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今朝に一度あげたのですが、訂正あったので上げ直しすみません
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ついに来たわ。キリティア・クライアンズの生誕パーティー。
(絶対に失敗はしない。昨日部屋で一人頑張って練習したのだから大丈夫。……昨日といえば、ロンバルトお兄様に贈った懐中時計とても喜んでいただけたみたいでよかったわ。って今はパーティーでのことを考えなくちゃ!絶対に上手いこと断ってみせるわ!)
全身鏡の前へと置かれたスツールに腰をかけ、百面相し、ぶつぶつと何かを言っているキリティアをお構いなしにリーネを筆頭に使用人達はてきぱきとキリティアの全身を隈なく整えていく。
「キリティア様。終わりましたよ」
「なので白紙にしてもらって……」
「キリティア様?」
「え!?あぁ!終わったのね!ありがとうリーネ!みんな!」
「いえ。ではパーティーまでまだ少しあります。お茶を淹れて参りますので、少しお休みなさっていてください」
リーネ達が部屋から出て行くと、キリティアは改めて鏡を見る。そこには綺麗に化粧を施され、白銀の長い髪はアップに。ふんだんにレースがあしらわれているドレスを着た自分の姿が映った。
「リーネは本当に器用ね……今度結い方教えてもらおうかしら」
だったらリズの髪をもっと可愛くしてあげられるわ。
キリティアはるんるんでスツールから立ち上がると、ドレスの裾を掴み、くるりと回った。そのまま軽い足取りで窓際まで歩みを進めると、歌うように口を開いた。
「リクアライド王太子殿下。この度の婚約についてのお話なのですが、」
「はい」
「白紙に戻すというのはいかがでしょう……か?」
キリティアは、か?の部分で振り向くと、澄み切った綺麗な空色の瞳と視線が交わった。急に現れた少年にキリティアは身構えるが、二日前に自分を助けてくれた少年であることに気づく。どうしてここに?と首を傾げると少年の後ろに控えていたリーネが恭しく頭を下げた。
「キリティアお嬢様。リクアライド・リンベルト王太子殿下がお見えになられました」
「え……えぇえぇえぇ!!!??!?」
「キリティア」
「……はい、なんでしょうか。リクアライド・リンベルト王太子殿下」
「いやですね、そんなに硬くならないでくださいよ」
僕達これから婚約するのですから。
そう言って優雅にソファへと腰をかけ、紅茶を飲むリクアライドと対面へ腰掛けているキリティアは内心冷や汗が止まらないでいた。
(どうしようどうしようどうしよう。台詞の練習を聞かれてしまった上に、まさかこの間助けてくださったのが王太子殿下だったなんて……確かに言われてみれば前世での妹が見せてきていたキャラクターに似ているような?……少し幼いから分からなかったわ。はっ!待って、王太子に怪我をさせてしまって、まさかパーティーの前に断罪されてしまうのでは……)
「……ティア、キリティア。聞いていますか?」
「え?」
「ですから、これ」
差し出されるのはシルクのハンカチ。空色の糸で刺繍が施してあり、とても綺麗だ。キリティアは震える手をなんとか抑え、受け取る。
「これは……?」
「この間汚してしまったので代わりの物を用意させてもらいました。……気に入りませんでしたか?」
不安そうにキリティアを見つめるリクアライドに、キリティアは慌てて首を振った。
「いえ!とても綺麗な刺繍が施してあって、素敵なハンカチですわ。本当に頂いてしまってよろしいのですか?」
「勿論です。お詫びの品ではありますが、貴女への贈り物ですから」
喜んでいただけて良かったです。と安心したように胸を撫で下ろすリクアライドに、キリティアは内心なんだか可愛らしい方だと思いながらも、ありがとうございますと微笑んだ。そして思い出したかのようにおずおずと声を掛けた。
「それで、その、……お怪我をさせてしまったお咎めは?」
「ありませんよ。そんなことより先程の婚約を白紙に、というのは?」
"そんなことより"を強調し尋ねてきたリクアライドにキリティアはビクリと肩を揺らした。可愛らしいと思った姿はなく、背後に黒いオーラのようなものが見えたような気がして目を擦る。もう一度見てみると、勿論オーラは出ていなかったが、笑顔が少し怖い。
都合良く聞こえていなかったのでは、という淡い期待は紅茶に溶かした砂糖のように消えていった。
(あれ?ちょっと待って。別に聞かれて拙いことではないんじゃないかしら?寧ろパーティーの前にこの話が出来るのは好都合だわ!途中で王太子殿下を呼び出す必要は無くなったし、ここで上手いこと話が纏まれば、今日はただの生誕パーティーだけで終わる。そうと決まれば……!)
