ニゲラ
ああ、また目覚めてしまった。
強い日差しに目を細めながら起き上がる。取り上げたスマホには上司からの電話の履歴がズラリ。うんざりしながら連絡を入れ、上司の怒鳴り声にひたすら相槌を打って居間へ行くと、昼食を取っていた弟が目を丸くした。
「姉ちゃん、また寝てたの。もう昼だよ。おれみたいな大学生ならまだしも、姉ちゃん社会人じゃん。ヤバイって。……また変な夢見たわけ?」
「うん……」
変な夢。でも今の私には、そちらの方が現実より幸福なのだ。夢の中の彼を思い出し、またもやぼうっとする私に、弟は眉をひそめた。
「いくらイケメンで優しくて今の彼氏より気にかけてくれるとしても、それは夢だよ。現実を大事にしなきゃ」
「アンタには関係ないでしょ。あーあ、ずっと寝てたかったなあ」
「姉ちゃん、その夢見だしてからろくに食事も摂らないし、どんどん起きる時間遅くなってってるじゃん。心配なんだよね。その夢、ヤバイんじゃないの」
弟の真剣な顔は、笑い飛ばせない。けれど、夢の中の彼は本当に優しくて……
と思っていたら、いつの間にかまた、いつもの夢の中にいた。目の前で理想の彼が微笑み、私に手を差し出す。躊躇うことなくその手を取ろうと……した時に、誰かが呼ぶ声を聞いた。振り向いた私の肩を、彼が掴む。いつもの優しさはなく、爪が肌に食い込むようだ。見ると、その手は獣のようだった。悲鳴を上げて逃げ出そうとする私の背中に、何かがのしかかってくる。重さで潰れそうだ。
助けて、と振り回した手を、背後の獣のものではない、誰かがしっかりと握ってくれて……
目が覚めた。
「良かった……」
手を握っていたのは、彼氏だった。最近忙しくて連絡もくれなかったのに、と言葉を失う私に、隣から顔を出した弟が笑う。
「おれが呼んだの。姉ちゃんを救える王子様は他にいないでしょ」
「突然倒れて一日目を覚さないなんて、心配した……これからはもっと、君を気にかけるよ、ごめん……」
泣かないでよ、と彼氏に言いつつ、私も泣く。「夢の中とはいえ浮気してたなんて、言えないね」と、弟が笑いながらそっと耳打ちした。
花言葉「夢の中の恋」。英語名「devil in a bush(茂みの中の悪魔)」。




