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ダンギク

 気がついた時には、このエレベーターに乗っていた。いつ乗り込んだのか、そもそも何の建物内なのかも分からない。エレベーターは何の変哲もない箱で、操作板には非常に多くのボタンが並んでいる。そして、操作板の前には、ホテルの従業員のような服装の男が立っている。随分と古風だが、エレベーター係というやつだろう。

「それでは、二階へ参ります」

 男が静かに言い、扉が閉まる。次に扉が開いた時、そこには見知らぬアパートの、小さな一室があった。赤ん坊を抱いた女性と、寄り添う男性。若かりし頃の、私の両親だった。

 思わず駆け寄ろうとした私は、確かに開いている扉の外へ踏み出すことができなかった。何か、見えない膜のようなものに阻まれて、箱の外へ出られない。そうか、そういう仕組みなのか。

 この建物は、私の一生を振り返るためのものなのだ。だから、干渉することは出来ない。

 幸福な家庭を紡いでいく筈の三人が、閉まる扉によって見えなくなる。

「それでは、三階へ参ります」

 男が言い、扉は閉まる。三階では言葉を覚え始めた幼児と両親が、公園で陽光に照らされている。四階では幼稚園に通うようになった子どもが、教室で楽しそうに絵本を読んでいる。

 全ての階で、私は幸福そうだった。幸福だった時の思い出だけが、そこにはあった。友だちとけんかしたことも、習い事で上手くいかずに泣いたことも、受験に落ちたことも、恋人に振られたことも、就職先で嫌がらせにあったことも、病気に苦しんだことも、全く無かったかのようだった。

 私は幸福だった。幸福だったのだ。

「それでは、最上階へ参ります」

 涙で視界が滲む中、男の声が、労わるように響いた。

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