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アマリリス

 白く美しい細腕に剃刀の一閃、さっと赤い線が一筋、浮かび上がる。赤はみるみるうちに盛り上がり、腕の丸みに沿って溢れ出る、と思う間に、液体は結晶と化し、整然とした六花の体を形成してゆく。

 腕に小さな赤い花をたくさん咲かせて、女は陰鬱に微笑んだ。

「特殊体質、らしいんです」

 花の結晶のひとつひとつを指で摘み、軽く力を入れて砕きながら、彼女は言った。

「血が体外に出た途端、こんなふうに。通常の血液と違いすぎて、健康診断すらまともに受けられないんですよ。だから当然、事故に遭ったとしても輸血を受けられない。大きな手術もできない……」

 自虐的に歪められた唇が、ほんの刹那、僅かに震える。それで、私は彼女の治療を試みることを決意した。

 白い診察室、彼女と二人きりで、あらゆる試みをした。彼女の指を、口の中を、舌を、眼球を、水の中で、あらゆる薬品の中で、真空状態で、傷つけた。しかしどのような場所で、どのような状態で試しても、最後には必ず血液は結晶化し、美しい花になる。

「先生、先生は怖くありませんか、私のことが」

「怖い? なぜ」

「なぜって……」

 目を伏せる彼女の身体には、私がつけた傷痕が生々しく残っている。赤い花は砕けて消えるが、痕はどうしても残ってしまう。

 私がつけた傷。私以外には誰も、つけられない傷。

 思わず笑い出しそうになりながら、彼女の最も古い傷痕、左耳の外側に、そっと触れる。目を閉じて震える彼女の瞼の、ほんのりとした赤みに酔う。

 最も古い傷痕を針でなぞって、とても優しく、全く同じ傷をつける。滲み出した赤い液体を舐め取ると、舌の上で、彼女の生命が花になっていくのを感じた。

少女アマリリスの神話より。

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