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悪役令嬢は妹の幸せを願う  作者: ウメコ
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ひやりと冷たいものが額へと乗せられ、キリティアは睫毛をふるりと震わし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。ぼやける視界に入るのは見慣れたベッドの天蓋。

ゆっくりと視線を横へとずらせば、侍女のリーネがおり、お加減いかがですかと尋ねてきた。

「私……」

「キリティア様は床へ倒れておられました。お熱が高く、直ぐに医者を呼び診ていただきましたが、疲労からくる熱だということです」

「……そうなの?」

「はい。薬を飲んでしっかり休めば良くなるとのことです」

「そう…。リーネに迷惑かけたわね、ごめんなさい」


キリティアがそう呟くと、薬を準備していたリーネは吃驚したかのように手を止め、キリティアを見つめる。そんなリーネを見てキリティアは前世の記憶が戻る前の日頃の自分の行いを思い出した。

私、リーネにいつも身の回りのことをやっておいてもらっては、ケチばかりつけていたわね。そればかりか体調を崩した時には、リーネのせいにしていた。

(体調を崩すなんて、ただ自己管理が出来ていなかっただけなのに)


「リーネ、薬をいただけるかしら」

「はい、こちらに」


キリティアは重たく感じる体を支えられながら、クッションを背もたれに起こしてもらう。そして渡された粉末を一気に口の中へと入れ、急いで水で流し込んだ。

勢いが良すぎたのか、咽せるキリティアの背をリーネが優しくさする。


「大丈夫ですか?キリティア様。お薬苦手ですのに、そんな一気に飲んでしまわれるなんて……」

「えぇ、大丈夫よ。早く治してしまわないといけないもの」


再び身体を支えられながら、ゆっくりとベッドへと身を沈めると、毛布をかけ直してくれながらリーネはそうですね、と頷いた。


「一週間後にはキリティア様の十三歳の生誕パーティーですものね」

「生誕…パーティー?」

「…?ええ。リクアライド王太子殿下も来られますし、キリティア様とても楽しみにしておられたではないですか」


(そうだったかしら…?いや、確かにそうだったわ)

キリティア・クライアンズは今回の生誕パーティーで、王太子であるリクアライド・リンベルトと正式に婚約を交わすのだと前世で妹が言っていた気がする。

リクアライドの父親であり、リンベルト王国の現国王アルバート・リンベルト。キリティアの父親であり、国王の宰相を務めるハンフリー・クライアンズ。この二人はとても仲の良い幼馴染であり、お互いに子同士を婚約させようと、約束をしていたのだ。

そしてその婚約者にはキリティアかキリティアの一つ下の妹、リズローズのどちらかがなることになっていた。だがその話が出てきた時点でキリティアは絶対に私が婚約者になると言い張り、リズローズに話が回る前に駄々をこねまくったのだ。そして散々甘い父親にわかったと頷かれ、喜んだ。それはもうとても喜んだ。

前世の記憶が戻る前のこと。自分の言った我が儘のせいで決まったも同然のリクアライド王太子との婚約話に、キリティアは顔を青褪めた。このままでは原作通り、婚約者となり、断罪されてしまう。自分で自分の首を絞めてどうするのだ。それに、何より、妹へ対して話すら通さないなんて。前世で私は妹が大好きだった。妹も私のことを好いていてくれたと思う。今と同じで一つしか年齢は変わらなく、お互いが高校生になってもまだ同じ布団で寝ていたくらいなのだから。私は妹が大好きなのだ。それは勿論、現在の妹も同じだ。私はリズローズが大好きだ。それなのに、なんてことをしてくれたのだ。キリティア・クライアンズ…!許すまじ……!!


