アジアンタム
先祖が受けた呪いだとかで、わたしの体は水に濡れる事が無い。体表に触れそうになった水は、全てわたしを避けて地面に落ちていくのだ。幸い水を飲むことは出来るので生きていけるけれども、生まれてこの方シャワーを浴びることもお風呂やプールに入ることも叶わず(浴槽やプール内の水がわたしを避けるせいで、さながらモーセのようになってしまう)、自分の体は清潔なのかどうか、よく分からない。まあ面と向かって臭いだとか汚いだとか言われたことはないので、多分大丈夫なんだろうと思う。体が、そういう風に出来ているのだ。
確かに不便なことも多いけれど、雨や雪の日は濡れることもなく快適だし、正直言って、大した呪いじゃないよなと思っていたのは事実だ。けれど、先祖にかけられた呪いがピンポイントで私に発現したことには、きちんと理由があったのだ。
その日、神話以来の大洪水が起きた。
世界中の陸地が全て海に沈み、方舟が出来上がる間も無く、陸に生きていた全てのものが水の底に沈んだ。
わたし以外。
わたしは全くモーセそのもので、海に沈むこともなく、海の生き物に脅かされることもなかった。わたしが歩く周りだけ綺麗に水が引き、海はその断面を見せた。
美しい水の牢獄に囚われながら、わたしは泣いた。その涙さえ、頬を伝うことは無い。指を濡らす事はない。
世界中にたった一人、わたしは呪いの意味を理解した。
葉が濡れず、学名の由来となったところから着想しました。




