第二節 欠陥と野外演習 2
(久しぶりの戦闘シーン有ります)
野外演習までの2週間、リシアは充実した日々を過ごしていた。
と言うのも、リシアにしつこく話しかけて来ていた生徒達もチーム決めや作戦会議、決闘をして戦闘の練習などで忙しく、リシアに接触する余裕が無かったのだ。
なのでリシアは、わざわざ後ろからついて来る生徒を撒いて図書館に通う必要が無く、気兼ねなく自由に動けるようになっていた。
ただ一つ不満があったとすれば、移動教室で校舎を歩いていて偶然アインズとすれ違った時、リシアに対して好意的に接する姿を見た女子生徒から向けられる嫉妬の眼差しがわずわらしかったくらいだろう。
こうして、野外演習当日を迎えた。
「本当に大丈夫でしょうか...私達、結局一回もお互いの魔術を見せ合いませんでしたよね」
「仕方ない事ですわ。わたくし達の強みは『意外性』ですから、練習段階で見られてしまえば意味がないのです」
「なーに、俺が全員ぶっ倒すからよ安心しろ!」
「ダン、調子に乗って暴走しないで下さいよ」
「はいはいっと」
「そろそろ始まるみたいだな」
学園の敷地内にある広大な山、そこの集合場所である麓には、野外演習に参加する生徒達な発する緊張感が流れていた。
5人はと言うと、スレイは緊張して少し顔色が悪いが、他の4人は特にそう言った様子もなくいつもと同じ感じだった。
開始時間の5分前になると、魔術によって拡大された教師のの声が聞こえて来た。
『これより、各チーム毎にスタート地点に移動してもらう。言っておくが、他チームのスタート地点を探ろうとしても、既に4年生達が君達を監視している。スタート地点を探ったり、時間外の戦闘など違反行為をした時点で失格となることを、しっかりと頭に入れておくように。移動開始!」
教師がそう告げると、チーム毎にまとまっていて生徒達は移動を始めた。
野外演習では教師も審判役として参加しているが、4年生の生徒も監視役として山の中に散らばって潜伏している。
基本的に彼らが介入する事は無いが、危険行為やルール違反があった場合は介入する。
4年生と1年生の癒着が懸念されるが、実はこの試験は実務試験も兼ねているため、下手をすれば卒業間近で退学処分になり得るリスクを冒す生徒はいないと言って差し支えない。
「わたくし達も行きましょう」
「あぁ、早い方がいい」
チームリーダーであるフローラ言葉に従い、リシア達は自分達のスタート地点である山の中腹部に向かう。
向かう途中、すれ違う生徒達はあわよくば他チームのスタート地点を探ろうと耳を済ませていて、それに気づかず大声で口を開こうとしたダンをフロズが殴りつけるやり取りこそあったものの、無事悟られずにスタート地点に辿り着く事が出来た。
「少し危なっかしい場面はありましたけど、無事たどり着きましたわね。わたくし、フロズ、ダンで周りの警戒をしておきますから、リシアさんは結界の展開を。スレイさんは薬の錬成を頼みますわ」
「分かった」
「りょ、了解です!」
事前に打ち合わせをしていた通り、リシア達はスタート地点を固める作戦に移った。
自分より評価点の高い生徒を狙う場合、一番確実なのは評価点が低い生徒との無駄な戦闘を避けるのが安全策だ。
そこで立てた作戦が、スタート地点を魔術で固めて動かず無駄な戦闘を避け、かつ評価点の低い生徒が撃破されるのを待つと言った物だった。
ただでさえ視界の悪い森の中、リシアの原始魔術による認識阻害の結界と、スレイの『魔力探知がし難くなる煙幕』を合わせる事でよっぽどの事がない限り見つからない空間が生まれた。
「...取り敢えず私の作業は終わった。そっちは?」
「早くないですか!?まだ半分くらいしか終わってないです。すみません...」
「いや、逆に半分終わっている方が驚きなんだが」
リシアとスレイはお互いの魔術を間近で見るのが初めてだった。
そもそも、リシアの原始魔術は起動までの時間が限りなく速く事が特徴であり、作業が直ぐに終わるのは当たり前ではあった。