(ん?でもちょっと待って)

もしキリティアが王太子の婚約者にならなければ、リズローズが婚約者になっていた。それは、ダメなのではないだろうか?いくらキリティアみたく悪役令嬢でなかったとしても、未来でヒロインが出てきてしまえばリズローズは何かしらの形で傷ついてしまうかもしれない。

(それこそ絶対に許せない……!でも私も折角転生してきたのだから、また死にたくはないわ)

一体どうしたらよいのか。私は今世でも妹と、リズローズと笑って生きていきたい。

キリティアが深く息を吐くと、


「キリティア様?先程より顔色が悪くなっています。もうお休みになってください。連絡を入れましたので旦那様達ももうじき屋敷に戻ってこられます」


リーネに冷たい布を額へと乗せられ、それが熱で火照った身体に心地良く、キリティアは意識を手放した。









なんだか手が暖かい。あの日、感じることの出来なかった妹の温もりのようだ。キリティアはその温もりをもっと感じたくて、そっと握り返す。するとその手はビクリと震え、勢いよく引き抜かれてしまった。


「ご、ごめんない…!」


続いて聞こえた震える声にキリティアは目を開ければ、怯えたように震える女の子がいた。紅茶色のまっすぐ伸びた綺麗な髪。涙ぐむ瞳は宝石のシトリンのような黄色。


「どうして謝るの…?」

「お、お姉様のお部屋に…無断で入ってしまった挙句、手を、触って…しまったからです……」


語尾につれどんどん小さくなっていき、それに伴い身体も小さく縮ませるリズローズに、キリティアは今までの自分を本気で殴りたくなった。

(こんなに優しくて可愛い妹にどうして今まで酷い態度しかとれなかったの!?)


「リズローズ、手を出して」


キリティアは身体を横へ向け、出来るだけ怖がらせないようにと微笑みながら言うと、リズローズはおずおずと手を差し出す。キリティアはそれをふんわりと両手で包み込んだ。


「お…ねぇさま?」

「暖かくて、優しい手。リズローズが手を握っていてくれたから私、なんだか元気が出てきたわ」


ありがとう。こつんと手に額を当て、リズローズを覗き込む。するとリズローズの瞳からぽろりと涙が溢れた。


「え、あ、ごめんなさい…!急にこんな、こわいわよね」


(今まで酷くされていた姉に今更こんな態度取られても、怖いだけよね。私、本当にダメな姉ね……)

キリティアがさっと手を離そうとすると、逆にリズローズに手を包み込まれた。その上にポタポタと暖かい雫が溢れ落ちる。


「ちが、違うんですっ。わた、し、嬉しくて」

「嬉しい…?」

「ずっと、お姉様と、こう、して……手を繋いでみたかった…です…!」

「……!」


(まってまってまって!!!かわいすぎるむりまってむりかわいい)

嗚咽まじりに一生懸命伝えてきてくれるリズローズに、キリティアは堪らず身体を起こすと、ぎゅっとあまり自分と変わらない小さな身体を抱きしめた。リズローズは驚き一瞬涙は止まったものの、背中を優しく摩られると再びわんわん泣き出した。

しばらくすると、腕の中ですぅすぅと聞こえ出した寝息。キリティアはくすりと笑うと、自分の寝ているベッドへと寝かしつけてやり、自分もその横へと潜り込む。


(風邪ではないし、移してしまうことはないわよね)

リズローズの目元にかかる髪をのけてやり、キリティアも目を閉じた。










「これは……一体…?」

「メディナ、見てごらん。天使がいるよ」

「本当ね、あなた。なんて愛らしい天使達なのかしら」


クライアンズ公爵家の長男ロンバルトは、困惑した面持ちでベッドで幸せそうに眠る妹二人を見つめる。その横で黄色い声をあげるのは、この兄妹達の両親であるハンフリーとメディナ。


昨日、キリティアが熱を出したらしく予定を早めに切り上げたロンバルト達は屋敷に戻った。キリティアは薬を飲んだあとだったため、深く眠っており、そっとしておこうと皆は部屋を後にした。

