第二節 欠陥と野外演習 4
(今日は2回投稿するつもりです。多分)
「いや〜、マジで美味かったな」
「そうですね。まさか、外で新鮮な食材を使った食事を続けて食べられるとは」
「本当に凄いですよね!それに、リシアさん自体の料理スキルが高かったです!」
「えぇ、全くですわ。数週間関わってみて、魔術にしか興味の無い変人だと決め付けていましたが、まさかこんな家庭的な一面が合ったとは」
「別に大した物は作ってないだろ」
朝食を済ませ、昨日の夕食を含めた感想を各々が述べながら後片付けをしていた。
昨日と今朝の食事は、リシアが持ち込んだ食材を自分で調理し提供していた。
野外演習の事前の役割分担で、食料の準備と調理担当を自ら引き受けたリシアだが、実は彼女は自分の自覚では無いのだが、かなり料理に対するこだわりがあった。
学園に入学する何年も前からずっと魔術の研究に打ち込んでおり、基本的に一日の大半を自室に篭っている娘を心配した母親が、半端強制的に料理を仕込み始めたのが始まりだった。
週2日、趣味になればと料理のレシピから調理法までを叩き込まれ、更には料理の腕が普通だった母親がそれを始めた事でメキメキと料理上手になった結果、舌が肥え、都市の人気レストランで提供される様な料理を作れる様になっていた。
とは言え基本的に物事に無頓着なので、わざわざ高級料理を選り好みして食べようとしたり、他人の料理に難癖を付ける事は無い。
が、自分で調理する場合のみ例外であり、この野外演習には数種類の香辛料、更には自作の冷蔵機能を付けた袋に入れ、新鮮な野菜と肉を持ち込んでいた。
「それは無理がありますわよ...。新鮮な食材を保存する魔道具まで作っておいて、『大したことない』なんて変な話ですわ」
「強制的に野宿させられて、わざわざ不味い飯を食べる気は無い。だから私が出来る限りで準備したまでだ」
「否定して置きながら、料理へのこだわりが滲み出ていませんかね...」
フロズの言葉にリシア以外の3人は無言の同意をすると、これ以上言ってもリシアが認める事は無いと諦め、さっさと片付けを終わらせる為に散らばった。
テントを収納し、食事と火の始末を済ませ一息付くと、全員が準備を整えて昨日結界の中心にした場所に集まった。
「片付けは終わりましたわね。昨日と同じく、最初はリシアさんの結界とスレイさんの煙幕を使って身を潜めます。ですが、結界の近くに評価点の高いチームが現れた場合、積極的に戦闘をしますわ」
「俺が囮になって敵チームを結界まで誘導、中に引きずり込んだらこっちに有利な場所で戦う、だよな?」
「えぇ。ただ、スレイさんは隠れていて頂きます。リシアさんについては...」
「自由に動く」
「そう、分かりましたわ。ですから主戦力は、わたくし、フロズ、ダンの3人ですわね」
「すみません。私が戦闘に有利な魔術を扱うのが下手で...」
「いえ、スレイさんには煙幕を維持してもらう重要なら役割がありますから。それに、僕と姉の魔術...それなりに強いので」
「ははっ!違いねぇ」
昨日と大きく違うのは、当然だが積極的に戦闘を仕掛ける所だった。
リシア達は知る由もないが、既に半数以上のチームが全滅、或いは半壊と言う状態になっていて、当初の狙いである評価点の高い生徒と接敵する事は容易になっている。
だが、今日接敵する敵チームは高確率で事前の総合評価がリシア達より高く、言わば格上であり、本来なら避けるべき相手だった。
しかし、敢えて撃破を狙う奇策を現実の物へとなし得る起因がリシアの結界、そしてフローラとフロズの魔術と言う事だった。
「それでは各自、持ち場について開始時刻を待ちましょう。はっきり言って全てが順調に進むとは思えませんが、幸運を祈るしかないですわ」
「全くです」
「ま、俺たちなら大丈夫だろ」
「楽観的過ぎませんか...?」
「魔術師が神頼みとは、随分な皮肉だな」
