第一節 欠陥と天才と 3
(投稿遅くなりました。)
リシアとマークスの決闘が行われる時刻、校舎内でも一番広い演習場である中央演習場には、既に観客である多くの生徒が訪れていた。
行事の際に使われることもあるそこは、全国生徒が座れる様に客席もあるのだが、その席も半数以上が埋まっていた。
(見物人はいると思ってたけど、まさかこんなに来るなんて)
指定された場所が中央演習場だった時から、リシアはマークスが自分を多くの生徒の前で負かすつもりだとは思っていた。
それでも、客席の半数が埋まるとまでは考えていなかった。
「どうやら、怖気付かずに来たみたいだな」
「私から申し込んだので当然だと思いますが」
「強がるのもいい加減やめておけよ。さっきはトリブリアのおかげで助かったかも知れないが、戦えばお前が欠陥だと言うことが晒されて恥をかくぞ」
「そうですね。でも、問題ありません」
少し早めについたリシアが演習場の中央で待っていると、マークスが嫌味を言いながら現れた。
彼は自分の勝利を疑っていない様で、さっきとは違い淡々としているリシアにイラつく事もなく、随分と余裕そうな表情だった。
「いやいや〜、始まる前からバチバチだねぇ〜」
リシアとマークスがそんなやり取りをしていると、呑気にそんな事を言いながら一人の男子生徒が現れた。
ネクタイの色は4年生である黒、制服には家紋の刺繍が入っているが、リシアでもどこか既視感があると思う模様だった。
「あ、貴方は!?何故こんなここに!」
「久しぶりだねマークス君。今日は生徒執行役員としてね。君達の決闘を公正に見届けて、今後に支障が起きない様に審判役として僕が介入するってわけ」
「えっと、お二人は知り合いなんですか?」
「あ、始めましてだよね。僕はイース。見ての通りフィルマの4年生で、生徒執行役員です。マークス君とは顔見知りって感じかな」
「イース様!そんな平民に自己紹介なんて...」
「...マークス君。フィルマの敷地にいるのなら、平民と貴族は対等にあるべきだ。それに、僕に様なんて付けるのは違うかな」
イースと名乗った青年はリシアにも丁寧に自己紹介した。
そして、それを咎めようとしたマークスに対して、さっきまでの明るい雰囲気の声色とはまるで違う冷たい感じで逆に注意すると、また元に戻った。
「リシアです。特に言わなくてもご存知だと思いますが、私が噂の平民です」
「うん知ってるよ。ま、僕は噂はあまり信用しないタイプだから、別に君に対して偏見は無いから安心してね。と言うか、直接会って確信したよ。君は随分と『おもしろい』みたいだね」
「?ありがとうございます」
イースのおもしろいと言う言葉に少し戸惑ったリシアだが、偏見は無いと言い切ってくれた彼に対して率直に礼を述べた。
「一体こんな平民の何処が...」
「それはやってみれば分かるよ。さて、このまま雑談するのも楽しそうだけど、みんな早く君達の決闘を見たいらしいしそろそろ始めようか。まずはルール確認だけど、お互い把握してるかい?」
決闘のルールは大きく分けて3つ。
一つ、決闘の際は必ず制服を身につける事。
制服に使われている特殊な材質は普通の布より頑丈で、ある程度の魔術から身を守ってくれる効果がある。
そのため、生徒の安全確保と言う意味で身につける事がルールとして定められている。
一つ、決闘で使用する魔術は威力を抑制する事。
あくまで生徒同士の模擬戦である決闘では、相手の命を奪う事を禁止しており、最大でも骨が折れるくらいまでの威力の魔術のみで戦うことになっている。
一つ、魔道具の持ち込みは禁止。
刃を潰した剣、魔力操作用の杖など一部の武具の持ち込みは許可されているが、防御用の結界を展開するものや魔力を通すだけで魔術が起動する魔道具の持ち込みは、己の実力では無いため禁止されている。