「リーネ、と……貴方は?」
キリティアはリクアライドと二人きりで話そうと、部屋の角の方で控えていたリーネと黒髪黒目の男性へと目を向けた。男性はそれに気づき、リクアライドのソファの後ろまで来ると綺麗に一礼した。
「あ、紹介していなかったですね。早くキリティアと話がしたくて僕としたことがうっかりしていました。テオ、挨拶を」
「はい。テオラード・ルドルフーゼと申します。リクアライド王太子殿下の従兄弟であり、側近を務めさせていただいております。以後お見知りおきを、キリティア様」
(テオラード・ルドルフーゼ?確か攻略対象だったような?……んー!思い出せない!というか、すごく今更なんだけれど、前世の妹がリクアライド王太子殿下が推し!とばかり言っていたからシナリオどころか他の攻略対象のことあんまり、いや、全然知らない……)
「詰んだ……」
「え?」
「いえ!何でもございませんわ。私ちょっとリクアライド王太子殿下と二人きりでお話がしたいので、少し席を外していただくことは出来るかしら?」
「それは……」
「大丈夫ですよ。テオ、部屋の外へ」
「リーネもお願い」
二人が出て行くのを確認し、キリティアは目を閉じて深呼吸をする。そしてカッと目を開くといざ!と言わんばかりに口を開くが、自分の前にいた筈のリクアライドの姿はない。テーブルの上へと置かれたカップから湯気がたっているだけだった。
ぽかんと口を開けていれば、不意に何かが左手に当たる。そのまま温かい何かに包まれ、キリティアは吃驚し手を引こうとするが手は動かなかった。左手を見てみれば誰かに握られており、そのままゆっくりと視線を上へと滑らせていけば、微笑んでいるリクアライドの顔が鼻すれすれにあった。
声にならない声があがり、キリティアは少し仰反ると右手で自分の口元を押さえた。
あっ………ぶなーーーーーい!
王太子に頭突きをしてしまうところだったわ。擦り傷を負わせてしまった後に今度はあの綺麗な顔に頭突きは本当に笑えない。
「それで、話してくれるんですよね?」
「あ、はい。あの、その前に手を……」
「ん?」
「ナンデモナイデス」
リクアライドの輝くような笑顔にキリティアは目が潰れてしまわないようにサッと顔を反対へと向けた。が、するりと握られている手の指の間を撫でられ反射的にリクアライドの方へと顔を向ければ
、素知らぬ顔でにこにこしているだけ。
「ほら、早く話さないと時間が無くなっていきますよ」
「え、ええと、そのですね!その、今回の婚約の話についてなのですが、白紙に戻すのはどうかな……と」
「何故ですか?」
リクアライドが目をスッと細め、キリティアは無意識に背筋がピンと伸びるのを感じた。だがここで引く訳にはいかない!
「貴族や王族は基本的に十五で婚約を結ばれることが多いですよね。リクアライド王太子殿下も」
「リクアライド」
「え?」
「リクアライドと呼んでください」
「?リクアライド王太子殿下……?」
「ではなく、リクアライド、と」
「リクアライド……様?」
キリティアが頭に?を沢山浮かべながらも呼んでみれば、まぁそれでいいです。とリクアライドは満足気に頷いた。キリティアはそれに更に?を浮かべるが、まぁいいかと話を続けた。
「えーと、……あ、そうだ。リクアライド王太、じゃなくてリクアライド様も私もまだ十三です。そんなに早く決めてしまわなくて良いのではないのかと思ったのです」
「それで?」
「それで、ですね。親同士が決めた今回の婚約をリクアライド様は望まれていないのは分かっております。これから素敵な方と出会うこともあると思います。なのでこんな足枷になるような婚約を結んでしまうのはいかがなものかと思ったのです」
「なんだ、そんなことですか。でしたら問題はありません」
(問題はない?どういことだ?リクアライド様が今私と婚約を結ぶことが足枷になることより、何か別にあったりするのだろうか?……まさか!)
「リクアライド様!私の妹と会ったりしましたでしょうか?」
キリティアがグイッとリクアライドとの距離を詰めて問うと、リクアライドは微かに頬を染めながらも、何故今リズローズが出てくるのだと困惑した表情を浮かべる。
「リズローズ嬢ですか?ここへ来る前に見掛けましたよ。彼女は僕に気付いている様子ではありませんでしたが……」
「やっぱり……!」
「やっぱり?」
リクアライド様はきっとリズに一目惚れしたんだわ。頬を赤らめていらっしゃるし、間違いない。でも、リズのあまりの可愛さにこの王太子殿下であるリクアライド様さえ話をするのを躊躇してしまったのね。分かるわ……。リズ天使だもの。それで、なんとかリズの気を引こうと私と婚約を結ぶ、と。なんて危ない橋を渡るのかしら。でもそれだけ本気ってことよね。リズも今は私と一緒にいたいと言ってくれていたけれど、本当はリクアライド様と婚約をしたいと思っているのかもしれない。優しい子だから我慢をしているのね……なんて健気なの。だとしたら、二人は両想い?でもヒロインが……はっ!これからヒロインが出てきたとしても必ずしもリクアライド様と恋に落ちるとは限らないんじゃ。他にも攻略対象はいるんだし、ヒロインにはリクアライド様以外の人と結ばれてもらって、リズがリクアライド様と結ばれる。それならリズは幸せなんじゃないかしら!私ったらなんでこんな簡単なことに最初から気付かなかったの!