キリティアは寝起きをリーネ以外に見られると、機嫌を悪くし周りへの当たりがとても酷くなる。両親は年頃だからと片付けていたけれど、ロンバルトはそれを良く思っていなかった。


(父上も母上も甘やかすから、キリがどんどんつけあがるんだ)

ロンバルトはいつも甘い両親を見て、己は厳しくいこうと決意していた。


(それに比べてリズはとても優しく愛らしい天使だとは知っていた。けれどやはりキリは天使なんかではないだろう)

贔屓目なしに見ても、キリティアは確かに容姿はとても整っている。リズローズは可愛い分類だが、キリティアはどちらかというと美人の分類だ。だが性格は最悪。先程述べたように甘やかされて、自分が一番可愛く、可愛がられるのが当たり前だと思っている。兄のロンバルトにはそこまでではないが、実の妹に対しては邪険に扱い、酷く当たる。それなのに何故、突然二人で一緒に眠っているのだろうか。

ロンバルトが考え込んでいると、キリティアが目を覚まし、ぱちりと視線が合った。


「ロンバルトお兄様。それにお父様、お母様。おはようございます。どうされたのですか?」


ゆっくり上体を起こし、目を擦りながら問うてきたキリティアにロンバルトはぽかんと口を開けた。

(いつもならレディーの寝顔も寝起きも見るなんて!!と怒るのに)


「ん……お姉様?」

もぞりと、キリティアの横で眠っていたリズローズも目を覚まし、同じ動作で起き上がる。そんなリズローズを微笑みながら乱れた髪を整えてやるのは一体誰だ。ロンバルトは普段のキリティアと今のキリティアが同一人物に思えなく、ますます困惑した顔を浮かべる。


「よく眠れたかしら?」

「え、あ、私ったらお姉様のベッドで寝てしまって……!」

「いいのよ。たまにはこうして二人で眠るのも悪くないわ。でも身体が怠かったりしないかしら?私の熱が移ってしまっていたら大変だわ」


キリティアがリズローズの額はと己の額を合わせる。そして、へにゃりと笑った。


「って、私の額で計っても意味ないわね」


ちょっと待て。本当にお前は誰だ。キリティアはそんな可愛らしく笑わない。可愛らしく……可愛らしくなんて……!


「お姉様かわいい!!!」

「きゃっ!リズ、急に抱きついてきたら危ないわ」


キリティアがリズローズを抱きしめ返すと、リズローズは嬉しそうにきゃっきゃと笑う。そうしてはしゃぐ妹二人。いや、天使が二人。


「嫁に出したくないな……」


ハンフリーが呟くと、ロンバルトはそれに力強く頷いた。








キリティアはあれからすっかり熱も下がり、無事回復していた。そして勉強に取り組み始めていた。

(最初、勉強をしているとお茶を持ってきてくれたリーネが吃驚した顔をしていたけれど、それもそうね。私勉強も本を読む事も大嫌いだったもの)

以前のキリティアとは違い、変に思われてしまうかもしれない。だけれど勉強は大切だし、キリティアは本を読むのは元々好きだったのだ。それにキリティアはこのゲームをプレイしていた訳ではないので歴史だったり、魔法だったりを学ぶのはとても必要なことであるし、令嬢としてのマナーのことだったりと、この世界の事を学ぶのはこれからのことでも大事になってくる。本は前世のと一味違って、新鮮さが溢れていて読んでも読んでも読み足りないくらいだ。まぁ、今はそれはさておき。

キリティアが勉強していた本を片付けると、リーネが紅茶の入ったカップを置く。今では今のキリティアへと慣れてくれたのか、リーネは合間にお茶やお菓子を用意してくれるようになっていた。

いい香りの漂うそれをお礼を言ってから持ち上げ、カップの縁へと口を付けた。こくり。一口飲み込めば、ホッと息を吐く。リーネの淹れてくれる紅茶は本当に美味しくて、とてもお気に入りだ。それを伝えると、リーネはありがとうございます、と微笑んだ。それに微笑み返したキリティアはもう一口飲む。

