トケイソウ
幻覚を見た。
おれは、どぎつい紫色の壁に囲まれた円形の部屋にいた。床には壁に沿って1から12までの数字が描かれ、部屋の中央には長い針、短い針、さらに短い針が外側に向かって伸びている。てんでバラバラの方を指し示した針は、ぴくりとも動かない。
部屋の反対方向に、一度も会ったことのない姉が立っていた。一度も会ったことがないのに、おれにはそれが姉だと分かった。姉はおれと殆ど変わらない年齢と背丈で、おれに優しく微笑みかけている。
感じたことのない幸福感に包まれながら、おれは一歩足を踏み出した。同時に、足元の針が凄い勢いで一回りした。最も短い針だ。もう一歩踏み出すと、二番目に短い針が、おれの脛をかすめて一周した。うろたえて足を止めると、針も止まった。姉を見ると、その姿は子どもになっていた。
おれは慌てて数歩進み、勢いよく進む二番目の針を、危ないところで飛び越えた。姉の姿は赤ん坊になっていた。
部屋の中央に立ったおれは、姉を呼んだ。おれが進むことで姉の時間が巻き戻ってしまうのなら、もう姉に来てもらう他無かった。姉はおれの呼びかけに、四つん這いになって近づいてきた。遅々たる歩みに、針もゆっくりと逆向きに回る。姉は器用に針を避けながら成長していった。その度に、おれの世界は低くなっていく。
やがて、すっかり成長した姉は、おれを抱き上げて、にっこりと笑った。おれはもう何も考えられない頭で、ただ幸福を思った。




