カモミール
いつものように業務を終えてロッカールームに入ると、同じ高校のバイト仲間が休憩用の椅子に座って肩を落としていた。見るからに沈んだ表情と、沈鬱な空気。
「元気ないなあ、どうしたの」
着替えながら尋ねると、彼はため息まじりに答えた。
「先輩に……チョコもらえなかった……」
なんだそんなこと、と言いかけたのを慌ててこらえる。茶化されて立ち直れるやつなんていない。人の真剣さを誤魔化すのは良くない。
「そっか、それは残念だったな」
こいつの言う「先輩」は、この職場のレジ係として働く、大学生のお姉さんだ。活発な印象で、ハキハキしている、人当たりの良い人だった、はず。そんなに気にしたことがないので、あまり顔も思い出せないけど。
「義理でも良いから欲しかったんだよ……そしたら一生、食べずにとっとくのに」
「いや、食べろよ」
呆れながらつっこみを入れる。学生服の袖に腕を通して、ボタンをしめて、鞄を手に取る。
「お前もあがれるんだろ。意中の人にチョコをもらえなかった者同士、どっかでチョコシェイクでも飲んでこうぜ」
バイト仲間はようやく顔を上げて、ちょっと笑った。
「なんだ、お前ももらえなかったのか」
「まあね。さ、とっとと着替えた着替えた」
ロッカールームを一足先に出る。廊下は冷え込んでいて寒い。かじかみそうな指でスマホを弄りながら、意中の人なんていないんだけどね、とひとりごちる。人の言う「恋」という感情が、おれにはまだよく分からない。だから、相手からチョコをもらえなかったというだけで落ち込む気持ちも、完全には理解できない。
でも、友人が落ち込んでいるのは辛いし、笑顔になって欲しいと思う。友情なら、おれにも分かるんだ。
「お待たせ。どこ行く?」
急いで着替えた様子の友人に、思わず笑顔がこぼれる。
「そうだな、お前の行きたいところどこでも付き合うぜ」
肩を組んで、店を出る。バレンタインに浮かれた街を、二人で歩く。
花言葉「友情」「あなたを癒します」