この間わずか一秒。キリティアの脳内ではリクアライドの隣りでリズローズが幸せそうにウエディングドレスを纏い、挙式を挙げている光景が浮かんだ。
(リズがお嫁に行ってしまうのはとても寂しいけれど、私はリズが幸せならそれでいい。いくらでも協力するわ)
「リクアライド様大丈夫です。安心して私との婚約を白紙に戻してください」
涙ぐみながらも笑顔で言うキリティアに、リクアライドは目をまん丸くし、次いで溜息を吐きながらキリティアの手を握っていない方の手で眉間を押さえた。
「何が大丈夫なのかよく分かりませんが、僕は今回の婚約を白紙に戻すつもりはありませんよ」
「何故ですか?私はいくらでも協力しますよ?」
「何のですか……?でもそうですね、」
リクアライドは握っていたキリティアの左手を己の口元へと持ち上げると、そのまま浮かぶ青い薔薇の痣へとリップ音と共に口付ける。
「学園を卒業するまでに堕とすことにしましょうか。それまでは仕方ありませんが、婚約者候補という形にしましょう」
キリティアは暫く呆然としていたが、何をされたのか理解すると顔を真っ赤にし、左手を右手で庇うように胸元で組んだ。
リクアライドはそんなキリティアを楽しそうに眺め、綺麗に微笑む。
「それでもいいですよね?"何でもしてくれる"のでしょ?」
キリ。
気が付けばパーティーは終わっていた。
リクアライドが婚約ではなく婚約者候補にしたということを親同士へと伝えたらしく、本人達がそれでいいのならと納得したらしい。なのでパーティーでの発表はなくなり、普通にキリティアの生誕を祝うのみのパーティーになったのだった。
キリティアは始終考え事をしながらもなんとか客人への挨拶とお礼をし終え、終わった頃にはへとへとになっており自室でゆっくり休んでいた。
そして不意に視界に入った綺麗な刺繍のされたシルクのハンカチ。それを手に取り、考え事をしていた内容を整理する。
リクアライド様は在学中の間にリズを振り向かせることにしたのよね?なのに何故私は婚約者候補になったのかしら?しかも、あんな、手の甲へ、く、口付けを……今思い出しても恥ずかしすぎて顔が熱いわ…!ん?いや、でもあれはきっとリクアライド様は形から入るタイプで、婚約者候補になった私をそういう扱いしただけね。なんだー!もー!そういことねー!それに在学中まで婚約者候補ということは、きっと私はその間リクアライド様と他の令嬢の壁になるということか。確かにリクアライド様はおモテになるでしょうし、私とのことはリズが勘違いしてしまわないように私から軽く話しておくべきね!
リズの幸せを守るために、私は立派な壁になってみせるわー!
キリティアが、おー!と拳を上へと突き上げると同時に部屋の扉がノックされた。我に返ったキリティアは誰だろうかとパタパタと扉へと駆け寄る。そして開けてみれば、リズローズとロンバルトが立っていた。招き入れ、ソファへと腰掛ければロンバルトが険しい顔をしながら重い口を開く。
「キリティア、婚約者"候補"になったというのは本当か?なんでも、二人が卒業してからきちんと婚約をすると聞いたんだけど?」
あまりの剣幕にキリティアはだんまりとして、俯くリズローズへと擦り寄る。
「え、ええ。一応そうなったみたいですわ。でもそれには深い訳がありまして……」
「お姉様!婚約はなさらないとおっしゃっていたじゃありませんか……!」
「あぁ、リズ……泣かないで。これは貴女のためなのよ」
あやすようにリズローズの背を撫でるキリティアに、ロンバルトがどういことだ?と聞けばキリティアはしまった!という顔をした。このことはリズローズには軽く話すつもりでいたけれど、基本的には秘密にするべきであるだろう。
ごめんなさい、リクアライド様。般若のようであり、いい笑顔を浮かべるロンバルトお兄様に洗いざらい話さないといけないみたいですわ。
「なるほど。そういうことか」
「でもそれ、リクアライド王太子殿下は私ではなくキリお姉様のことが……」
腕を組みながら頷くロンバルトの横でリズローズが何かを言いかけるが、ロンバルトが咳払いをするとリズローズは口を紡いだ。それにキリティアはどうしたのだろうかと聞こうとするが、それよりも早くに二人はソファから立ち上がる。
「疲れているところにすまなかったな、キリ。今日はお誕生日本当におめでとう。後はゆっくり休んでな」
「私からも、お誕生日おめでとうございます」
両頬へと二人からのキスのプレゼントをもらい、キリティアはくすぐったそうに肩を竦めるが、お返しにと二人の頬へとキスをする。
三人で微笑み合い、キリティアはロンバルトとリズローズを部屋から見送った。
キリティアの部屋を後にしたロンバルトとリズローズ。最初に口を開いたのはリズローズだった。
「ロンお兄様、どうしてキリお姉様にお教えしなかったのですか?」
「その方がキリがリクアライド様のことを意識する危険性が低くなるだろ?」
ロンバルトがにんまりと笑うと、リズローズはぱぁっと顔を明るくした。
「さすがはロンお兄様ですわ!」