サクランボ
満開の桜が春のけぶったような空気の中で鮮やかに目に飛び込んでくる、そんな桜並木の入口のところに、小さな女の子がひとりで立っていた。小学二、三年生くらいだろうか。可愛らしい赤いワンピースに、薄桃色のポシェットが良く似合っている。二つ結びの髪の毛が肩のあたりでぴょこぴょこ揺れて、花見客の雑踏の中で地味に目立つ。
迷子か。
ぼくは努めて笑顔で、あまり近づきすぎないように、女の子の側へ歩いた。しゃがんで視線を合わせる。
「お嬢ちゃん、ひとりでどうしたの? ご両親とはぐれちゃった?」
女の子は大きな賢そうな目でぼくを見上げて、首を横に振った。
「ううん。デートの待ち合わせしてるの」
ぼくは思わず、相手をまじまじと見つめてしまった。今どきの子どもは花見スポットでデートするのか。
「そっか、それは邪魔しちゃったね」
「ううん、迷子だと思って話しかけてくれる人、結構いるから。ありがとう、お兄ちゃん」
その世馴れた対応にこちらの方がたじたじとなっていると、女の子の顔が輝いた。ぼくの背中越しに、待ち人を見つけたらしい。
「お父さん!」
「え?」
振り返ると、まだ若いがしっかりした紳士の姿があった。
「デートって……」
「うん、お父さんと!」
女の子は満面の笑みで頷いて、紳士の腕の中へ駆けて行った。
花言葉「小さな恋人」