例外として、自作の魔道具なら許可される。
この三つが決闘のルールであり、ここに来る前にリシアはルールをしっかり確認しているし、マークスも当たり前だが覚えている。
「はい、私は問題ないです」
「俺も大丈夫です」
「よし、それじゃあ位置について。僕が宣言をしてこのコインを弾くから、コレが地面に落ちたら開始だよ」
リシアとマークスは少し距離を取った形で向かい合い、イースはその間に立つ位置関係になった。
騒がしかった観客席も、3人が位置に着いたのを見て自然と静まり返り、軽く数百人居るとは思えないほどの静寂が流れる。
「ふぅ...これより、一年生リシアと同じ一年生マークスの決闘を始める。生徒執行役員の栄誉を誓い、公正に見届けることを誓う。それっ」
イースは声を張ってそう宣言すると、拍子抜けする様な軽い声でコインを弾いた。
弾かれたそれは、くるくると回転しながらゆっくりと弧を描いて落下していくが、演習場全体に流れる緊張感のせいか、どこかゆっくりと落ちていっている様に見える。
だがそれは当然勘違いであり、数秒でコインは地面に触れた。
「『水の矢』!」
先制を取ったのは、マークスだった。
水属性の攻撃魔術では汎用性が高く、扱えるものも多い基本的な魔術。
だが、マークスの一族スヨメラはこの魔術の術式を長い年月を掛けて改良しており、一般的に知られている術式と比べると消費する魔力と攻撃の素早さ、何より一度に射出される矢の数が段違いだった。
余りに早い術式の展開に、観客の生徒からは驚きの声が上がると共に、魔術を行使せず見ていることしかしないリシアにある種の同情が生まれた。
仮にリシアが攻撃魔術を使えたとしても、マークスの放った魔術に対応するのは難しいと生徒達が思えるほど、彼の魔術は〝強かった〟。
リシアに迫り来る無数の水の矢、受ければ死にはしないだろうが十分怪我を負いかねないそれを、彼女は表情一つ変えず一瞥し、指を持ち上げると文字を書く様に指で空をなぞった。
「『ラグズ』」
たった一言、リシアは空に描いた文字を意味する言葉を呟く。
しかし、たったそれだけで魔術を起動させる術式は成立し、直ぐにその効果は現れた。
その魔術が起動した瞬間、一見なんの変化も見られないかと思われたが、それはすぐに効果を表した。
目の前まで迫っていた水の矢、それが突如狙いを失ったかの様に減速し、ぐにゃぐにゃと矢の形を失い、最後はただの水となって地面に吸われた。
「俺の魔術が...掻き消された...?」
マークスは辛うじて言葉を絞り出したが、観客の誰もが目の前で起きた理解不能な現象に声と思考を奪われていた。
基本的に結界魔術を扱える稀な魔術師以外、相手の魔術を防御する場合、身体強化の魔術を使って避けるか攻撃魔術で撃ち落とすのが普通だ。
だが、リシアが行ったのはそのどちらでもなく、魔術を使って相手の魔術に干渉...したかの様に見える奇妙な現象。
数人はこの現象を何となく理解出来るかもしれないが、きっと殆どの観客はこれを理解出来ず、再現する事は出来ない。
「『原始魔術』って知ってますか?今に伝わる全ての魔術のオリジナル、今では失われた魔術でもあります」
「...名前だけなら歴史書で見た事はあるが、お前の言った通りとっくに廃れて失われた魔術だろ」
「はい。ですが、私はその魔術を固有魔術として再興させました。もっとも、当時のそれとは全くの別物でしょうが」
『原始魔術』とは、この世で初めて生まれた魔術。
余りに〝単純〟だったそれは、現在に至るに当たって使い手が居なくなり、世界で最初に廃れた魔術でもある。
だがその魔術の原理自体は、現代の攻撃魔術の術式にも組み込まれいる。
そんな魔術をリシアは7歳という異常な若さで、しかもたった一人で再興させた彼女はある種の天才とも言えた。
「固有魔術だと!?限られた貴族の名家しか有さないそれを、お前みたいな平民が有してるだと!」
