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セツブンソウ

 春の王女は人間嫌いで有名で、春を告げる時期になっても、人間のところへはなかなか行きたがらない。まず山と海をくまなく巡って、雪の下で眠っていた動植物を、そっと起こして回る。それが終わってから、夜中に人間の世界を回ることにしているのだ。しかしそれだっていつも渋々で、彼女にそれを促すのは毎回、大変だ。

「王女様、ほら行きますよ。自然界は春なのに、人間界だけまだ冬なんておかしな話でしょう」

 ぼくが呼び掛けても、部屋の扉は開かない。ただ不機嫌そうな声だけが聴こえてくる。

「あんただって妖精なんだから、あんたが行けば良いでしょう。なんで私が人間なんかのために出向かなきゃならないのよ」

「王女様以外に、春を告げることはできないからですよ」

 扉の向こうの声が、やむ。毎回同じやりとりだな、とため息をつきながら、ノックして扉を開ける。

「入りますよ」

 見ると、やはり毎回と同じように、王女様は床に座り、寝台にもたれかかっていた。腕の中には父王様から贈られた、かわいいぬいぐるみを抱いている。

「分かってるわよ、毎年の役目なんだから。分かってるわよ……」

 ぬいぐるみに顔をうずめて、王女様は肩を震わせた。

「分かってる……」

 自然界と深く関わりながら生きる、ぼくたち妖精のすみかを土足で踏み荒らし、王様と女王様の命をも奪ったのは、人間たちだ。直接、手を下したわけではなくても、妖精の生きる環境を壊し尽くした彼らは、王女様の大切なものを全て剥ぎ取ったも同然だ。

 けれど、王女様は、すべての生命に春を告げなくてはならない。そういう役目なのだ。誰よりも彼女自身が、それをよく理解している。人間のことが嫌いでも、人間のもとへ春を告げに行かなくてはならないのだ。

「もう少ししたら行く。行くから……だから、ちょっとの間、そこにいなさいよね」

 ぬいぐるみの下から聞こえる、か細い声。彼女の手を握ってやりたい気持ちを抑えながら、ぼくは変わらぬ答えを返す。

「いますよ。ここにいます」

別名「春のプリンセス」、花言葉「人間嫌い」

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