を吐いた。


「妾の子でも似ている所はあるものですのね。ですがテオラード様は黒曜石のような瞳。貴女のその悍ましい赤眼とは全く似ていませんけど。貴女みたいなのが妹になってしまったなんてテオラード様お可哀想に」



悍ましい……?この咲き誇る赤い薔薇のように綺麗な瞳が?

妹になったことがお可哀想に?

プツン。キリティアは頭の中で何かがキレるような音がした。そしてリーダー格の令嬢の目の前へと歩を進めると、にこりと笑った。

その笑みに令嬢は興奮したように更に口を開こうとするが、キリティアの人差し指が令嬢の口元へと持ってこられ、触れるか触れないかの位置で止まる。


「貴女確かハーネット様とおっしゃいましたわよね?瞳は紫色なのですね。まるで庭園に咲いていたカンパニュラ・アルペンブルーのようですわ」

「え…あの…キリティア……様?」


キリティアに瞳を覗き込まれ、くすりと微笑みかけられるとハーネットはどんどん顔を赤くする。キリティアはそれを気にすることもなく更に瞳を見つめ続けた。


「庭園の赤い薔薇は拝見されましたか?品よく咲き誇る立派な赤い薔薇です。とても美しかったでしょう?」

「は、い…」

「庭園をお世話しているのはテオラード様だとお聞きしました。ティンク・ルドルフーゼ様の瞳はまるで庭園にある赤い薔薇のようでとても美しいですわ。お花を大切に愛している方が、こんなにも綺麗な薔薇のような瞳を持つ方の兄だなんて幸せでしかない!そう思わない?」


最後にウインクをして離れたキリティアに、ハーネットは耳まで真っ赤に染め、両手で顔を覆いながら何度も頷いていた。

キリティアは分かってもらえて良かったと胸を撫で下ろしつつ、隣のティンクへと視線を移す。ティンクもハーネットのように両手で顔を覆っており、キリティアは目をぱちくりとさせた。


「ルドルフーゼ様?どうなさったのですか?もしかして具合が優れないのですか?」


何も反応を示さないティンクに、どうしようかとハーネット達の方を窺えば周りの令嬢達も胸で手を組んだり、うっとりと目を閉じたりとしている。

え、みんなどうしてしまったの?キリティアは混乱が増すばかりで、リクアライドの挨拶が始まる合図である魔法の蝶が来るまでおろおろとするだけだった。





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