21話。やましの たたかいは これからだ
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天文二十一年(西暦1552年)三月下旬。美濃稲葉山城
「おぉ! よう参られましたな少将殿!」
「右近将監殿も益々ご健勝のようでなによりです」
飛騨も平地ならばそれなりに雪が融け、数百人単位の移動が可能になったことを受け、氏理は冬の間に精錬した金や銀を上納するために稲葉山を訪れていた。
「ははは! 少将殿のおかげで儂も殿上人となれましたでな! あぁ、失敬。某の立場からすれば、少将様とお呼びした方が正しかったかな?」
「細かく言えばそうなのやもしれませぬが、今更と言えば今更の話ですな。それに」
「それに?」
「官位はともかくとしても、実際の力関係を省みれば右近将監殿に軍配が上がるは明白。にもかかわらず必要以上に遜られても違和感しかございませぬぞ」
「これはこれは」
上機嫌で氏理を歓待する蝮こと利政。普段の彼を知る者ならこの上機嫌すら擬態だと断言して、彼の腹の内を探るのだろうが、今に限って言えば利政に氏理を害する心算は一切なかった。
なにせ利政にしてみれば、氏理が齎した金や銀と、氏理が持つ伝手のおかげで、格安の献金で正式な官職を得ることが出来たのだから。
これによって、美濃守護代という肩書き以外にも国内の国人たちの上に立つ資格を得たのだ。利政からすれば、氏理を『少将様』と呼んで持ち上げることくらいなんのこともない。
その上、氏理は手ぶらで挨拶にきたわけではない。大量の金や銀を手土産として持参している。美濃国内の国人と違い、文句も垂れなければ量を誤魔化すこともなく、素直に高額の上納金を納めてくれる氏理を軽んずる理由はないのである。
加えて、これから自分が取ろうとしている行動を正当化するために氏理の存在があった方が良いという利政の都合もある。
利政の狙い。それは揖斐に居座る美濃守護土岐頼芸を放逐することだ。
これまで利政が彼を放逐しなかったのは、偏に尾張の虎こと織田信秀が頼芸の後ろ盾として存在していたからである。
数年前に行われた戦の後、娘を側室として差し出した上に、嫡男の下にも娘を嫁がせたが、それが美濃斎藤家が織田弾正忠家を取り込めたこととはならない。
利政は己が弾正忠家を呑みこむには、今少しの時間が必要だと見ていた。
そんな状況で頼芸を無理やり美濃から追いやろうとすればどうなるだろうか? これまで支援していた事実や尾張守護斯波武衛との関係もあり、信秀は頼芸を見捨てることが出来ず、利政との敵対を決意せざるを得なかったはずだ。
その場合、わざわざ娘を差し出してまで行った婚姻外交が無意味となるだけでなく、美濃と尾張の間で泥沼のような戦が繰り広げられることになるだろう。
それを嫌った利政は、正面から頼芸と敵対するのではなく、やんわりと、少しづつその影響力を削いでいくこと――具体的には、頼芸と国人との間に溝を作ること――を優先していた。
その一手として、利政は頼芸を支持する美濃の国人たちに以下のようなことを伝えている。
『土岐の鷹(頼芸が描いた絵のこと。特に鷹を描いたモノが有名である。ただしこの場合は誉め言葉ではなく頼芸が美濃の政を省みず、絵画に傾倒していることを揶揄している)とな? 確かに雅なのだろうよ。京におわす公家や公方は喜ぶやも知れぬな。されど我らにとって重要なのは喰えるか喰えぬか。それだけではないか? 餅も鷹も画では意味がないだろう? そのようなことにすら気付けぬなら守護として京へと帰れば良い。いかに儂とて、守護様を弑るつもりはないのだ。京へと行くのならそれなりの扱いをすると約束しよう。そのための準備もしてある』
元々室町幕府の法では、守護は京へ滞在することが義務付けられている。よって鷹の絵や囲碁や歌などに傾倒するくらいなら、美濃に居座らずにさっさと京へと行け。と言ったところだろうか。
美濃の国人からすればまさしく正論であろう。
