第一節 欠陥と天才と 2
あの後、リシアの宣言を男子生徒...マークスは受け入れた。
彼は先に申し込まれる形になって不意を突かれたものの、攻撃魔術を使えない平民に負けるはずがないと考えて、特に躊躇なく受け入れた。
その後は今にも決闘が始まりそうな空気ではあったが、オリエンテーションが始まる時間になっても廊下に溜まっている生徒達を見つけた教師によってその場で解散させられ、決闘は放課後の指定された場所と時間に行われることになった。
「では、これでオリエンテーションを終わります。本日、少しトラブルがあった様ですが、今後問題を起こす様なら指導が入るので覚えておく様に。それでは」
担任の教師であるアナベラは、釘を指すな言葉を残すと、教卓の書類の束をまとめ、それを抱えると教室から出て行った。
オリエンテーションで行われたのは、事前に渡されていた手紙の内容をもう一度確認する程度で、校則の確認、選択授業の内容、寮生活でのルールをアナベラが簡潔に説明しただけで終わった。
それに選択授業といっても、4年生とは違い1年生は魔術と剣術の授業に関するものしか無く、大体が共通授業なのでさほど変わりはない。
ちなみに、リシアは剣術は実技の多い授業にしたが、魔術は実技が少ない歴史を学ぶ授業...恐らく授業では一番不人気なものを選んでいた。
アナベラが去った後の教室では各々の雑談が始まった。
と言うのも、今日はこの後に授業も無く、このまま放課後となる。
本来の予定だと、リシアは図書室に行くつもりだったが予定外のマークスとの決闘が入ってしまい、それは叶わなかった。
まだ決闘の時間まで微妙に時間ぎあったため、少し早めに昼食でも取ろうと席を立つが、それを見たクラスメイト達に囲まれて行手を阻まれた。
「なぁアンタ、本気であいつと決闘するのか?攻撃魔術も使えない癖に、変な意地貼らない方が身のためじゃねぇか?」
「そうよ!それに、平民がマークス様にあんな態度とるとか、絶対に許せないんですけど!」
「大体、君みたいな人が学園にいるなんておかしいよね」
好奇心から話しかける者、マークスの事が気になっている者、不正入学を疑う者など理由は様々。
だが、誰もがリシアに興味があるのは共通だった。
「意地を張ってるわけじゃないです。平民と貴族の関係はフィルマでは対等な筈です。あと、私は正式に受験して入学しましたので、疑うなら学園に直接問い合わせて下さい」
友好的な接し方ならまだしも、一方的な物言いに丁寧に返答する必要が無いと判断し少し早口であしらう。
そして、まだ聞きたいことがありそうにしているクラスメイト達の間を素早く通り抜け、早歩きで教室から出て行った。
がしかし、廊下でもすれ違い様に同じ感じで捕まり、結局食堂に着くまでに10回くらい足止めをされた。
いい加減面倒だと内心思い始めたリシアだが、食堂に着くと早い時間だからか人が少なく、かつ外から見え難い場所を見つけそこに腰を下ろした。
「あら、また会ったわね」
「えっと、エリザさんでしたよね」
誰もいないと思って座った席の近くに、先程リシアを助けた形で介入してきた女子生徒、エリザが紅茶を飲みながら読書をして寛いでいた。
「さっきは驚いたわ。提案しておいて何だけど、まさかリシアさんから切り出すとは思わなかったわ」
「いえ、ああ言われて必要だと判断しただけです」
「そう。そうだわ、貴女に一つだけ忠告を。『攻撃魔術が使えない平民』に関する噂が流れ始めたのは今日の朝から、だけど、その噂の人物に関する情報...性別や名前に関することはそれに含まれていなかった。だから変なのよ、スヨメラ...マークスが噂の人物の正体を知っていたことが」
リシアもすっかり失念していたが、マークスが言うまで彼以外の生徒は噂話をしていたものの、リシアがその人物だと気づく人は誰もいなかった。
つまり、マークスは誰からかその情報を渡された事になる。
「スヨメラが情報を得られる伝手があると思えないから...私の予想だと、貴女のことを快く思わない教師が流したんじゃないかしら」
「そうですか。その...何故エリザさんは私にそんな話を?さっきもそうでしたが、まるで私の味方みたいです」