各々の心境はバラバラだが、こうして野外演習の2日目が始まった。
―――
開始から数時間、リシア達の作戦はかなり成功していたと言える。
今に至るまで2回ほど戦闘が発生したが、どちらもリシア達の策略にまんまと嵌って難なく全滅させており、昨日のゼースとの戦闘よりも容易く勝利を収めていた。
撃破ポイントだけでも既に11点、思っていた以上に作戦は円滑に進んでいた。
「何というか...昨日の戦いを考えると、こう...歯応えが無いというか...」
「当然ですわ。さっきのチームは大半が名家の坊ちゃん、わたくし達ほど戦闘慣れをしていないのでしょう」
「と言う事は、やはり昨日のゼースとか言う生徒は」
「見たところ貴族みたいですから、きっとわたくし達と同じ様な境遇なのかも知れませんわね」
汗一つかかず、戦闘を終えた3人は感想と改めて昨日戦った生徒の異常な強さについて話していた。
敵チームを難なく全滅させているが、全員リシア達より事前評価が高い生徒で構成されている。
殆どが名のある貴族家の跡取りと配下の側近、使う魔術も強力であり単純な強さはあるのだが、仮にどんな強力な魔術を扱えても当てられなければ意味がなく、幼い頃から模擬戦や実地訓練を積んでいる彼らからすれば、脅威になる事は無かった。
「なぁ、いつになったら『変わった魔術』見られるんだ?」
「あら、わたくしに不満をぶつけられても困るのですけれど。もっと歯応えのある方に来て頂かなければ」
「凄い自信ですけど、たしかに戦闘風景を見ちゃうと納得しちゃう自分が居ますよね」
木に寄りかかりながら詰まらなそうに戦闘を眺めていたリシアは不満を、全力で身を隠して邪魔にならないよう様子を伺っていたスレイは素直な感想をフローラにぶつけた。
リシアは一応手助けする準備はしていたが介入する必要も無く、本来の目的の魔術を見ることも出来ず隙を持て余していた。
敵チームがまだ面白い魔術を使うのなら不満が漏れる事は無かっただろうが、彼らが使うのはただ威力を上げた攻撃魔術ばかりでリシアの欲求を満たす魔樹である筈がなく、余計に不満を溜める要因でしかなかった。
「全く、こいつらが本気を出さざるを得ない状況なんて...。おいおい冗談キツいぞ...」
「ん?リシアさんどうしたの?」
「...噂をすれば影、なんて言うがまさか本当に体験するとはなと思っただけだ」
スレイの言葉にリシアが返したその瞬間、辺りに爆音が響く。
爆音の正体は、火属性の爆発する魔術を誰かが使ったからだと魔術師ならすぐに理解出来たが、その場にいる誰もが肌に突き刺さる様な魔力の感覚に動けずにいた。
魔力は『オド』と『マナ』に分けられ、オドが人間が有する魔力炉と呼ばれる特殊な臓器から発せらる人由来の魔力。
そしてマナは、大気に満ちる自然の魔力であり、それを更に4種類の属性に当てはめた物を元素と呼ぶ。
魔術とはオドを使いマナに働きかけ奇跡を起こす技術であり、当然大きな奇跡を起こすには膨大なマナが、膨大なマナに働きかけるには膨大なオドが必要だ。
つまり、この爆音を鳴らした当人は膨大なオドを有し、遠くに居ても肌にマナの感覚が伝わるほどの力を有する人間と言う事だった。
「はぁ、この作戦をやっている内に出会すだろうと諦めてたが、まさかこんな早いとはな」
「リシアさん。もしかしてですけれど、この魔力...」
「間違いなくあいつだろうな。魔術を行使してる所は見た事ないが、馬鹿みたいな魔力を有しているのは例の天才、だけだ」
「噂に聞いていましたが、まさかここまでとは...」
「まだ空気がピリつく感じがするぜ」
「天才アインズ、とんでもない人だったんですね...」
「驚いているとこ悪いが、多分しばらくしたらあいつここに来るぞ?今の魔力でマナが乱れて、私の結界もスレイの煙幕も効果が薄くなった。今は戦闘中らしく気付かないだろうが、それが終わればバレる」
爆音の主は確実にアインズと言い切れた。