さらに利政が正式に従五位下右近大夫将監へと任官したのも大きかった。これにより利政が持つ守護代として守護の仕事を代行するという名分が強化されてしまい、国人たちも土岐を擁護することが難しくなってしまった。
順調に影響力を強める中、利政にとっての好機が重なる。
それは尾張の虎と呼ばれた男も病には勝てなかったのか、先日ついに死亡したことだ。
あまりにも自分に都合の良い時期に流れた訃報に、最初は偽装を疑った利政であったが、三〇〇人の坊主を集めた葬儀の模様や葬儀の場で弾正少忠信長が行った行為を耳にしたことで、彼は信秀の死とその後継者争いでこれから尾張が荒れることを確信するに至る。
そこで利政は本格的に頼芸を美濃から追放するための画策を始めたのだが、その時に大きな役割を果たすのが氏理であった。
利政が氏理に何を望むかと言えば、頼芸の説得とそれが不首尾に終わった場合の証人としての役割であった。
飛騨守であり右近衛少将である氏理が、頼芸を飛騨で引き取るなり京へ行くように促すなりしてくれたなら自分が動くよりも角が立たないし、頼芸の周囲にいる者たちもまだ納得できるだろう。
また、利政は頼芸を追放した場合には飛騨から得られる上納金の一部を利政の名で頼芸に流す予定なのだが、そういったことを自分で喧伝するのではなく、氏理に喧伝させようとしていたのだ。
これにより『美濃の蝮は土岐を粗略に扱ってはいないのではないか?』だの『土岐も守護として扱われておるようだし、むしろ忠臣なのでは?』だの『しかし土岐も情けない。この戦国乱世で国内のことよりも絵に傾倒してなんとするつもりか。それでも武家か?』だのと京の人間に思わせることで、頼芸の評判を落とすとともに自身の評価を上げつつ実利をも得ようという魂胆だ。
言ってしまえば利政は自身に都合の良い評判を広げるための、言わば広告塔としての仕事を氏理に望んでいるのである。
このようなことを目論む利政が氏理を害するはずがない。……まぁ余りにも腑抜けた態度を見せたらその限りではないが。
そして蝮を前にした氏理に『腑抜ける』余裕など、ない。
「して、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいか?」
「……ふむ」
氏理が真顔で利政に語り掛ければ、これまで好々爺然としていた利政もその表情を改め、蝮と呼ぶにふさわしい謀将の貌を見せつつ、その口を開く。
「本題、ですか。包み隠さずに申しましょう。誠に情けない話ではありますが、手前には此度わざわざ少将様ご自身が美濃まで見えられた目的が掴めませなんだ。故に率直に伺います。飛騨か越中で何ぞ問題でもございましたかな?」
これは利政の謙遜でも嫌味でもない。
実際に利政は、南飛騨を任せている堀から『少将様本人が稲葉山へと顔を出すつもりだ』と知らされた際、氏理の目的を推し量ろうとしたのだが、流石の蝮の目も雪に覆われた飛騨や越中の奥まで届いてはおらず、今に至るまで氏理が何のために稲葉山へ来たのかを掴めていなかったのである。
また利政は氏理を自身に匹敵する謀将と捉えており、腹の探り合いをするくらいなら正面から問いかけた方が答えを得られると判断していた。
そして、その利政の考えは一部を除いて間違ってはいない。
「右近将監殿が包み隠さぬと言うのなら、某も率直に言わせてもらいましょう。此度は右近将監殿が何処を見ているかの確認に参りました」
(あぁ。それか)
「何処をと、言われますと?」
実際はこの時点で氏理が言いたいことを理解していた利政だが、敢えて氏理の口から言わせる為に素知らぬ振りをして先を促す。
(この毒蛇が)
「右近将監殿が土岐を追い出した後のことになります。美濃国内の統治に専念為されるのか、他国に目を向けるのか。そして他国に目を向けるとすれば、それは東西南北いずれになるのか、ですな」
東は信濃。武田と村上が係争中であるが、守護である小笠原家が不在の今、利政にも手を出す余地があるとも言える。
