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フクジュソウ

 幸福は液体だから、流れ落ちて消えてしまう。

 最初にそれに気づいたのは小学生の頃、仲の良かった友達が転校してしまった時だ。別れ際にもらったお揃いのキーホルダーを握りしめて、泣き続けた夜に悟った。私の目から流れているのは、幸福なのだ。涙と呼ばれる液体の正体は幸福で、だから流せば流すほど悲しさが増していくのだ。

 つまり、ずっと幸福でいるためには、涙を流さなければ良いんだ。

 それから私は、何が起こっても決して泣かないようになった。正確には、泣きそうになっても、とにかく堪えることにした。だって、泣いたら私の中に溜まっていた幸福が逃げてしまう。

 親に叱られても、受験に失敗しても、部活の先輩にいびられても、怖い先生に怒鳴られても、道で転んでも、財布を無くしても、友達とケンカしても、就職先でいじめられても。

 絶対に泣かなかった。あまりに泣かないように堪え過ぎたので、最近では、泣きそうという気持ちすら湧かなくなってきた。だから、友達の突然の訃報に接した時も、泣かなかったし泣けなかった。

「信じられない。平気そうな顔して。こんな時にもアンタ、泣かないんだね」

 わざわざ家に来て教えてくれた元同級生が、唾でも吐くようにして言い放ち、去って行くのを、呆然と見送る。

 そうなのか。私は今、平気そうな顔なのか。へえ。

 洗面所の鏡に映った自分の顔を見ているうちに、吐き気がこみ上げてくる。ああ、吐くのは良い。吐き出されるものは、幸福ではないから。それは。

 死んでしまった友達は、もう何も食べられない。幸福も感じられない。

「うっ……うえっ……うう、あああっ」

 蛇口から出てくる水に、私から流れ出た幸福と、私になる筈だったものが混じって、排水溝に吸い込まれていく。

 間違っていた。私は今までずっと、間違ってきた。

「うっ、うあ、……えうっ……」

 夜が近づき、どんどん暗くなっていく中、私はいつまでも洗面台にしがみついていた。

花言葉「永久の幸福」

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