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ストレプトカーパス

 うちの家系は耳が良い。

 単純な聴覚の話ではなく、普通なら聴こえない音声を捉えることができる。祖母は少女時代を過ごしたイギリスで妖精の声を聴き、母は植物の声を聴くことができた。兄は電子機器の発する悲鳴を(電子機器は壊れる寸前、断末魔をあげるらしい)、従姉妹は動物の声を聴いた。

 そして私は『過去』を聴く。

「ヒメギリちゃん、これなんだけど……」

 友人は、可愛いキャラクターが表紙を飾る、古いアルバムを開いた。アルバムという物は過去の集積だ。その物理的な重みは言わずもがな、詰め込まれた『過去』達の囁きも重い。まあ、普段は一つ一つの囁きを気にしないことにしているから、その重みも忘れてしまっているのだけど。

「で、どの子?」

 私の問いに、友人は一枚の写真を指す。セーラー服を着た生真面目そうな女の子が、唇を引き結んで画面の外を向いている。友人の指が、微かに震える。私は、耳の中で閉じていた膜を開く……のを想像した。イメージは重要だ、その想像上の膜が、私を現実と『過去』との混乱から守ってくれている。

 生真面目そうな女の子が写った写真の、『過去』が聴こえた。その写真に封じ込められた、数多の感情の波。撮影した人の感情、被写体の感情。それに、その写真を見た人……ここでは目の前の友人……の感情も。友人の感情は慎重に排して、女の子の感情に集中する。

 ぴんと張り詰めた糸の鳴る音。そこに混じる、甘く、ひずんだ滴の音。

「この子は、君を憎んでなんていなかったみたいだよ。少なくとも、この写真を撮った時には」

 私の言葉に、友人は息を呑んだ。写真の中の女の子が向いている箇所に、ぼとぼとと大粒の涙が落ちる。

 その後、何遍もお礼を言われ、高い紅茶までいただいて、危なくお金まで握らされそうになったので、慌てて友人宅を辞した。私はただ、聴こえた音を判断しただけだ。

 でも、あんなに切ない愛情の籠もった音があるなんて。

 貴重な美しい音を聴けて、お礼をしたいのはこちらの方だ。未だに耳が喜んでいる。

 今日は久しぶりに、ケーキを買って帰ることにした。

花言葉「ささやきに耳を傾けて」

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