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グラジオラス

 その店は、どこから見てもただの古本屋だった。すかさずデータベースを検索したが、やはりただの古本屋としか書いていない。空振りだったのだろうか、と肩を落として帰ろうとした私を、古本屋の主人は小さな声で呼び止めた。

「もし。忘却をお求めで?」

 私は勢いよく振り返り、数度、頷いた。主人……と言うにはまだ若そうな、人の良さそうな青年は、店の奥から手招きしている。古い紙の匂いがする店内へ踏み込んで、示されたパイプ椅子に腰かけた。

「本当にここだったんですね。てっきりただの古本屋かと」

「古本屋でもあるのさ。忘却処理はバイトみたいなもんでね。で、あんたもマスターの記憶を処理したいクチかい」

 マスター。その呼称を聴くと、ある筈もない心臓が縮むような錯覚に陥る。これは多分、私の記憶に起因する、何らかのエラーだ。つい先月、事故によって唐突に私の前から消えた、私のマスター、所有主の記憶が原因の。

「……優しい人だったんです。ただの家政ロボットである私にも毎日、声を掛けてくれて」

「そうだったんだろうな、うん。ここに依頼に来るロボット達は、みんな自分のマスターについて、そう言うんだ」

 規定では、ロボットが自らの記憶情報を消去する……つまり忘却することは、許されていない。それは次のマスターが決めるべきことなのだ。しかし、以前の業務記憶が役立つことは多く、その処理を施す者は少ない。

 だから、私のようなロボットは忘却屋を探す。次のマスターが決まるまでの間、人間の生活を学習するために与えられた僅かな期間で、あらゆるツテを辿って。

 主人……忘却屋は、私の思い出話にじっくり耳を傾けて、時々手元の紙に何か書きつけたりなどした。

「これは言うなればバックアップだな。もしもの時のための」

「もしもなんて、無いですよ」

 私はこのエラー……どうしようもなく空虚で、動く度に体の軋む異常を、直さねばならないのだから。これからも、私が私として動作するために。

 忘却屋のコンピュータから伸びたコードを腕に挿し込む瞬間、これが感情なのかもしれない、と私は思った。

花言葉「忘却」

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