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シダレザクラ

 無数に寄り集まった薄桃色の花弁が、穏やかに吹き抜ける風の暖かさに、波の如く揺れる。頭上に広がるそれは花というより桃色の雲海で、私の口からは、知らず感嘆の吐息が漏れた。

 あまり人の来ない、良いお花見スポットがあるのだと誘われて、来てみて良かった。特に人がいない時間帯ということで選んだ夕暮れの、薄闇に包まれつつある桜の風情がまた素晴らしい。誘ってくれた友人は車に忘れ物をしたと言って戻ってしまったが、この景色は歓談しながらよりも、一人でじっくり見渡す方が良い気すらする。ひとけのない山の中腹に、こんなに桜が美しく咲き乱れているなんて思わなかった。

 桜の種類には明るくないが、色んな種類が混じって咲いているのは分かる。その中に、ひときわ目を惹く大樹があった。雲海の雲が地上へ零れ出ようとする様な、見事な枝垂れ桜だ。項垂れるその様子は、空に向かって咲き誇る桜とはまた違う。友人は、なかなか戻って来ない。私はその木へ近づいて行った。

 暖簾の様に揺れる桜の枝の、その向こうに誰かが立っている。見覚えのある服装。微かに見え隠れするその顔の、優しげな表情。背筋を伸ばした、その姿勢。

 随分長いこと会っていない、親戚のお姉さんだ。

「ヤエお姉さん? どうしたの、そんな所で」

 無性に懐かしくなって、私は小走りになった。ヤエお姉さんは、兄弟姉妹のいない私に本当の姉妹の様に接してくれた、大好きな親戚なのだ。こんな所で会えるなんて。

 ヤエお姉さんは桜の暖簾の向こうから一歩も動かず、ただ私に手招きをした。私がその手に触れようとしたとき、後ろから、凄い力で誰かが体を引っ張った。

「ちょっと何やってんの、危ない!」

「え?」

 友人の怒声に我にかえると、私が今踏み出そうとしていたところは古木を境に地面が崩れ落ちた様に剥き出しで、崖になっていたのだった。

「え、でも今、ヤエお姉さんが……」

 私の言葉に、友人は首を振る。

「あんた、そのお姉さんはもう随分前に死んじゃったって話してくれたじゃん」

 しっかりしてよ、と、友人は青ざめた顔で言った。

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