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ベロニカ

 白い肌にぷつりと浮かんだ赤い玉に、舌を這わす。未だ見たことのない、誰にも見つけられたことのない花の香りが頬を撲ち、鼻腔から脳に、陶酔がじんわりと染みていく。

「……もうやめてよ」

 私の舌先からその白い手を遠ざけて、彼女はつまらなさそうに、傷口に消毒液を振りかけた。甘美な花の香りが、つんとする消毒液の臭いに消されてしまう。

「ごめん、つい……」

「つい、じゃないよ。そういうの嫌な人多いんだから、気をつけてよね」

 無表情の彼女に冷たく言われると、本当に悪いことをしたなという実感が湧く。けれども、彼女ら『花の人』の血液は名の通りに甘い花の香りで、私のような常人には、魅惑的に過ぎるのだ。

「私はあなたのことを友達だと思ってるんだから、そういうの、本当にやめて欲しいの」

 彼女の真剣な眼差しが、私を捉える。青い硝子のような透明感のある瞳が、保健室の無機質な光を美しく増幅させて、私を映している。

 本当に気をつけるよ、と答えるが、ここで「やめるね」と言えないのが、私のいけないところなのだ。分かってはいるのだが、その香りを感じると衝動的に体が動くのだ、どうしようもない。

「私たちはこんな体だから、発生したときから人間に危害を加えられてきた。でも、最近になってようやく、不当に傷つけられることなく生活できるようになってきた。あなたみたいに、人間の友達だって、初めてできた。だから、失いたくないんだ。私のことを、人間だと思って接して欲しいんだよ」

 それは、土台無理な話だ。けれど、彼らが本気でそう願っていることは分かっている。彼らは、自分たちがどれだけ抗い難い誘惑の香りを纏っているか、知らないのだ。

「私たちは、死んだら体からそれぞれの花を咲かせるの、知ってる?」

 そっと、秘密を打ち明ける声で、彼女は言う。

「私が死ぬときにも、まだあなたが友達だったら……その花を、あなたにあげる」

 だから、どうか友達でいて。

 真剣すぎる願い事に頷いて見せながら、私は、硝子のように透ける、薄い花びらの青さを思い浮かべていた。

キリストの血を拭ったベロニカの伝説(その血から花が咲いた)から着想しました。

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