「便宜上そう呼んでいるだけで、実際はまた異なると思いますが」
固有魔術とは文字通り、一般的に知られている魔術は全く異質、その詳細は使い手のみが知るオリジナルの魔術。
スヨメラの改良された術式はオリジナルではあるが、それはあくまで改良でしかなく、固有魔術ではない。
2人の会話が聞こえているのは近くにいるイースだけだろうが、戦慄が走ったように動かないマークスを見て、観客も何か底知れぬものをリシアから感じ始めていた。
「話はこの辺りにして、次はこっちから攻めさせてもらいますね」
マークスの魔術に対して驚くどころか、少し残念そうにしながらリシアはそう告げると、少しずつ歩いて距離を詰め始めた。
「クソッ、『水の矢』!」
「『ラグズ』」
「それなら『氷の矢』!」
「『ラグズ』『イサ』」
遠距離から攻撃するのが得意なマークスは、リシアを近づける前に倒そうと攻撃魔術を連射する。
しかし、それらは射出されると同時に形を失い、攻撃魔術としての役割を果たす前に霧散する。
『水の矢』はただの水に、『氷の矢』はみぞれとなって地面に落ちる光景に、マークスは得体の知れない恐怖が少しずつ湧いて来た。
しばらくそれが続くも、マークス攻撃を全て無効化したリシアがあと数メートル前まで近づいた所で足を止め、それを合図に一旦魔術が止む。
「はぁ...はぁ、どうしてお前みたいなやつに...」
「相性が最悪でしたね。私も水属性なので、その魔術とは親和性が高いんです。それでは、歯を食いしばって下さい」
「歯を食いしばる?お前何を言って...」
リシアの不穏な言葉に嫌な予感がしたマークスは、もう一度魔術を使おうとするが、至近距離かつ魔力が底を突きそうなため、すぐに術式を起動出来なかったら。
助走の要領で走り出したリシアは飛びかかるような体制で跳躍し、拳で思い切りマークスの顔を殴りつけた。
「いちいち絡んできて面倒なんだよ!」
「うごっ!」
思わず口調が素に戻り、リシアは原始魔術による身体強化を施した彼女の拳はマークスの顔を凹ませ、その一撃をまともに喰らったマークスは思いっきり吹き飛び、仰向けに倒れて意識を飛ばした。
「あはは〜、リシアさんの普段がなんとなく垣間見えた気がするよ〜」
決闘の最後を締めたのは、審判のイースによる間の抜けた感想と、ふと自分の口調に気づいて顔を赤らめるリシアだった。
・原初魔術
神が生きていた時代、人間が神の操る奇跡を欲し生まれな最初『魔術』であり、現代に存在する全ての魔術のベースとなった。
衰退した原因として、起きる現象が単純であったことと、人間の歴史が進んでいく上で魔術が道具の様に扱われるようになった事が相まって使い手が減少し、衰退した。
リシアの原初魔術はあくまで『現代版の原初魔術』であり、真なる原初魔術とは異なる。
・マークスの魔術が消えた理由
攻撃魔術とは複数の術式を一体化し、簡略化した魔術であり、『水の矢』を例にすると『水を生み出す術式』+『矢の性質を与える術式』+『射出する術式』の複合である。
リシアが行ったのは、原初魔術の水を意味する魔術を使って『水の矢』の『水を生み出す術式』に干渉して、敢えて術式を強化する事で他の術式とのバランスを崩し、結果としてその魔術自体が形を失うようにした。
なお、そんな芸当が出来たのはリシアが水属性の適正があったからであり、他の属性で同じことは出来ない。
・固有魔術
一般的に知られている魔術とは異なる理論を元に構築された術式の魔術。
もっとも、固有魔術として成立するような術式の発見には途方もない金と時間がかかるため、現在知られている固有魔術の使い手は全員大貴族。
余りにも異質な術式であるため、それらの術式は一家相伝で伝えられ引き継がれていき、赤の他人は術式の起動以前に理解すら出来ない。