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クチナシ

 ポストマン、なんて職業は、今や絶滅危惧種だ。どの家庭にも物質転移装置が備えられて物流の概念は根本から変わり、ほとんど生身と変わらないコミュニケーションを取れるバーチャル空間技術が普及した現在、人に何かを送るために、人が移動する必要性というものは全くない。

 それでも、ポストマンはいる。人が人に何かを贈る際の、配達手段のひとつとして。

「こちら、お届けにあがりました」

 マイクにそう告げると、ドアが薄く開き、濃い化粧をした女性が顔を出した。

「ポストマン? わざわざ?」

「はい、こちらがお品物です。それと」

 手提げ袋を渡してから、メッセンジャーバッグの中の封筒を差し出す。

「……手紙? なになに、『今開けなさい』?」

 お母さんからだ、と呟きながら、女性は封筒を開けて便箋を取り出してしげしげと眺め、やがてキョトンと首を傾げた。

「……あの。『これを配達してくれるポストマンと一緒に食べなさい』だって」

「はい。そう承っております」

 へえ、と、女性は面白そうに笑いながら、私を家へ上げた。サプリメントの空き容器やミネラルウォーターの圧縮容器が床に散らばり、足の踏み場がない。女性はキッチンで手提げ袋を開け、中に入っていたホールケーキを取り出した。

「ああ、これ……そっか。今日、私の誕生日だ」

 彼女は、一瞬、上を向いた。けれどすぐに首を振り、私に笑いかけた。

「食べよ」

 ケーキは甘く、最近流行の菓子類よりも素朴な味がした。女性は食べながら、彼女の母親の思い出話をしてくれた。それは同時に、彼女自身の思い出話でもあった。

「お母さんが、前に言ってたんだ。大切な日に、ひとりで過ごすのは寂しいって。誰かと一緒に過ごして、祝ってもらいなさいって」

 ポストマンって、こんな頼みも引き受けてくれるんだね、と彼女は言い、私は頷く。

「お誕生日、おめでとうございます。大切な日を一緒に過ごさせていただけて、私も嬉しいです」

 私も今度、何か頼むことにするわ、と、女性は泣きながら微笑んだ。

花言葉「喜びを運ぶ」

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