が、スレイの作業スピードの速さは、リシアが知る錬成の速度より数倍速く、よく見ると作業効率も明らかに異常だった。
「術式の効率が異常じゃないか?起動の速さもそうだが、次の作業に移るまでのインターバルが明らかにおかしい」
「そうですか?まぁ、小さい頃からずっと薬を錬成して来ましたから、多分術式の展開に慣れてるんだと思います」
「...そう言う事にしよう」
思わぬ才能を秘めているスレイだが自覚がないらしく、今指摘したところで仕方がないと判断したリシアは黙っておく事にした。
才能故にスレイの作業は異常なスピード進んでいるものの、まだ終わらない様なので手持ち無沙汰になったリシアはとある事を始めた。
そこら辺に落ちている手頃なサイズの小石を人数分集め、表面を指でなぞって魔力を込め、ボソッと単語を呟く。
それを全部に施すと、小石の表面には記号の様な物が刻まれており、魔力探知が得意な者が調べれば微量の魔力が込められている事が分かる。
丁度それを終えると、結界の境界線を超えてフローラが現れた。
「作業は順調みたいですわね。あら、小石がどうかしましたの?」
「軽く呪いをな。全員分あるから、3つ持っといてくれ」
「お守りが何かかしら?そうね、ありがたく頂いておくわ。それにしても...貴女の魔術、属性を介していないわよね?」
「原始魔術が生まれたのは、属性の概念が確立される前だからな。便宜上介さないと使えない物もあるが、この結界に使ってる術式は介さないで使える」
属性と言う概念は今でこそ魔術にとって重要な物であるが、それが生まれたのは原始魔術が生まれてから随分と後のことだった。
つまり、本来の原始魔術は現代の魔術と違い属性に縛られず行使出来るのだが、リシアの原始魔術は一部...具体的には水や火など属性の概念が当てはまってしまうものは、自ずと影響を受けてしまう。
「ペラペラとわたくしに話してよろしかったのかしら。今は確かに協力関係ですけど、この後はそうとは言えませんわよ?」
「言った所で問題無いからな、それに、貴族の魔術を身近で見られるなら、それくらいのサービスはしないとな」
「ふふ、随分と気前がいいのね」
「リシアさーん!フローラさーん!終わりましたよー!」
「予定よりかなり早いですわね...。2人を一旦結界の中に引かせますわ」
「分かった。私は下準備でもしておく」
フローラはそう言い残すと、再び結界の外に消えた。
準備は予定よりかなり速く進んでいて、この後は暫く結界内に篭って隠れるだけなのだが、リシアは少し嫌な予感がしていた。
―――
「不味いよな!」
「えぇ全く!」
フローラが結界内に様子を見に戻った後、ダンとフロズは間違っても結界のある方角に向かわないように気を付けながら、全力で周りを走り回っていた。
「ふん、どうした。逃げるだけか?『火の矢』!」
「危ねっ!」
「ちょこまかと鬱陶しいのよ!『風の弾丸』」
「『氷の盾』!ぐっ、流石の威力ですね」
いつの間にか追手に回り込まれており前方から風属性の魔術が飛来するが、それを間一髪でフロズが防御する。
リシア達が結界の準備をしている間、他の3人は結界を張ろうとしているエリアに人が近づかないよう警戒をしていた。
最初は特に何も無く順調だったのだが、フローラが様子を見に一旦離れた時、結界の近くを2人だけで歩き回る他チームを発見した。
同チームメンバーが何人生き残っているのかなどの情報は最後まで分からないが、5人まとまって行動するのが定石であり、このチームは2人以外撃破されたと考えるのが自然だった。
ダンもフロズも気づかれておらず、奇襲で撃破出来ると判断して勝手にダンが駆け出し、見事返り討ちにされて今に至る。
攻撃こそ防御したものの、足を止められた2人は完全に挟まれてしまった。
「ふん。反撃もせず逃げ回ってばかりだったが、貴様らに逃げ道などないぞ」
「大人しく魔導具を差し出してくれてもいいのよ?」
「おいおいこいつら、言わせておけば!」
