表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/365

バイカウツギ

 もう逢えない恋人が座っている。

 そう思って声をかけた女性は、よく見ると別人だった。

「す、すみません……知人に似ていたもので」

 狼狽しながら頭を下げる私に、彼女は微笑んで首を振る。

「人違いは、慣れておりますの」

 まだ若そうなのに、ひどく落ち着いたその態度に、私はすっかり面食らってしまった。彼女は、彼女が腰掛けているベンチの隣を示した。

「良かったら、私をどなたと間違えたのか、聞かせてくださいませんか。人違いをされたとき、いつも聴くことにしておりますの」

 面食らったまま、私はそこに座り、随分昔に別れた恋人の話をした。互いに互いを思う気持ちは本物だったのに、どうしようもない事情によって別れざるを得なくなったということまでも。誰にも話したことなどないのに、まるで旧知の相手に相談するかのように、ぺらぺらと打ち明けてしまった自分に驚く。

「素敵な方でしたのね」

 そう相槌を打つ彼女は、見れば見るほど、恋人には似ていない。なぜ最初、似ているように思ったのかが分からない。

「私はどうも、人が、会いたいと願っている相手を、投射しやすいようなのです。有り体に言えば、無個性なのでしょう。だから、よく人違いをされるのです」

 彼女は静かに、簡潔に、今まで遭ってきた人違いについて話した。誰かの娘、母、姉、妹、叔母、祖母、憧れの人、先輩、後輩、上司、部下、仲間、ライバル……。

「最初は、そりゃあ嫌でした。私は私で、他の誰でもない。……けれど、私に声をかけた瞬間の、その人たちの嬉しそうな顔を思うと、例え一瞬でも、私がその人の大切な人の代わりになれて良かったなと、そう思うようになったのです」

 別れ際、私は振り返って、彼女の後姿を眺めた。別人だと分かっていても、嘗て愛した人の背中が重なる。滲む視界の中、その背中に、深々と礼をした。

花言葉「回想」。また、梅に似た花をつけることから着想しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