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4話 美濃の蝮と飛騨の山師②

文章修正の可能性あり

「飛騨殿。某の耳がおかしくなっていなければ、貴殿は今『飛騨へ兵を出して欲しい』ではなく『飛騨を治めて欲しい』そう申されたように聞こえましたが……何かの間違いでありましょうな?」


蝮が訝しげな表情で儂を見るが、その気持ちはわからんでもない。

というか、儂とていきなりこのようなことを言われたら、何かの聞き間違いと思うだろうからな。


「いえ、確かに某は山城様に『飛騨を治めて欲しい』と、そう申し上げました」


「……正気か?」


「そのつもりです」


正気を疑われているのは儂か、それとも儂の言葉の中にあるであろう裏を読み取れぬ己自身か。

まぁ、少なくとも耳は遠くなっていないと言うことは確かだから、安心するが良いぞ。


そう思っていると、蝮は頭を振りながら阿呆を見るような目で儂を見てくる。


……正気を疑われていたのは儂であったようだ。


「いやはや、とても正気とは思えませぬな。そもそも何故貴殿がご自身で飛騨を治めぬのです? そのために飛騨守となったのではないのですかな?」


先程はとぼけた表情を見せたが、さすがは蝮と言ったところだろうか。

即座に混乱から立ち直り、儂の心根を問い質して来た。


確かに、通常なら儂の飛騨守就任についてはそのように捉えるのが妥当よな。


しかし、だ。この件に関しては、儂としても色々と考えたのだが、どう考えても飛騨は()()蝮に預けるのが一番良いと判断したのだ。


我が思惑の全てを明かす気はない。

しかし、最低限の説明はせねば納得すまい。


「山城様が疑問に思われるは当然でしょう。故に某の存念をご説明させて頂きます」


「是非に」


「はっ。まずは基本的なことなのですが……山城様もご承知の通り、現在我ら内ヶ島家が治める白川郷は、狭い飛騨の中の極々一部にございます」


「まぁ、そうですな」


「そんな中、私が飛騨守となったからと言って、これまで飛騨の中で威を(ふる)っていた国人どもが無条件で従うでしょうか?」


「……従う者もいるでしょうが、従わぬ者もいるでしょう」


「左様。そして問題は従わぬ者にございます。我らには格式はあれど、逆らう者を誅するだけの武力がござらん。では山城様。武力の後ろ盾がない権威に何の意味がありましょうや?」


「……」


実際、儂が飛騨を纏めようとすれば、今も水面下で姉小路を乗っ取ろうとしている三木はもちろんのこと、三木と繋がりがある小島や、吉城郡の広瀬や三枝郡の山田。鍋山もそうだな。他にも照蓮寺の坊主も足を引っ張るだろう。


そして口惜しいことに、儂にはそれらを打倒する力は、ない。


「故に、某は権威を保証する武力として山城様の兵を求めました。その代償として提示するのが飛騨一国にございます」


「……それでは貴殿の望みとは、我らが飛騨を実効支配することを認める代わりに、内ヶ島家を神輿として立てることでしょうか? あぁ、白川郷の所領安堵もありますかな?」


話が早い。

儂の望みはまさしくそれよ。

()()()()()()、な。


「そうなります。もっと言えば、山城様には我らにとって敵となる飛騨の国人衆の掃討をしていただきたいのです。道案内は我らが行いますし、調略に我らの名が必要だと言うのなら、名も貸しましょう。無論、必要とされる(つい)えもなんとか工面して幾許(いくばく)かを支払うことも考えております」


現時点で飛騨全土の実権など渡されても手に余る故な。

まずは外敵を処理して貰いたいと言うのが儂の本音よ。


特に三木。


「ふむ。随分と大判振る舞いですな。……飛騨殿には何か急ぐ理由でもお有りで?」


よし、食いついた。


「実を言いますと……算段が狂いまして」


「は?」


わけがわからん。そんな表情をする蝮を見てここが攻めどころと判断した儂は、元々蝮を釣るための餌として用意した話を一つ持ち出すこととした。


「お恥ずかしながら某の考えでは、飛騨守就任の為にあと数回、京へ使者を出す必要があると考えておったのです」


「?? と、申されますと?」


「端的に申し上げるなら。某、一度の献金で官位を得られるとは考えておりませなんだ」


「……あぁ」


蝮にしてみたら羨ましい話かもしれんが、実際のところそうではないのだ。


「つまり、一度目の献金でいきなり貴殿が飛騨守の官位を得たことは見込み違いであった。(なまじ)飛騨守に就任したことで、これまで御家(おいえ)を敵視してこなかった家も敵になりつつある。そして御家はそれに対抗するための準備が調っていない。そう言うことでしょうか?」


「おっしゃる通りです」


「なるほどのぉ」


「過ぎたるはなんとやら、と申しますが、今、まさにそれを実感している次第でございます」


「それはまた、なんとも……」


想定外だったのは嘘ではない。一度の献金で官位を得られたのは見込み違いであったのは事実よ。

そして今後予想される展望も、嘘はついていない。


今の段階で飛騨の連中が連合を組んで襲ってくる可能性は極めて低いが、誰かが音頭を取る可能性が皆無と言うわけでもないからの。


特に三木。


ま、昔ほどの権勢を持たぬ今の三木が、飛騨の豪族を引き連れて白川に来たとて追い返すだけの自信はある。だが蝮が三木に迎合して攻め込んでくれば……特に、美濃勢が督戦する形で飛騨の者共に命を懸けさせるような戦をさせられたのならば、如何に儂とて簡単には行かぬ。


故に、最悪この会談が物別れに終わろうとも、儂としては蝮が三木に味方をしてくれなければそれで良いとも言える。


そのための準備はあるしな。


「ふむ。 飛騨殿の事情は分かり申した。これから裏を取らせていただきますが……。嘘はなさそうです。しかし、ですな」


「しかし?」


わざわざ『裏を取る』などと抜かして儂の反応を確かめたか? 

