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ミスミソウ

 その日は朝からついていなかった。

 寝る前にした筈のスマホの充電が出来ておらず、アラームが鳴らなくて寝坊し、慌てて着替えた際に花瓶を割り、鞄に水が掛かったので仕方なく別の鞄で出掛けたら定期券と財布を忘れ、バス停から自宅まで引き返すことになり、ようやく職場に着いたらシフトの勘違いで今日は休みであることが判明し、帰ろうと思ったのに急遽病欠した同僚の代わりを務めろと言われて慣れない仕事をする羽目になり、案の定何度もミスをして叱られ、ヘトヘトになって帰路に着いたのだ。そして、その帰り道で引ったくりにあった。

 下ばかり見て歩いていたのが悪かったのだろう。後ろから誰かがゆっくり近づいて来たのにも気がつかず、肩に掛けていた鞄をあっという間に奪い取られてしまった。ついてない……本当についていない。もう嫌だ、と思った私の目の前に颯爽と現れた男の手に、私の鞄があった。

「犯人は逃してしまいましたが、鞄は取り返せましたよ。これ、貴女のでしょう」

 その日の全ての不幸は、彼と出逢えたことで精算された。お礼にと入った喫茶店で私たちは意気投合し、お互いの連絡先を交換した。メッセージでのやり取りをするうちにお互いの共通点がどんどん見つかり、会うたびに親密さが増していく。

 彼は、穏やかな笑顔が素敵な紳士だ。引ったくり犯にすぐ追いつくほどの健脚の持ち主で、かなり有名な会社に勤めているエリートでもある。気遣いもできる。私の好きな映画や音楽を彼も好きで、どんな話もにこやかに聞いてくれる。こんな素晴らしい人は他にいない。

 詐欺でも無ければ。

 実を言うと、私は見てしまったのだ。あの日の引ったくり犯が、私の視界から外れた所で、彼に笑顔で鞄を渡しているのを。道路に設置されたカーブミラーに、ばっちり映っていたのだ。素敵な物腰も気遣いも経歴も趣味も何もかも、嘘なのだ。

 でも、私は今日も彼と楽しく話をする。騙されてあげる。だって、こんなに素敵な人と付き合う機会なんて、もう二度と来ない。

「私、貴方のこと、ちゃんと信じてるからね」

 別れ際に言うと、彼はちょっと目を泳がして笑う。

「君のそれ、変わった挨拶だよね」

花言葉「あなたを信じます」

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