幕間 昼下がりのカフェで
街の裏通りのカフェ。
いつ行っても人影は少なく、それとなく席を埋めているのは常連のみと言ったとてもじゃないが繁盛しているとは言えない店。
メニューも特別目を引く物はなく、いわゆるカフェでしかないその店に、今日は普段誰も座らない空席を埋める客...フィルマの生徒である事を示す制服には家紋の刺繍がされていて、明るい茶色の長めに伸ばされた髪色が目を引き、小柄で可愛いらしい女子生徒がいる。
ただ紅茶を嗜みながら読書をしているだけなのに、姿勢や仕草から貴族の品格が浮かび上がっていた。
暫く本から目を離さなかったが、入店を告げるベルが鳴ると少し視線をそちらに向け、それが待ち人であったが分かるとパタンと本を閉じて鞄にしまった。
「すまないエリザ、待たせたな」
「いえ、然程待ってはいないのでお気に為さらず」
本を読んでいた貴族の女子生徒の正体はエリザ・トリブリアであり、彼女の待ち人はレオン・モルテウス。
トリブリア伯爵家はモルテウス侯爵家の配下であり、彼女達は幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしていて、何より将来の主従関係でもある。
そんな2人は、あまり他人に聞かれたくない身内の話をする際、決まってこのカフェに集まる。
と言うのも、このカフェはマスターから店員に至るまでがモルテウスの息がかかった者達であり、有事の際の協力者たちが隠蓑のしている場所だった。
レオンは店員が甲板を裏返し、店の扉の鍵を閉めたのを確認してから口を開いた。
「急に呼び出して悪かった。父から連絡があってな、君の耳にも入れておいた方がいいと判断した」
「当主様が直接連絡するほどの急務、と言うことでしょうか」
「あぁ、例の内乱を起こそうとしている不穏分子が関係している」
「不穏分子...まさか、学園内に!?」
「相変わらず察しがいいな。数日前父が捕らえた間者が、フィルマの生徒の中に工作員がいる事をほのめかしたらしい。その真偽は不明らしいが、事を起こされる前に該当しそうな生徒に目星をつけて欲しいそうだ」
「学園の性質上レオン様を動かす事は理解できますが、王族経由で強引に介入する事はしないのでしょうか?」
「難しいだろうな。そもそも、不穏分子の勢力は父が目を光らせ増長しない様に監視している状況だ。が、それ故に公には存在が知られておらず、貴族間でも存在を疑う者達が多い。それで本来不可侵であるはずの学園に介入すれば、国内外の反感を買うだろうな」
「やはりそうですか...」
店内に重い空気が流れる。
モルテウス家は表ではただの魔術に優れ、先代が偉業を為して侯爵家に召し上げられた貴族と言うことになっているが、事実は異なる。
リティシアの治安や国境を守る騎士団と違い独自の情報網で国を守る裏の組織を率い、今に至るまで他国の間者から国内の反乱分子を事前に掌握している。
「先んず、暫くは本来の目的を優先しつつ、並行して探りを入れる程度にしておこう」
「分かりました。そう言えば、リシアさんにお会いなさったとお聞きしました」
「君が気にかけてると聞いて興味が出てな。彼女は...底知れないな」
「決闘で見せた魔術もそうですが、彼女はまだ自分の実力を隠している。いえ、他人に見せる気が毛頭無いようです」
彼らの本来の目的とは、将来に側近候補を探す事。
本来なら、配下の貴族家の同年代の子供が自然と側近候補として上がるが、彼らの家が特殊な役割を果たしている事と、フィルマと言う人材の宝庫から適任を探す方が良いとなってこうなった。
実は、エリザが入学初日にリシアに接触したのはその目的があったことも含まれる。
が、それ以前に一目見た時に感じたリシアが内に秘めた何か、それに気付いたから声を掛けてあのやり取りに介入したのだった。
「原始魔術、今は廃れた世界で最初の魔術を固有魔術として復活させた。それ自体が規格外と言えるだろうな」
「彼女を『欠陥』と蔑称で呼ぶ生徒は未だにいますが、固有魔術など編み出そうとして生み出せるものではありません。彼女も...いえ、彼女もまた『天才』と呼ばれるべきかと」
「まだ勧誘する気はないが、野外演出で探りを入れてみるのも悪く無いな」
野外演出とは、入学から1カ月経つと毎年行われる学年行事だった。
フィルマの広い土地に含まれる山の中で、5人1組のチームを組み、実戦形式の大規模な模擬戦をする...と言うの内容だった。
「少し話が逸れたな。先日貰った資料の件だが...」
レオンが話を戻し、再び家業関係の話になる。
店内に流れる独特の空気の中、レオンとエリザは今後は各々コーヒーと紅茶を嗜みながら、日が沈むまで話し合いを続けた。