生まれながらの天才である彼ならば、この程度の爆発など膨大な魔力を使って簡単に起こすことが出来るだろうし、まだまだ余裕があるだろう。
アインズのたった一撃の魔術、それだけでリシアの結界は揺らぎ、スレイの煙幕は意味を無くし、作戦の根幹が殆ど崩壊していた。
そうなった今、逃げるか戦うかの選択がフローラに迫られていた。
「...結局、アインズさんが近くに来てしまった時点でわたくし達の作戦はほぼ半壊しましたわ。ですから、迎え撃ちますわよ。天才、上等ですわ」
「ふふ、そうか。なら私も役に立つか」
「ん、何かするのか?」
「多分だが、アインズのチームは他のメンバーも強者揃いで、さっきの奴らみたいにお前らが容易く勝てる相手じゃないだろう。だから、私がアインズの相手をする」
「なっ、正気ですか!?」
恐らく逃げた所で結界を再展開する場所の当ても余裕も無く、更にはまだ残っている実力者揃いのチームと接敵する可能性がある以上、多少でも地の利がある場所で迎え撃つくとフローラは意を決した。
すると、今まで全く戦闘に関わらなかったリシアが突然そんな事を言うものだから、驚いたフロズが思わず声を上げる。
「正気も何も、これしか無いと思うんだが違うか?」
「それは...そうですけど...」
「俺はいいと思うぜ。はっきり言って、あの化け物に勝てる気しないんだよなぁ」
「...そうですわね。リシアさん、勝てる見込みはありますの?」
「魔術師としては無理だ。あいつ、何しても馬鹿みたいな魔力で誤魔化されるからな。けど今は野外演習、だったらやりようはある」
「分かりましたわ。では、アインズさんはリシアさんにお任せします。そして、わたくし達は他のメンバーを叩きますわよ」
リシアが今になって積極的に戦闘に参加した理由は主に2つ。
一つ目は、単純にアインズの魔術に多少の興味が湧いたから。
さっきの爆音は火属性の魔術と誰もが思ったが、感知能力を持つリシアだけは、土属性の要素も加えられた複合属性の魔術だと気付いていた。
複合属性と言う存在こそ知っていたが、目にした事はないリシアは好奇心から実際に相対する事で見れると思ったから。
2つ目は、リシアの『魔術』に対するプライド。
リシアに魔術師としてのプライド...要は他者から評価や強さに対する拘りは一切無いが、自分で研究し、積み上げてきた魔術にはプライドがあった。
それを意図せずにしても、近くで魔術を使っただけで揺らがせたアインズを、リシアは痛い目に合わせたいと言う私怨が混ざった物が理由だった。
「あ、ダン。悪いんだが、その剣貸してくれないか?お前の魔術なら剣無しでも大丈夫だろ」
「えぇ〜、別にいいけどよ〜、えぇ〜」
「欠陥が天才に挑むんだ、手助けしろ」
「仕方ねぇなぁ。折るなよ」
「分かってる」
リシアは借り受けた剣を腰に身につけた。
こんなやり取りをしていると、再び爆音が聞こえて結界が揺らぐ。
さっきまで爆音以外はしないものの、リシアは魔術が飛び交う感覚を感知していたのだが、この音を最後にそれも収まった。
「終わったみたいだな」
「リシアさん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だと言えば嘘になるが、まぁ何とかなるだろ」
「全然安心出来ないよ...」
「ふぅ。ちょっと緊張してきちゃいました...」
「同感だ。俺もちょっとやばい」
「だらしのない男共です事。わたくし達が上を目指すならば、いつかは戦う相手でしたわ。それが今か後かの差でしかありませんわ」
「す、凄い自信です」
「緊張している自分がアホらしくなる様な発言をしないで下さいよ...」
「ははっ!いつも通りだな!」
フローラの言葉で重々しい空気は晴れ、いつも通りの雰囲気に戻る。
近くまで迫った強敵に備えるべく、リシア達は各自で準備を始めた。
(野外演習の話は大分長くなりそうです。ネタが色々湧きすぎて...)