「味方...そうね。貴女がフィルマの生徒足る力を有しているのなら、あながち間違ってはいないわね。私、実力を持っている人評価されない人を見るのが凄く嫌いなの。この学園は実力主義を謳っている。だったら、実力を示した者を評価するのは必然でしょ?」
エリザは微笑みながらそう言い、その言葉にリシアは思わず硬直する。
今日に至るまで、リシアは父親以外の彼女の体質を知る人間は、上辺で同情するか見下すかの2択だった。
だからメリザの様な言葉...仮に好奇心から来る言葉だとしても、直接こんな言葉を掛けられたのは初めてだった。
「その、ありがとうございます」
「あら、お礼を言われる事は無いと思うけれど...まぁ、私としては貴女を応援しているわ。個人的にスヨメラは好かないから。それでは、私はこれで失礼するわね」
いつの間にか本を畳み、紅茶の入ったカップを空にしていたエリザはそう言い残すと、それらを持って席を立った。
そんなエリザを視線で見送りながら、リシアは言われた事について考えていた。
(私を快く思わない教師...思い当たる理由があるとすれば、あの人が関係しそうだけど)
リシアが真っ先に思いついたのは、4年前に出会った白髪の老人。
フィルマの試験を受けるきっかけになったその人が、まさか学園長だと彼女が知ったのは、入学試験を受けた時だった。
自分の入学に関して全面的に支持をしていたのは他でも無いその人であり、そんな出来事こそリシアは知らないが、何となくそうじゃないかとも思っている。
(狙いは私自身ではなく、あくまで学園長。私を『欠陥』にする事で、学園長の権威を失墜させようとしている...?)
平民であるリシアからすれば、貴族による権力争いやそれによって生じる蹴落とし合いがどんな風なのか想像はつかないが、これくらい予想する事は出来た。
しかし、誰がそれを目論んでいるのかまでは分からない。
(...結局、頭を使った所で平民の私がどうにか出来る問題じゃないか)
最終的にそう結論付けると、昼時の人で混み合う時間になる前に食事を済ませるべく、ご飯を取りに厨房の方へ向かった。
―――
「と、こんな感じで、リシアさんは入学初日から嫌がらせに近い扱いを受けているみたいです。まぁ、本人は全く気にしていないみたいですが」
「ふむ、そうそうに決闘とはな...。しかし、スヨメラの暴挙から救ったのはトリブリアのご令嬢だったか」
「はい。決闘を提案したのもエリザさんで、リシアさんは彼女の言葉で何か決意したみたいですよ」
リシアとエリザが食堂で会話をしているのと同時刻、執務室ではトビアスによって学園長に、今日の出来事が簡潔に報告された。
立場上、直接リシアの手助けをするのは難しい学園長だが、流石に目に余る事があった場合介入出来るよう、トビアスに監視するよう指示を出していた。
「彼女も相変わらず自分に無頓着だったようだが、今回の件で少し変わってくれるといいんじゃが」
「決闘まではあと1時間ですね。あ、さっき確認しましたが、マークス君から中央演習場の申請があったので、多分ギャラリーの生徒を集めて晒すつもりですね」
「全く、父親に似て嫌がらせを考える頭は一流か。決闘に関して教師は手出しができん。彼にはしっかりと目を光らせてもらわねばな」
「はい。さっき会いましたが、どうやら彼もリシアさんに興味があるようですよ」
学園長とトビアスの言う彼とは、4年生の生徒であり『生徒執行役員』達のリーダーである男子生徒のこと。
決闘は基本的に生徒同士で空き時間ならいつでも行えるため、よっぽどのルール違反でもない限り教師は介入せず、有事の際は生徒執行役員が介入する決まりだった。
「あ、あとついでに報告しますけど、リシアさんの話題ですっかり埋もれていたアインズ君ですけど、上級貴族の生徒達が積極的に囲おうと必死で、ちょっとしたイザコザが」
「リシアとは違った意味で、彼もまた苦労人だな。先生方にお願いして、酷い場合は助けてあげるよう言っておきなさい」
「分かりました。それじゃ、俺はまた裏方に戻りますので失礼します」
「うむ、よろしく頼む」
トビアスが報告を終え部屋から出ていくと、学園長は話に集中して止めていた手を動かし、普段より集中して書類仕事へを戻った。
それもそのはず、1時間以内に終わらせないと決闘の観戦に行けないからだ。
(次回ついに戦闘パートです!)