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エニシダ

 エニシダは綺麗好きだ。

 黒髪を後頭部で引っ詰めて僅かの乱れも無く丸め、雇い主の趣味だという地味なワンピースに身を包み、縁無し眼鏡越しに細い目を光らせる彼女の仕事は屋敷の清掃だ。どんなチリも見逃さず、屋敷中をくまなく清潔に保つ彼女は、主人の周囲のゴミを全て綺麗に片付ける。

 月の輝く晩、エニシダはひっそりと仕事に勤しんでいた。

 彼女の手には古臭い箒が一つ。主人から賜った、大切な仕事用具だ。

 彼女の前には若い男が一人。先ほどエニシダの主人と晩餐を共にし、今し方、入室許可を得ていない筈の書斎から忍び出てきたところだ。彼は一介の清掃員に過ぎない小娘に謎の威圧を感じて、壁際に背中を張り付かせた。

「な、何だと言うんだ……私は客人だぞ」

「ご主人様のお客人といえども、その書斎に立ち入ることはまかり通りません」

 エニシダは一歩、男に近づく。

「きょ、許可は得たんだ! お前のご主人様が、好きな本を借りて行って良いと……」

「では、何の本をお借りになったのですか」

 上着のかくしに書きつけを一枚忍ばせただけの男は、ぐっと押し黙る。その書きつけさえ持って帰れば、この屋敷の主人の命運を、掌中に収めるも同然なのだ。立ち塞がっているのは非力そうな娘一人、小金で黙るようなタマでは無さそうだが、少々痛い目を見せてやればそれで済む……。

 男がエニシダを組み伏せる脳内シミュレーションを始めた時、エニシダは既に動いていた。男の視界から一瞬、彼女の細身が消える。足を払われ尻餅をついた彼の喉に、箒の柄が突きつけられる。ただの箒の筈だが、まるで刀の切っ先のような緊張感に、男は身震いすることしか出来ない。

 エニシダは落ち着いて男のボディチェックをし、やがて彼の懐から、主人の命運を救い出した。その記述を一瞥し、どこからか取り出したライターで火をつけた。男の顔に灰を吹きかけ、笑った。

「今宵のゴミは、よく燃えるものばかりですわね」

花言葉「綺麗好き」

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