「待って。貴方達、2人で動いてたと言う事は他のチームメイトは撃破されたと言うことではありませんか?僕らはまだチームメンバーは誰も脱落していません。ここは一つ、協力関係を結びませんか」
「ははは!逃げ回ったかと思えば、今度は妄言か!残念だが俺たちは敢えて別行動をしていただけだ!よって、貴様らと協力関係を結ぶ必要も無い!」
「あら、貴方達のチームメンバーは撃破されていないのね。近くに潜んでいるのかしら?」
ルール上他のチームとの共闘は禁止いない...が、撃破ポイント以外に生存ポイントがあるのでわざわざそれをする生徒は少なく、例によって相手もそれを即拒否した。
この逃げ回ったいた間だけでも、フロズもダンも敵の技量はかなりの物だと肌で感じていた。
それもそのはずで、防御するか避けていたにも関わらず魔導具の結界にダメージが蓄積されており、一度でも直撃を喰らえばで崩壊しそうなほど傷ついていた。
仮にここでフロズとダンが脱落してしまえば、折角の作戦も継続が難しくなり、それこそ結界に篭って生存点を稼ぐのがやっとだろう。
つまり、彼らはここで脱落する訳にはいかなかった。
「ごちゃごちゃと話すだけで仕掛けないのなら、こちらから行こう。『火炎の翼』!」
火属性の魔術を扱う男子生徒は、先程まで扱っていた物より数段難易度の高い、鳥の羽を象った攻撃魔術を行使する。
「よし、行くぜ!」
「何っ!?」
「あいつ、血迷ったのかしら?」
そんな中、ダンは剣を抜くと飛来する炎の羽に突っ込むように駆け出した。
余りに予想外な行動に相手も思わず声が漏れるが、チームメイトであり、長年の友人であるフロズは違った。
「よそ見しないで下さいよ。『氷の剣』!」
「不意をついたつもり?遅いわよ」
女子生徒の視線が一瞬ダンに向いた瞬間、その間を逃すまいとフロズは一気に距離を詰め攻撃するが、相手が常時身体強化の魔術を行使しており、簡単に避けられてしまった。
「『鋼の装甲』、『巨人の剛腕』おらっ!」
「ふん、強引に突破するか。『火炎の加護』」
「せいっ!」
「ふんっ!」
フロズが不意打ちに失敗した時、ダンは土属性の身体強化の魔術を行使していた。
『鋼の装甲』は術者に鋼の肉体を、『巨人の剛腕』は巨人の如し剛力を与える強力な魔術だった。
「くっ、流石は会得が難しいとされる魔術か。俺がパワーで押されるとはな」
「これが俺の取り柄だからな!ほらよっ!」
ダンの剣を身体強化した拳で受け止めた男子生徒だったが、パワー負けしてそのまま後ろに押し飛ばされた。
ダンが使用した魔術だが、実はどちらも高難易度の魔術として知られており、フィルマの生徒でも1年生で使用できるのはダンのみ。
3年生になって2人いるかくらいであり、ダンが身体強化の魔術のみが得意であることを除けば、彼もまた一種の天才だった。
吹き飛ばされた男子生徒だったが、結界にほんの少しダメージが入っただけの様で、服についた砂埃を払いながら立ち上がった。
「貴様、名前は?」
「ダン。平民だ」
「俺はゼースだ。なるほど、とんだ才能が潜んでいた訳か」
「才能だかしらんが、悪いがここで負ける訳にはいかないんだ」
「それは俺も同じだ。だがダン、貴様の仲間はアイリーンに負けそうだな」
ゼースの一言と同時に、背後...つまりフロズとアイリーンと呼ばれた女子生徒がいた場所から轟音が聞こえ、思わずダンは振り返った。
音が収まり土煙が晴れた時ダンの視界に入ったのは、辛うじて魔導具の結界を維持しているが、膝を地面につけて苦しそうな表情を浮かべているフロズの姿だった。
フィルマの制服
・魔術によって生み出された特殊な布を採用し、防火防水、伸縮性、耐久性など全てに優れている。
・具体的には、魔術が直撃しても燃えたりせず、剣で斬られても破れない。ただし、物理的衝撃を吸収している訳では無いので注意。
・基本的に、フィルマの生徒は学園内にいる間はずっと着用する。実技の時も着ており、なんなら普通の洋服より動きやすい。
・貴族の生徒は胸元に小さめに家紋の刺繍を入れるのが習わしとして存在する。