第二節 欠陥と野外演習 5
(今日中とは)
木々の焼ける焦げ臭い匂いが辺り一体に充満するそこで、一人の男子生徒が肩を押さえながら膝をついていた。
「天才と聞いてはいたが...まさかここまで規格外とはな...くっ」
「君は確かに強かった。けど、俺はもっと強い人を何人も知ってるから」
膝をついている男子生徒...ゼースを下したのは、入学以前から天才と呼ばれ、平民ながら王都に招かれた英雄の再来アインズ。
アインズはゼースに純粋な称賛を送るが、ゼースからしてみれば息一つ乱さずに自分を追い詰めている相手からの称賛など、皮肉としか思えなかった。
「昨日の決着をつけようとチーム全員で動いたのが裏目に出るとは、俺もつくづく運がないな」
「何か変な結界があるみたいだし、悪いけど終わりにさせてもらうよ」
「なら最後まで抗うまで!」
アインズの魔術を防ぐのと、崩壊寸前になっていた結界を維持する為に残りの魔力を使い果たしたゼースは、自らの身体能力だけで後ろに跳躍してある場所を目指した。
ゼースの素の身体能力に驚いて一瞬反応が遅れたアインズは、直ぐに駆け出して後を追う。
アインズの追撃を紙一重で避けながらゼースは目指していた場所...結界の境界線に辿り着いた。
既に戦う力など残っていないゼースは、この結界の中にいるであろう他チームを巻き込んで、戦闘が起こった隙にどさくさに紛れて逃げる苦肉の策を選んだ。
(そこだっ!)
木々でアインズの射線を切ると、もう一度跳躍して結界に飛び込んだ...直後に、ゼースは背後に気配を感じたが、あまりにも近すぎて反応が間に合わなかった。
「わざわざ誘導するなっ!」
「ぐっ、何だと!?」
突然現れた様に感じた女子生徒は、身体強化を施した足でゼースを蹴りつけると、一撃で結界を粉砕して撃破した。
そしてそのままの勢いでゼースは蹴り飛ばされ、土埃を被ることになる。
―――
「あれ、リシーだ」
「リシー?なるほど、お前が例の平民か...」
「ん、お前まさか、昨日フローラと戦った貴族か。相当な食わせ者だとは聞いてたが、そんな状態で私達を巻き込もうとする冷静な判断力は凄いな」
「ふん。俺を撃破した張本人に言われてもな」
アインズともう一人が結界の境界線に真っ直ぐ近づいて来た反応を感知したリシアは、先に境界線近くで待機して、侵入者を全力で蹴り付けた。
最初からボロボロだった侵入者をその攻撃で撃破すると、追手と化していたアインズも境界線を跨ぎ、いつもの調子でリシアの愛称を呼ぶ。
ゼースの昨日の立ち回りや、今日の冷静な判断はリシアも純粋に称賛を送るほどなのだが、当の本人は動きが読まれていた事が悔しいらしく、少し拗ねた口調でそう返した。
「でだ。アインズ、引き返して貰うことは出来るか?もちろんチームメンバーと一緒にな」
「流石にリシーの頼みでもなぁ。それに試験でもあるから、チームメンバーに迷惑かけるのはちょっと」
「だろうな。だから私がお前の相手をする事になった訳だ」
「なるほどね。けど大丈夫?俺って強いよ」
その言葉と同時に、アインズが抑えていた魔力を解放すると、大気中のマナを通してピリピリとした感覚がリシアに伝わる。
リシアは、アインズの言葉に慢心も無ければ調子に乗っている訳でも、自分を煽る意図すらなく言葉通りの意味を口にしている事を知っている。
それも当然で、規格外の魔力を有し全ての属性に対する適切を持つ生まれつきの才能。
上級貴族に施される様な高水準の教育を容易く吸収してしまう、アインズのポテンシャルやセンスが高さ。
それらが合わさっている彼の言葉に偽りなど無く、その言葉に全てが詰まっていた。
「知ってるよ。けど...魔術に限った場合はな。『ライド』!」
「速っ!『鋼の剣』!」
リシアは剣を抜くと原始魔術で〝加速〟して斬りかかるが、速いと言いながら土属性の魔術で剣を作り出したアインズはそれで攻撃を防ぐ。
「はっ!」
「そらっ、よっ」
諸事情により剣を扱えるリシアは素早い攻撃を打ち込むが、アインズもそれに対応して攻撃を防ぎカウンターする機会を伺っている。
「剣なら勝てると思った?残念だけど、将軍さんから習ってるんだよねっ!」
「ちっ、簡単にはいかないか」
何度か攻撃するものの、純粋に力負けしているリシアがカウンターされるのは時間の問題であり、それを察したリシアは一旦距離を置く。
アインズと単純な魔術の撃ち合いをする気は更々なく、剣主体の戦いで結界を削って勝つ気だったリシアだが、予想よりアインズが剣術を扱えた事でその作戦も崩されてしまう。
「次はこっちから行くよ!『火炎の...」
「『ライド』」
「ちょ、いや速いんだけど!」
詠唱しようとしたアインズに対して、リシアは原始魔術で瞬間的に加速して剣で斬り付け、防御させる事で無理やり黙らせた。