西は近江。今年一月に菅領代として名を馳せた先代定頼を失ったことが未だに尾を引いており、国内には三好からの調略の手が及んでいる他、北近江を治める浅井との間にも不協和音が見えている。当然利政は隙を伺っているところだ。
南は尾張。信秀が死に、弾正忠家内部で家督争いが発生することはほぼ確実。その中心となるであろう信秀の嫡男、弾正少忠信長は利政にとって娘婿なので介入の口実には事欠かない。また尾張の国人の中には早くも利政へ恭順しようとする者達も居るので、これも美味しい相手だ。
北は飛騨、ではなく越前。未だ越中での一揆が収まっておらず、北陸の一向宗が活発化している今、老齢の朝倉金吾を使い回す朝倉家には隙が見える。
そして国内。周辺諸国が荒れているからこそ、落ち着いて足場を固める好機である。
「……なるほど」
(確かに、儂の存念を知らぬ者からすれば、儂がどこに目を向けてもおかしくない状況は確かに怖かろうよ。今のところ外征は考えておらぬが、それはこやつには与り知らぬこと。儂の動向は弱小勢力である内ヶ島家にとっては死活問題であるが故に自らの目で確認をしに来たか。さて、これはどうしたものか)
ここで最初から「外征の予定はない」と告げればそれで終わる話なのだが、自身の出方次第では氏理に貸しを作ることが出来る状況を前にして、利政は思わず考え込んでしまう。
しかし、考え込むと言うことはそこに何かしらを差し挟む余地があるということだ。
「某の視たところ、右近将監殿の存念は未だ定まっておらぬ模様。で、あれば好都合」
「ほう?」
(好都合、だと?)
「某としては、右近将監殿と共に、我らの共通の敵に当たりたい。そう考えております」
「共通の敵、ですか?」
「えぇ。先ほどの東西南北の話で言えば東、にござる」
「東。……村上、ではござらんな。では信濃にちょっかいを出している虎のことでしょうか?」
利政はその脳裏に、現在進行形で自らの血肉を喰らいながらのたうち回る、餓えた虎の姿を思い浮かべる。
「左様にございます」
「ふむ」
「あの餓えた虎が、このままでは北信濃を得られぬと判断した際、隣国の美濃や飛騨へ食指を動かさぬとは言い切れませぬ。違いますか?」
「然り。……それに、少将様はまだ知らぬでしょうが」
「何か動きが?」
「動きと言いますか。去る一月のこと。大膳大夫は信濃守護を得んがために公方様へ献金を行っておりましてな」
「なんと?! 確かに信濃守護小笠原家は武田に敗れて居城を逐われてはおりますが、未だに滅んだわけではございませぬぞ?」
「左様。公方様もその事は存じ上げておったようでしてな。大膳大夫の名代として訪れた使者に対して『貴様等が信濃守護を放逐しておきながら、どの面下げて余の前に参った!』と叱責なされましてなぁ」
「それは、そうでしょう。多少の献金で武田の所業を認めては、幕府の秩序など無に帰しますぞ」
「ごもっとも(いやはや。飢えで頭が回らなくなった虎のおかげで助かったわい)」
利政としては、彼らがこうして失敗してくれたおかげで、自分も土岐の扱いに注意を払うよう心掛けることが出来たのだから、今回の彼らの失敗はある意味で「ありがたいことだ」とさえ思っている。
しかし周囲の大名たちからすればそう簡単な話ではない。
「……では猶更、虎が騒ぎまわることでしょうな」
「左様。戦にも勝てぬし、献金しても叱責された。これでは大膳大夫の面目は丸潰れにござる。加えて、甲斐では献金の為にかなり無理をしたようですぞ」
「……よもや一度差し出した銭を返せとも言えませぬ。なれば彼らは、失った分を取り戻す為に死力を尽くして動きましょう」
「でしょうな。そうせねば飢え死にが待っております故」
「……初めから無理に戦などせねば民も国も餓えることはなかったでしょうに」
「然り。されど甲斐はそれが出来る程豊かな土地では無かった。それだけの話にござろう」
「……」
