第一節 欠陥と天才と 4
(後書きで原初魔術と記載してしまいましたが、正確には原始魔術です。シンプルに間違えました...)
結論から言えば、リシアは自分の汚名を晴らす事には成功したと言える。
昨日の決闘の話題はすぐに寮内で広まり、今日の朝には生徒だけでなく教師にも伝わり、昨日ほどリシアの身に覚えの無い悪評が流れる事はなくなった。
(もっとも、色んな人に絡まれる事は変わらないんだけども)
嫌味を言われる事が無くなったが、リシアの魔術...特にマークスの『水の矢』を消した現象に関して聞き出そうと、朝から多くの生徒がリシアの元に押し掛けていた。
それらに対してリシアは、最初のうちは素直に答えた。
と言うのも、話しかけてくる生徒達を神経が図太いなと思いはしたものの、原始魔術に関してや現象に関する説明をしたところで然程の問題がなく、話さずにずっと付き纏われる方がリシアからすれば厄介だった。
だが、原始魔術をリシアが固有魔術として復活させた事、『水の矢』の術式の一つに干渉して自壊させたなど生徒達には理解が及ばない内容ばかりだったので、話を聞いた過半数の人は話を信じず、本当の話を教えろと詰め寄るばかりだった。
それが半日続いて流石に我慢の限界がきたリシアは、昼休みになってからすぐに教室を抜け出して手早く食事を取り、次の授業が始まるまで図書館の奥で時間を潰そうとしていた。
(おじいさんから聞いてたけど、学園内の蔵書となると数が比じゃないなぁ...)
見渡す限り本棚に囲まれている光景に驚きながら、リシアは目当ての本があるであろう場所まで歩いていたら。
フィルマの図書館の規模は世界最大であり、ジャンルを問わず様々な蔵書が納められており、フィルマ建設から年々蔵書が増えていった結果、今の校舎とは別の建物が作られるほど。
端から端まではかなりの距離があり、目当ての本に目星を付けずに歩き回ると軽く1時間は迷うほど。
実はこの大図書館こそリシアがフィルマ入学を決意した要因の約7割であり、実質的な目的だった。
魔術の研究を幼い頃から始めたリシアは、父が魔術師だったおかげで一般的な平民に比べれば魔術書など手に入ったが、それは貴族と比べれば種類と量が限られてしまっていた。
だから、リシアからすれば学生であれば自由に使える図書館は有難い他なかった。
(ん、先客...?)
リシアが向かっていたのは魔術が関わる歴史書があるエリアで、魔術書では無いため人気が無く、普段この辺りに人が来る事が珍しいくらいだった。
しかし、今リシアの目の前には自分より背丈の高い位置にあるスペースにある本を取ろうと必死になってつま先立ちをしているメガネの女子生徒がいた。
「うーん、うーん、もう、ちょっと...」
一生懸命背伸びをしているが、背が低くく中々届かずにふらふらしている。
見ていると不安に駆られる後ろ姿に、リシアも少し心配なって声をかけようとするが、それをする前にふらついた手が本に当たると、そのままどさどさと本の雪崩が女子生徒に降りかかった。
「痛っ...やっちゃった...」
「あの、大丈夫ですか?」
「ひゃいっ!あ、はい、大丈夫です...」
リシアがいる事に気づかなかったらしく、後ろからリシアが話しかけるとビクッとして慌てて振り返り、ズレたメガネを直している。
「これ、どうぞ」
「助かります。あ!え、あの、初めてお話する方に失礼だとは思いますが...その、貴女ってリシアさんですか?」
「はい。えっと、貴女は...」
「あ、そうですよね、クラスは違いますが同じ1年生で平民のスレイと申します」
スレイと名乗った少女はペコっとお辞儀をして自己紹介をした。
小柄な体格とメガネを掛けている彼女は、温厚そうな表情が相まって本が似合うなとリシアは勝手にそう思った。
「それで、スレイさんは何故この場所に?来た私が言うのも変ですけど、普通の生徒は歴史書のエリアなんて来ない場所だと思ってました」
「あー、実はその、私もリシアさんと少し似ていると言うか...」
「似ている?」
「実は私の母が錬金術師なんです。それで、私も母から教わって錬金術を扱うんですけど、なんでか攻撃魔術が不得意で」
錬金術とは現代の医学の基盤となった魔術であり、土属性を有する魔術師達が生み出した。
