第二節 欠陥と野外演習 1
(少しレイアウトやタイトルを変更しました)
「えっと...つまり、私をチームに誘いたいと?」
「おう!」
リシアは突然の誘いに戸惑っていた。
入学から1週間、様々な内容の噂に毎度振り回される生活を送っていたリシアだが、それにも(不本意ながら)慣れ始めていた頃だったが、その矢先に一つの問題に頭を悩ませていた。
リティシアの恒例行事である大規模野外演習。
学園の敷地内にある山で丸2日間常にチーム形式の模擬戦が行われ、撃破数を基にしたポイントが直接成績に反映される1年生にとっては試験に近い内容だった。
この野外演習の最大の特徴は、生徒同士で自由に組んだ5人1組のチームで参加しなければならないのだが、リシアはそのルールの時点でかなり不利な状況に立たされていた。
良くも悪くも、時の人である自分と組んでくれる人などスレイくらいしかいないと考えており、チームの申請日に余っている人と組めば良いか程度に考えていた。
なので、まさか自分を誘ってきた3人組に驚いていたのだ。
「何で私を...それより、貴方達は?」
「あ、すまんすまん。俺はダン。見ての通り平民だ。で、俺の親が貴族の護衛騎士をやってんだが、これがその貴族の子供の双子だ」
「雑な自己紹介をありがとう、ダン。わたくしはフローラ。家名は名乗りませんが、水属性の魔術が得意な家系ですわ。因みに、わたくしが姉なので」
「僕の方が先に生まれたらしいんだけどなぁ...あぁ、僕はフロズと申します、以後お見知り置きを」
「はぁ」
余りにもクセが強い3人に、柄にもなくリシアは気圧された。
クラスメイトである彼らとリシアはそれとなく会話した事はあったが、意図せず孤立状態になり、面倒ごとを避け続けた結果、向かい合い様な形でこうやって会話をする機会は無かった。
「ご存知でしょうが平民のリシアです。それで、理由を聞いても」
「わたくしから説明しましょう。簡単に言うならば、チームを組むに当たって貴女とわたくし達はとある理由から利害関係が一致する...と考えました」
「利害関係、ですか。具体的に聞いても?」
「えぇ、もちろん。まずはわたくし達の方ですけど、話題性かしらね。わたくしとフロズの実家は歴史の浅い貴族家、要は弱小貴族ですわね。そんなわたくし達が、将来大成するには学園での評価が重要なのですけど、今年は色々と例外があって評価されるのが難しいと判断しましたの。ですから、いっそ話題に突っ込んでしまえばいいと思い、リシアさんにお声を掛けた次第ですわ」
リシアに貴族の世界は理解出来ないが、彼らにとって周りからの評価は人生を左右するものである。
フローラは言葉を誤魔化したが、この双子の一族は騎士から成り上がって地位を手に入れた口であり、そう言った成り上がり貴族は歴史深く爵位の高い貴族にコケにされる事が多く、この2人にも例によってその様な経験があった。
つまり、話題性のあるリシアと同じチームになる事で注目を集め、良い結果を残し学園で評価される事で将来を確実な物にしたいと言う狙いが双子にはあった。
「ま、俺はそんな大層な感じじゃないけどな。俺の場合、護衛騎士として手伝ってる節はあるが、せっかくならスゲー事して周りにチヤホヤされたい」
「全く...基本的にダンの発言は無視してもらって構いません。これは剣術の腕は立ちますが、基本的に馬鹿ですから」
「...とりあえずそちらの利点は分かりました。確かに納得は出来ましたが、私側の利点がそもそも存在しないと思うんですけど」
「いえ、しますわよ。貴女、周りからの質問にそれなりにはちゃんと答えていたわよね?」
「はい、隠す必要が無いので」
「そこよ。貴女は自分の魔術を秘匿する気は無い。けれど、搾取しようとする生徒には酷く冷たく当たっていなかったかしら?」
その言葉に対して、リシアは直ぐに返答せずに口をつぐむ。
最初は好奇心で近づいてきた生徒達だったが、リシアの話を理解出来ない、或いは自分ではそれを使えないと理解すると、今度はリシアを自分の為に利用しよう言った魂胆が丸見えの状態で近づこうとしてきた。
子供の頃、父親に対する街の人が取った行動と同じ様なものを感じたリシアは、それらに嫌悪感を感じていて、明確に拒否する様になっていた。
「別に、理由は答えなくて結構よ。わたくしだって、下心を隠そうともせずに近づいてきたら冷たくあしらうでしょうし」
「それで、それが利点にどう繋がると?」
「単純な話よ。わたくし達は、貴女の魔術に好奇心以上の興味を持つ事が無いと断言出来るのよ」
「その根拠は?」
「わたくし達の一族の魔術は少し特殊で、固有魔術に近く厄介な性質を持っているのよ。簡潔に説明なら、一族が改良した魔術式を使った魔術しか行使できない、と言った具合かしら」
固有魔術の領域に至れない魔術は多く、その手の魔術は普遍的な魔術と比べあまりに変質しているため、その魔術以外を行使出来なくなる事があった。
フローラとフロズの一族もそれに該当はするが、歴史が浅く、それすらも中途半端であるからこそ、彼らに他人の魔術を盗もうとする余裕も無ければ、知識として以外の興味は皆無だった。
「あぁ、ダンは本当に頭に入れないでもらって構わないわ。ダンは剣術馬鹿だから、使う魔術は身体強化ばかりで遠距離攻撃に一切の興味がないから」