四日前からのことを頭の中で整理する。そう、あれから四日が経ったということは、パーティーまであと三日しかないのだ。前世の記憶を思い出し、妹と仲直り?をすることが出来た。それから勉強を始め、屋敷の使用人達と話したり、自分より下だと見下してしまっていた令嬢達からのお茶会に参加しようとしてみたり(病み上がりだからと、まだ参加出来ていないけれど)この世界をきちんと自分の目で見ようとしている。

そうしていると、何故かキリティアにあまり関わらなかったロンバルトがやけに見張ってきていたかと思えば、今度は構ってくるようになった。

ロンバルトだけではない。今こうして側にいてくれる侍女のリーネも以前よりも側にいてくれることが増えた。

(リーネが側にいなかったのは、私が鬱陶しがってしまっていたのだから当然ね。それなのに今じゃこんなに美味しい紅茶を淹れてくれて、私を気遣ってくれる。他の使用人の人達も今は笑顔を向けてくれることが多くなった)

キリティアはこういうことを実感するたびに、記憶が戻る前の自分をどうしたものかと考える。だが今更過去を変えることなんて出来ないので、これからは感謝の気持ちを忘れないようにしようと心に決めるキリティアであった。

よし、紅茶を飲み終わったら今度は読書をしながらこれからのことを考えようと思っていると、


「キリティアお姉様!」

「リズ?」


勢いよく扉が空いた。かと思えば、少し怒ったようなリズローズが現れ、そのままキリティアに詰め寄る。突然のことで頭に?を浮かべるキリティアは、後から入ってきたロンバルトに視線を向けるも、ロンバルトは何やら神妙な顔付きをしており、更に?を増やす。視線を可愛らしくぷっくりと頬を膨らませるリズローズへと戻し、その頭を優しく撫でた。


「どうしたの、リズ?」

「婚約されるって本当ですか!?」


グイッと顔を寄せてきたリズローズにキリティアはぱちぱちと瞬きをする。

(そうだ。リズは婚約の話があがっていたのを知らなかったわ。私が、そうしたんだもの。あぁ、ロンバルトお兄様も私がリズに黙って婚約話を取ってしまったことに怒ってしまっているのね)


困ったように眉を下げるキリティアにリズローズはそれが本当のことであると確信し、わっと泣き出した。


「え!?リズ!?」

「うわーん!!ひどいわおねぇさまー!!」


どうして私に教えてくれていなかったのー!そう泣き叫ぶリズローズに、キリティアは胸を締め付けられたかのように苦しくなった。

(そうよね。王太子との婚約だなんて女の子なら皆が憧れるわよね。リズだって王太子妃になりたかったわよね……)


「ごめんなさい、リズ」


でも、それは絶対にダメだわ。リクアライド王太子殿下はヒロインに惹かれてしまう。そうなったら私の可愛い妹であるリズが傷付くことになってしまう。もしかしたらあまりのリズの可愛さにリクアライド王太子がヒロインに惹かれない可能性だってあるかもしれないけれど、私はこのゲームのシナリオを知らない。だからこれからどんなことが起こってしまうか分からない。そんな賭けみたいなことをリズにさせられない……!私の可愛い妹は幸せにならなくてはいけないのよ……!!


「お姉様は私のお姉様よ。王太子だとか殿下なんだとか、そんなのは関係ないわ。お姉様は絶対に渡さないわ。そうだ、婚約なんて有耶無耶にしてしまえばいいのよ……!」


キリティアが一人握り拳を作っている間、泣き止んでいたリズがぶつぶつと何か言っていることに気付いているのは、ずっと成り行きを見守っていたリーネと、始終神妙な面持ちをしたままのロンバルトだけだった。











こんな感じで進めていこうと思っているのですが、少しでも面白いと思っていただけると嬉しいです。


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