利政の言葉に神妙な顔で頷く氏理。
しかしながら、当然氏理は武田家の窮状を理解している。
と言うか氏理こそが武田家を追い込んでいる元凶ですらある。
では何故、氏理がその事を一言も言わずに利政の言葉に相槌を打っているのか? それは……
(蝮は儂の関与に気付いてはおらぬ、か。小笠原についても知らぬようだし、これなら今暫くは誤魔化せよう)
そう。氏理は利政がどこまで信濃の情報や、己の情報を掴んでいるかを探っていたのだ。
「信濃の民には同情致します。しかしながら、我らとて彼らに血肉を貪られるわけには参りませぬ。特に飛騨などは右近将監殿に万一のことが有れば、即座に食い破られます故」
「……少将様は某に壁になれ。と?」
「平たく言えばそうなります。ただ、右近将監殿も黙って喰われる気はないでしょう?」
「当然ですな」
「無論、無償で右近将監殿を働かせようとは思っておりませぬ。……土岐殿の件はお任せ頂きたく」
「ほう? そこまで見えておりますか」
「当然ですな」
氏理が利政と同じように嘯けば、利政は、ただニヤリと黒い笑みを浮かべて応じる。
元々利政とて無償で氏理に土岐の処理をさせるつもりはなかった。
同時に、氏理に何かを支払うつもりもなかった。
基本的に利政と氏理は、決して対等な関係ではない。
利政は圧倒的な軍事力の差を以て圧力を掛けつつ、それを『後ろ盾』と言い換えて、氏理に譲歩を迫ろうとしていたのだ。
しかし、ここで氏理の側から具体的な『盾』としての役割を提示してきたことにより、利政の狙いは破綻した。……かに見える。
だが、実際は破綻などしていない。
何故かと言えば利政は、もはや甲斐武田家には美濃まで遠征するだけの力は残っておらず、氏理が懸念するようなことは発生しないと判断していたからだ。
来ない敵に備えるだけなら無償も同然。
加えて今の利政は、美濃守護代として信濃守護を滅ぼさんとする甲斐武田家の危険性を理由に、東濃に位置する岩村や苗木を治める国人たちに転封を促すことも、その指示に逆らう者を取り潰すことも可能な立場にある。
ならば、面倒事であった土岐の件も片付く上に、東美濃を纏める口実も出来るのだから、利政にとって損はない。
それどころか、実質的にタダ働きをさせようとしていた氏理が、自分から土岐を受け持つと言う申し出をしてくれたおかげで、今後は『利政が土岐を追放した』とは言われなくなるのだから、万々歳と言っても良いだろう。
(クフフフフ。現時点で信濃に目を向けるだけの視野の広さは認めるが、肝心なところは若造よ。この儂を利用した気になっておるのだろうが、牙の届かぬ場所で騒いでおるだけの虎の断末魔に怯えるようではまだまだ甘い)
どれだけ獰猛で危険な虎であろうと、届かぬ爪牙に何を恐れることがあろう。
猛虎の断末魔? 子守歌に丁度良いではないか。
そう嘯く利政は、氏理の狙いを僅かに読み外していた。
(ふむ。この分では蝮が徳栄軒に支援することはなさそうだな。ついでにどちらに転ぶかわからぬ東濃の国人も滅ぼしてくれるのであれば、尚更徳栄軒に助力することはない。あとは今川だが、今の徳栄軒を支援するくらいなら先代を旗頭にして攻め込むだろう。ならばこれにて信濃筋は安泰となろう)
氏理は利政が武田に負けることを警戒したのではなく、逆張りという意味で武田を援助し、貸しを作ろうとする可能性を警戒していたのだ。
加えて、信濃と美濃の国境に当たる東濃の国人が、武田の脅しに負けて物資を譲り渡すことも警戒しており、それを防止してもらう、もしくは東濃の国人を蝮に滅ぼして貰うことも氏理の狙いの一つであった。
(塩を得られず国ごと死にかけておった徳栄軒に対し、何をトチ狂ったか塩の施しを行った不識庵が如き振る舞いをされても困る故、な)
一応氏理も、謙信が信玄に塩を送ったのは、甲斐に商人を送り込んで販路を得る為だとか、今川氏直と共謀して塩を止めた北条氏政への当てつけだとか、商人を通じて甲斐や信濃の情報を得ようとしたとか、様々な意図があったことは理解している。