これまでの経緯を見ればわからんでもないが、そうしないと安心できんのだろう。

何というか、随分と難儀な性格をしておるのぉ。


「もし、もし、我ら美濃勢が飛騨に攻め込んだとして、ですぞ?」


儂の内心の呆れを知ってか知らずか、蝮は睨みを利かせ、またしても威を高めながら話を続ける。


しかし、なんだと言うのだ? 『飛騨守の要請に従う』と言う名目があれば、周辺の者たちは動けんと思うが、飛騨に儂が見落として蝮には見える不確定要素があるのか? 


「貴殿の望み通り、我らに敵対する全ての国人を排除した後の話になりますが……我らが御家を敵と見做し、飛騨の完全制覇を目指したならばなんとします?」


あぁ、なんだそんなことか。安堵したわ。


それについても確かに何度か考えたが、答えは一つしか出てこなんだ。

そして実際の蝮を見た今、儂の予想は違わぬと確信したよ。


「山城様」


「……何か?」


「某、これまでそのような杞憂に過ぎぬ考えを抱いたことはございませぬし、これからもそのようなことは考えるだけ無駄である。そう確信しております」


「……空を落とすよりはよほど簡単ですが?」


ん? あぁ、もしかして『貴様に白川は落とせん』と豪語したように聞こえたか? 


「そうではありませぬ。なんと申しますか、山城様が直接一度でも飛騨を、否、白川郷を見てくださればそのようなお考えは霧散する。と申しております」


「……それは、どういうことでしょう?」


「はっきりと申せば、我らが住まう白川郷なんぞ、わざわざ兵を出して滅ぼすまでもござらん。最初から『担ぐだけで良い』と、最初から『何もいらぬ』と、そう申している我らを討伐するために兵を出すなど、兵の確保や移動に使う労力の無駄な浪費にございます。そう申し上げたいのです」


「さ、左様ですか」


自らが治める白川郷に攻める価値などない。 儂がそうきっぱりと言い切ったことが想定外であったのか、蝮はなんとも微妙な表情を浮かべる。


「そもそも伝え聞く山城様は、無駄を嫌う御方と聞き及んでおります。そんな御方が、わざわざ山奥のさらに奥にある白川に兵を差し向けるとは思えません」


ついでに言えば、飛騨の山に馴れた国人を滅ぼした後の斎藤家の兵など微塵も怖くはない。

怖いのは蝮が率いる軍勢が飛騨の国人を督戦し、命懸けの戦をさせること、だからな。


あぁ、一応釘を刺しておくか。


「一応、もしも山城様が軍勢を率いて白川郷を狙ったとして、ですぞ?」


「え、えぇ」


「移動だけでも数ヶ月かかる飛騨の奥地に、どれだけの兵を派遣しますか? 白川は十一月には雪が降る山間部ですぞ?」


「それは、また、中々に」


「さらに山城様が飛騨の北端である白川まで動けば、否が応にも越中や越前の連中を刺激しますぞ? 飛騨を攻める際は飛騨守たる某の要請と言う名分が有り申す。しかしその後に某を滅ぼさんとした場合、いかなる名分がおありか? たとえどのような名分を用意したとしても山城様を警戒する者はそれを信じることはないでしょう。白川という藪を啄いて越前の金吾(朝倉宗滴)様という鬼が出てきては本末転倒ではございませぬか?」


貴様の日頃の行い故に、周囲は貴様を信用せん。

特に朝倉は、な。

(飛騨守)と言う名分なくして金吾の動きを止めることが可能か否かなど、考えるまでもなかろう?


「……むぅ」


儂の口から出た尾張の虎と並ぶ、否、それ以上に厄介な男である朝倉金吾の名を聞かされた蝮は、唸り声をあげて考え込む。


ひとまず白川から目を逸らすことが出来た、か? 


……いや、まて。相手は蝮、ここは蝮の巣穴ぞ。

こうして儂に見せている姿すら擬態の可能性もあるのだ。


今のところ最悪の状態にはなりそうもないが、それでも未だ交渉は終わっておらぬ。


気を抜くな。


気を引き締め直した儂は、一見して悩んでいるような表情を浮かべている蝮に対して、更なる追撃を加えるべく口を開くのであった。




少年とおっさんが室内でふたりっきり。

なにも起きないはずがなく……


両者は家臣が集まる謁見の間ではなく、歓待用に造られた茶室っぽいところで会話していると思ってください。


日頃の行いと評判が悪すぎる男、蝮。

爆弾正と違って風評被害とも言い切れないのが悲しいところですってお話



―――


読者様から頂ける★とブクマが作者の執筆速度を加速させるのです!(チラチラ)


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