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ライラック

 初夏の日差しが眩しく、ここ最近引きこもってばかりいた私の目を刺す。見頃だからと彼が連れ出してくれた公園には色とりどりのライラックが並び立ち、甘い香りを漂わせている。

「ほら、外に出てきて良かったでしょ」

「……うん、まあ……」

 彼は得意げに笑い、身近な花弁を指し示した。

「ライラックはほら、4枚の花弁があるんだけどね。稀に5枚付いているものもあるらしいんだ。それをラッキーライラックといって、見つけたら誰にも言わずに飲み込めば、良いことがあるんだよ」

 良いこと、って何だろう。今の私にとっての、良いことって。

「ほら、難しい顔してないでさ。どっちが先に見つけられるか勝負しよう」

「それじゃ意味ないじゃん。見つけたら誰にも言わないで飲み込むんじゃなかったの」

 思わず吹き出すと、彼も嬉しそうに笑う。

 のんびりと歩きながら、他愛もない話をした。暗い部屋にいたときには気がつかなかった季節の移り変わりの鮮やかさに、暖かな陽光。気がついたときには、胸の重石が軽くなっていた。

 ああ、でも、これでは。

 立ち止まって、視線を上げた先に、五枚の花弁。

 誰にも見られないように素早くそれだけむしりとり、ぱっと口に放り込んで、飲んだ。不衛生ということは、まったく頭に浮かばなかった。

 飲み込んで、それから蹲る。両手で自分の肩を抱くようにして、顔を膝に付ける。涙が止まらなかった。

 もう、彼が傍からいなくなってしまったことが、分かっていた。彼は、彼の幽霊は、私の心が悲しみから抜け出るまで、一緒にいると言ってくれた。ゆっくり時間をかけて、私が彼の不在を受け入れられるようにと。

 だから、もう彼は、いない。

 震える指でスマホに触れ、「ラッキーライラック」と入力する。出てきた検索結果を見て、私は暫く立ち上がれなかった。

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