しかし、だ。
販路を得る為だろうが北条への当てつけだろうが、信濃守護の小笠原や村上を内に抱え、彼らの前で散々信玄を罵倒し、常日頃から『信玄だけは許さん』とまで公言していた謙信が、弱体化した信玄を攻めず、あまつさえ施しを行ったことが、国内外にどれだけ悪影響を与えたことか。
周辺の大名にとって最悪だったのは、このとき越後筋から得られた塩のおかげで多少持ち直した甲斐武田が、そこで出来た余裕の全てを今川にぶつけることで駿河を手に入れることに成功してしまったことだろう。
これ以降武田の勢力は拡大の一途を辿ることとなり、気付いた時には越後一国しか持たない上杉家では、単独での信濃や上野の奪還が不可能になってしまったのだ。
結局上杉は武田に対抗するために、武田同様宿敵とまで罵っていた北条と同盟を結ばざるを得なくなる。
これらの一連の動きのせいで、謙信は越後の国人から「戦以外は頼りにならぬ阿呆」と判断され、その信用を著しく損ねてしまった。
また、戦と銭と酒しか頭にない阿呆こと不識庵のせいで被害を被った者は、越後周辺の者だけではない。
その被害者は、武田に滅ぼされた今川を始めとして、西上作戦に巻き込まれた徳川、織田。武田に踊らされる形となった浅井、朝倉、足利、六角に本願寺。国人に至っては名前を上げれば切りがない程存在する。
そして、意外と知られていないことだが、武田勢は飛騨にも何度か出兵している。
その嚆矢となったのが天文二十四年。武田に臣従していた東美濃に根を張る国人、遠山某による飛騨侵攻だ。
それからと言うもの、武田勢は長尾との戦に破れたり苦戦したり戦わなかったりした後に、憂さ晴らしと言わんばかりに飛騨へと兵を入れ、その都度乱暴狼藉を繰り返しており、氏理としてもかなりの迷惑を被っていたのである。
だからこそ氏理は、恨み骨髄に至る武田や東美濃の国人たちを確実に抹殺するために、蝮の目を東に向けさせようとしているのである。
(武田は滅べ。武田に味方する国人も滅べ。連中が度々越中の一向衆を動かしたせいで、我らがどれだけ面倒に巻き込まれたことか……思い出すだけで腸が煮え繰り返るわ!)
その時の苦労を思い出し、思わず苦々しい顔をする氏理。
氏理の対面に座っていたことで、その苦悶に歪む表情を見ることができた利政はと謂えば
(む? この表情は、恨み? 少将は大膳大夫を恨んでおるのか? しかし少将と大膳大夫に接点はないはず。……いや、これは甲斐や信濃での大膳大夫の所業を知って義憤に駆られているのか。うむ。やはり若いな)
と、若干ずれてはいるものの、氏理の内心を推し量ろうとしていたそうな。
――山師と蝮。
擦れ違う互いの内心はともかくとして、氏理は三木に並ぶ仇敵である武田徳栄軒信玄を滅ぼすことが、今後の内ヶ島家の動向を定める為に必要なことであると確信していた。
(長尾と一向宗、そして前右府との繋ぎを作った今、残る脅威は甲斐武田、否、徳栄軒信玄! 最低でも奴はここで殺す。なんとしても殺してみせるっ!)
史実に於いて、元亀・天正の激動の時代に三木、武田、上杉、本願寺、織田、佐々、羽柴、と言った大勢力に揉まれ、死力を尽くして戦って、何とか生き延びたかと思えば最期は天変地異によって滅亡すると言う、哀しき運命を辿った内ヶ島氏理。
己に降りかかる宿命を覆さんとする氏理の戦いは、未だ始まったばかりである。
東西南北中央腐敗。
別に美濃に限ったことだけじゃないのが戦国クォリティですよねってお話。
謙信は一度酒を止めるべきだと思う(真顔)
―――
十万字で纏める予定が全然纏まらなかったので強制エンド。
本格的にプロットを造り直したら再開するかもしれませんが、今はこの辺で終了させて頂きます。
拙作を閲覧して下さった読者様。
感想を下さった読者様。
ポイント投下して下さった読者様。
ブックマークして下さった読者様。
誤字訂正をして下さった読者様。
誠にありがとうございました。