原始魔術が攻撃魔術より優れる点の一つに、術式の構築の異常なまでの速さが挙げられる。
元にリシアは後出しであるにも関わらず、先に魔術を行使していた。
「原始魔術って初めて見たけど、普通に強くない?」
「お前に言われても嬉しくない。『マンナズ』『パース』『エイワズ』!」
「えっ、嘘!」
アインズは目の前に起きた現象...剣の刃を合わせている自分とリシアを中心に、全方位を包み込むかの様に大量に展開される小規模な魔術式。
リシアは体質故に複数の術式を同時に扱う事は出来ないが、原始魔術を行使して『魔術に術式を展開させる』と言った攻撃魔術では絶対になし得ない事を確立していた。
一つの術式を魔術で複製して展開する、そうする事で体質を克服していた。
アインズが驚いた直後、既に距離を取ったリシアは術式を起動して全方位からの魔弾による射撃をアインズに浴びせた。
が、手応えを全く感じなかった事に舌打ちすると、土煙の中でピンピンしているアインズに再び剣を向ける。
「あっぶな。久しぶりに恐怖を感じたよ」
「魔力を出たら目に放出してマナに干渉して、擬似的な結界を構築...化け物としか言いようが無いな」
「化け物って酷くない?」
「言ってろ」
自分が繰り出せる最大の攻撃を防がれたリシアは、忌々しいくらい明るい表情のアインズをひと睨みすると、この役目を引き受けたことを後悔するが、引き返すには既に手遅れだった。
「『ライド』!」
「流石に見切ったよ!」
「だろうな、『ナウシズ』」
「足がっ!」
リシアは足元に術式を展開させ、それをアインズに踏ませて起動する。
ほんの一瞬ではあるが、アインズの足の動きが止まる。
その隙を突いてリシアの剣がアインズ迫る...が、直ぐに身体強化を施して距離を取られてしまい、結界にかすり傷を与えただけだった。
「ふぅ、セーフセーフ」
「気持ち悪いくらい速いな」
避けられる事自体は想定内で驚きはしなかったが、予想よりアインズの動きが速く、思わずそんな感想が漏れる。
「出し惜しみは無理か...」
そんな諦めた様な呟きをすると、リシアは意を決した様に剣を構えた。
―――
リシアがアインズと戦い始めた頃、丁度反対側の境界線ではフローラ達がアインズのチームメンバーと接敵していた。
「あんた!鬱陶しいのよ!」
「当たりませんわ、『氷の花弁』」
「『火の壁』」
「『氷の矢』!」
「クソ、『岩の盾』!」
フローラとフロズが戦っているのは、2人の女子生徒。
一人は荒い口調で暴力的なスタイルで戦い、もう一人は淡々と正確な魔術を行使して落ち着いた雰囲気と対象的であるが、掛け声すらせずに連携をして来るせいで中々攻めきれずにいた。
「マールードにトリブリア...流石は上位貴族ですわね」
「は?あんたみたいな底辺貴族と私は違うのよ。てか、アーくんの場所に行きたいからさっさと消えてくれない?邪魔」
「セイラ、勝手に突っ込むのはやめて下さい。仮に撃破される様な事があれば、アインズに迷惑がかかりますよ」
「言われなくても分かってるわよ!」
「何故こんな調子で連携出来るんでしょう...」
土属性の魔術を扱う女子生徒...セイラは戦いが始まった頃からずっとこの調子で、怒鳴られても顔色一つ変えない火属性の魔術を扱う女子生徒...入学初日にリシアに助け舟を出した貴族であるエリザの様子に、フロズは思わず本音を漏らす。
この2人はアインズやリシアの話題で埋れはしたが、貴族であるフローラとフロズは嫌でも実力が確かな物だと知っていた。
「フロズ、やりますわよ」
「...分かりました。〝遥か古の氷の王。彼の王が纏いし聖衣を此処に!〟『氷水晶の女王』!」
フロズが唱えたのは、彼らの家に伝わる特殊な魔術。
決して固有魔術では無いが、長く歴史に埋れ彼らの先祖がこの術式を再発見した故に、この魔術を扱えるのは彼らの一族のみ。
強力な魔術であるが為に完全詠唱が必要ではあるが効果は絶大だった。
「氷のドレス?」
「噂で聞いた事があります。なるほど、彼らがあの...」
「洒落たドレスだけど、だから何?私の敵じゃないわ」
「決して油断はしないで下さい。少し嫌な予感がします」
フローラが纏うのは氷で構築された美しいドレス。
古の時代、北の大地を支配していた女王の宝物の一つの聖衣を魔術で再現した物。
この聖衣は様々な逸話を持っているが、中でも一際目立つ物があった。
「『岩の...魔術が起動しない?」
「当然ですわ。この辺りは既に私の凍土であり、貴女は土の元素に干渉する事は叶わない」
「持続的なマナへの干渉...厄介ですわね」
「褒め言葉をありがとうございます。それでは踊りましょうか!」
フローラは氷の剣を構えると、舞う様に地面を滑りながら剣を振るう。
(殴り書きが過ぎるので、幕間で設定を解説します)