「分かりました。正直、チームを組んでくれる人にこの辺りが無かったのでお誘いを受けます。ただ、最後の1人は私が誘っても?」
「もちろん、最初からお願いするつもりだったから好都合よ」
3人に少し興味が湧いたリシアは、元々チームを組める様な人もいなかったことと、自分達の魔術に関する情報を多少開示してまで誘おうとしてくる姿勢に動かされ、了承する事にした。
その後は、最後の1人を誘えたら直ぐに顔合わせをしようといった流れになり、一旦3人と分かれたリシアは、スレイを誘うべく彼女の教室へと向かった。
―――
無事スレイの了承を得たリシアは、フローラ、フロズ、ダンの3人を加えてこの前とは別の喫茶店...前の店が飾りっ気の無い静かな場所なら、今訪れている喫茶店は貴族が好みそうな装飾が店内に施されている、いかにも高そうな場所に来ていた。
「あの、本当に私みたいな平民が来て良かったんでしょうか?」
「俺だって平民だぞ」
「あ、そうですよね...」
「萎縮なさらなくて結構ですわ。元より、フィルマに入学出来ている時点でそこらの貴族より遥かに聡明なのですから」
「...そう言って頂けると助かります。その、ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いは無いと思いますが、大人しく受け取りますわね」
入店してから落ち着かない様子のスレイだったが、やり取りをする内にフローラの言動が相当とかなり違った事の方が気になったのか、意外そうな表情をしながら礼を言った。
「ふふ、姉の言動は少々角がありますが基本的に他者を尊敬し、見下す事はしませんよ。ま、雰囲気と見た目故に勘違いされてしまうんですけど...」
「こいつの性格はある意味どぎついからなぁ」
「貴女達、刺し殺されたいのかしら?」
「あ、ちょっと!お店の中で喧嘩はやめて下さいよー!リシアさんも、クッキー食べてないで止めて下さい!」
心なしか冷気を纏う様なオーラを醸し出すフローラ、割と真面目に殺意を向けられているダンとフロズ、何とかフローラを宥めようと慌てふためくスレイにそれを他人事の様に眺めるリシア。
カオスなやり取りがこのテーブルで行われるが、いつしか萎縮していたスレイから緊張が取り除かれ、入店時より話しやすい雰囲気が流れていた。
「全く、このやり取りがスレイさんの緊張を解したのは心外だけれど、今日はそれに免じて許しましょう。それにしてもリシアさん、貴女は随分と肝が座っているみたいね」
「そうでしょうか?」
「えぇ。別に、貴族相手に萎縮する必要も無いのだけれども。言っておくけど、チームを組む以上気を使う必要は無いのだから敬語も辞めて頂いて結構よ」
「...そうか、ならこの口調で喋らせて貰う」
「うわっ、それが素か!」
「ガラリと印象が変わりますね」
「あら?わたくしはこれくらいがしっくり来たわよ」
リシアの口調に三者三様の反応を見せた後、話題は野外演習についての内容に移った。
野外演習における撃破とは、本当に相手を傷つけるのではなく、全員が身に付ける魔導具が展開する魔術・物理攻撃を阻む特殊な結界を破壊する事である。
なので、魔導具の持ち込み等は認められているが、結界を破壊する以上の魔術の使用や、既に撃破されている生徒への攻撃は反則であり、酷い場合は即退学となることもある。
「大体のルールは把握しているわよね?基本的に撃破ポイント、そしてチーム内の生存ポイントが加算された物が順位として反映されるわ。けれど、わたくし達は高順位を意識的に狙う気は無いわ」
「戦闘面が不安だからでしょうか?」
「いえ、実は僕らのチームはこの野外演習においてはバランスが良いチームなんですよ。僕・ダン・姉の3人は基本的な戦闘を、スレイさんは錬金術による支援が見込めます。リシアさんは...正直きちんと理解は出来ていませんが、簡単な治療魔術も使えるとのことなので、逃げ切れれば復帰出来ると言う点では優位かと」
「えぇ、わたくしが言いたいのはそう言った意味ではなくって、あくまで試験としての評価と順位は全くの別物なのよ」
あまり知られていないが、入学試験の結果を参照して個人に評価点の様なものが撃破ポイントとは別に割り振られており、誰が誰を撃破したのかと言った部分が成績に反映される。
つまり、好成績を狙うのなら積極的に戦闘を行う必要は無く、自分より評価点の高い生徒を撃破した方が効率が良いのだ。
「個人に割り振られている評価点、わたくしはこの1週間を使ってそれとなく調査してみましたわ。ですから、野外演習では高順位を狙うのでは無く、評価点の高い生徒の撃破に注力しようと思いますの」
「ま、評価点が高いって事は必然的に強いって訳だから、生き残り続ける必要はあるんだがな」
「言いたい事は理解した。ただ、私が言うのも何だが自分より評価が高い生徒に勝てるのか?」
「わたくしとフロズの魔術を使えば可能よ」
「そうか。なら私は異論はない」
「私も大丈夫です。お役に立てるかは分かりませんが、精一杯頑張ります!」
元より野外演習に興味のないリシアは言わずもがな、チームに入れた事自体が奇跡だとすら思っているスレイも反論するわけが無く、話は円滑にまとまって進んだ。
(子話ですが、フローラ・フロズ・ダンは前の節にセリフだけ登場してますが、リシアは全く覚えてません)