医学が発達する以前は医療として使用されていたため、現代まで廃れる事なく続く魔術の一つであるが、攻撃魔術とは術式が根本的に違うため錬金術師は攻撃魔術が不得意とされていた。
スレイが似ていると言ったのは、彼女もまたリシアほどでは無いが偏見を受けてきたからだった。
「なるほど。でも、平民の錬金術師は重宝されるのでは?」
「その、私も母も植物系の錬金術しか使えなくて...。今の時代、薬も魔術を使わなくても良い物が作れるので、錬金術で作る薬の需要がないんです」
「そうだったんですね。それで、ここにはどうして?」
「魔術の選択授業を歴史学にしたんですけど、授業について行けるか不安だったので予習をしたくて」
自分と同じ授業を選んだ生徒がいたことにリシアは驚きつつ、確かに攻撃魔術が不得意で植物系の錬金術しか使えないとなると、その手の授業は荷が重いかと納得もした。
「私も歴史学の授業を選んだので一緒ですね」
「そうだったんですね!あ、あの、まだ出会ったばかりなのに大変おこがましいかも知れないんですけど...私とお友達になってくれませんか?その、さっきも言った通り、私はあんまり他の人に好かれる人間じゃないので...お友達がいたことが無くって...」
「そうですね...はい、私で良ければ」
「本当ですか!やったー!」
嬉しそうに微笑むスレイを見て、リシアは承諾してよかったと思った。
はっきり言えば、リシアは本心から友人を作りたいと(正確には諦めていたのだが)思った事はなく、学園生活を一人で終えることになっても仕方ないとすら思っていた。
ただ、スレイと話して純粋そうな性格が垣間見え、何より他の人と違ってリシアに対する興味が魔術ではなく自分との共通点だった事が承諾する決め手となった。
「あ、すみません。嬉しくて舞い上がっちゃって...」
「いや、大丈夫ですよ」
「えへへ...あ、あと敬語も使わなくて大丈夫ですよ。私のは癖なので気にしないで貰えれば」
「...いつから気づいてました?」
「確信できたのは直接話してからです。兄がいるんですけど、普段は口調が乱暴なのに外行きだと丁寧に喋ってたのを見てたので。それに、昨日の決闘の時の口調が」
「はぁ...母さんに怒られるなぁ」
リシアは昨日犯した唯一の失態に頭を抱え、その場から今すぐ逃げ出したい気分になった。
学園内では敬語で話していたリシアだが、それは入学から遡る事4年前から彼女の母親が苦労して矯正した賜物であり、素の喋り方は男っぼい乱暴な口調だった。
経緯としては、ただでさえ目立つリシアが更に余計な面倒事に巻き込まれないようにと母親ながらの気遣いなのだが、それも昨日の時点で半壊していた。
「本当にいいのか?正直、自分でも他人受けは良くないと思うが」
「いえ、そっちの方が逆にリシアさんらしいと思います」
「そっか、ならこれで。これからよろしく、スレイさん」
「はい、お願いします!」
リシアが片手を差し出すと、スレイはその手を両手で握り返した。
入学初日から波乱に満ちたリシアの学園生活だったが、2日目にして友人と呼べる人物に出会うことができた。
―――
「うーん、いないなぁ」
昼休みの食堂、一人の男子生徒が周りの視線を気にせず誰かを捜すように歩き回っていた。
天才少年、英雄の再来と呼ばれる彼は、入学以前から噂されるような有名人であり、ただ食堂を歩き回るだけでも周りの注目を浴びる。
「おや、誰か探しているのかい?」
「あ!イース先輩!実は知り合いの女の子を探してるんです」
「女の子?おやおや、兄弟子に内緒で彼女を作っていたとは、君も隅におけないなぁ」
「違いますよ。昔一緒の街に住んでた子で、昨日学園に通ってることを知ったので会いたいなと思って」
「あー、なるほどね。それで、どんな子なんだい?」
「先輩も昨日会ったあの子ですよ!平民の女の子!」
上級生でありかなりの大物であるイースと親しげに話す彼の名はアインズ。
そして彼の捜す人物とは、言わずもがなイースが審判を務めた決闘で昨日に続き時の人となったリシアの事だった。
(投稿ペース上げたいなと思いつつ、地味に忙しくて時間が取れてませんでした。2日に1回投稿出来ればなぁと)