ウツギ
五つ歳の離れた兄が、「秘密」の隠し場所を教えてくれたのは、ぼくが中学校に上がる年だった。家の庭に昔からある、古く大きな木のウロを示しながら、兄はにやりと笑った。
「ここ、実は父ちゃんが教えてくれたんだけどさ。ウチの男に代々伝わる、『秘密』を隠すのにうってつけの場所なんだ。オレはもう使う必要がなくなったから、お前に譲るよ」
そう言いながら、兄はウロの内部を見せてくれた。ウロは小学生ひとりならどうにかすっぽり入れる程度の大きさで、さらにその上の幹の内部の方に、父や兄が突っ込んだらしい「秘密」の端が見えた。
「悪い点数のテストとか、口に出せないけどめちゃくちゃ口に出したいこととか、そういうのをここに突っ込んどくわけ。子どもしかこんなところ見ないし、ここはウチの庭だし、だから母ちゃんには絶対見つからない、超安全地帯」
得意げに教えてくれた兄は、その次の年に大学生になって家を出た。ぼくはそれから、父や兄の「秘密」の隙間に、自分の「秘密」を捻じ込んでいった。どうやら幹の内部にはまだまだ余裕があるらしく、ぼくたちの「秘密」は、押し込めばどんどん奥の方へと入り込んでいった。それはまるで、無限の空白のようだつた。
やがてぼくにも家を出る時期が来た。ウロに通うこともめっきり減り、「秘密」は、自分の中で上手に処理できるようになっていた。最近ではむしろ、あの「秘密」を体中に詰め込んだ木が、この先どうなるのかということの方が気にかかっていた。ぼくら馬鹿な男たちが詰め込んだ「秘密」は、もはや引っ張り出すことも不可能なほどにぎゅうぎゅうになっている。例えばあの木を、家族が処理しようと思ったとしたら、どうなるだろうか。
そんなことばかり気にしながら、アパートへの引越し準備を進めていた頃だった。庭に、雷が落ちた。
深夜、物凄い音と衝撃に目を覚ましたぼくと両親は、あの大きなウロのある木が、落雷によって見事に割れ、更には燃え上がっているのを目にした。慌てて消火に走りながら、ぼくと父はそっと目配せを交わした。
「秘密」は、永遠に「秘密」となったのだ。
花言葉「秘密」




