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18話。考える山師

文章修正の可能性あり

氏理と利政、そして三郎信長の三者が連名して行われた献金は禁裏と幕府にそれぞれ金一〇〇両、銀五〇貫(一八〇キロ:およそ一三〇〇枚)となり、両方の金額を合わせれば銭にして二五〇〇貫文(二億五千万~三億円)という大規模の献金となった。


これは天文十二年に織田弾正忠家の当主である信秀が献金した四〇〇〇貫には届かぬものの、山科言継などが赴いて献金を依頼したわけでもなければ、特定の官位を得るためでもなく、さらに停戦などの代償などでもないという、所謂『純粋な献金』であったことが高く評価され、献金を主導した氏理に正五位下近衛少将への補任と屋形号の使用を許可する旨が伝えられる。


次いで金額の大きかった斎藤山城守利政には従五位下右近大夫将監を、そして三郎信長には父である信秀が従五位下備後守であることや、彼の家が織田弾正忠家を名乗っていることを考慮して従六位弾正少忠を授けられた。


これにより利政はどこの誰ともわからぬ無位無冠の輩ではなくなり、美濃守護代として美濃国内だけでなく周辺諸国への影響力を増すことになったし、三郎信長も『禁裏や幕府が信長が弾正忠家を継ぐことを承諾した』と内外に示すこととなったのだから、両者としては氏理の狙いが読めないことに一抹の不安があることを除けば万々歳と言っても良い結果と言えよう。


だが、氏理としてはそうも言っていられなかった。


「右近衛少将、か。これは公方と禁裏が接近したと見るべきか? それとも禁裏が公方を頼りなしとして、武家を取り込もうとしている? ならばその第一歩が京から遠い飛騨にいる儂を近衛府の将官に任ずることで、公方らの反応を見定めようとした、か?」


氏理は自室に用意した地図を前にし、自身を近衛府の将官に任じてきた禁裏や、それを認めた幕府の狙いを考察し頭を悩ませていた。


基本的に形骸化しているとはいえ、近衛府というのは禁裏と帝を守護する為に組織された部署である。

しかし、公家には個人の武力もなければ兵もなく、それどころか人を集めてもまともな武装を調える金すらないのが現状だ。


そういった事情もあって現在帝を守護する役目は幕府が、もっと言えば征夷大将軍を輩出している足利将軍家が担っているということになっている。


よってこれまで公家の子弟に与えられてきた近衛少将や近衛中将と言った役職は、あくまで帝の傍に侍る公家に与えられる名誉職のようなもの(現状殆どの職が有名無実の名誉職とは言ってはいけない)であり、間違っても武家に、それも京から離れた飛騨の武家に与えられて良いものではない。


「にも拘わらず、儂に右近衛少将が与えられた。……何故だ? やはり禁裏が公方を見限ったのか?」


公家や帝が、己を守護する征夷大将軍を見限ることなどあり得るか? と問われれば、氏理は「見限らない方がおかしい」と答えるだろう。


そもそも応仁の乱以降の征夷大将軍は、その任を果たしてるとは口が裂けても言えない状況であった。


ここ最近だけでも三好と足利の争いが激化する中で、一昨年(天文一八年)に江口の戦で敗れて京を逃げ出したことや、先代義晴が去年(天文一九年)薨御(こうぎょ)したことに始まり、その後の中尾城の戦いでも敗れて近江へ逃げ出した挙句、今年(天文二〇年)に至っては三月の長慶暗殺未遂、五月の河内守護代・遊佐長教暗殺疑惑、七月の相国寺での戦等々『一体京になんの恨みがあるのか』と声を上げるほど無駄に戦を繰り返していることから、京は現在進行形で荒廃の一途を辿っているのだ。


当然、これらの事態を引き起こしておきながら、幾度となく京を見捨てて逃げている公方足利義藤(義輝)に対しての禁裏や公家の評価は極めて低く、現在のところ叔父の太閤(前関白)近衛稙家や近衛家を含む摂関家との仲は『最悪』と言っても良い。


「そんな中であっても、飛騨からの献金を山分けすることで連中に連帯感でも出たのか? 黄金に魅せられた連中ならそれもありえなくはないだろうが……いや、やはりそれだけではなかろう」


一応、現在の内ヶ島家の評価は『幕府の国持衆であり、長年幕府の為に飛騨で山を掘っていた一族』である。


その評判を作るために「ここ数十年献金をしていなかったのは、怠っていたのではなく、鉱山の金や銀が枯渇したためであり、最近になってようやく大きな鉱山を見つけたから献金を再開できるようになった」と言う架空の物語を作ったし、公家もその事実を認めたからこそ、最初の金一〇〇両程度の献金で飛騨守となれるよう公方に奏上してもらえたのだ。


で、あれば、だ。


「京の者たちにとって内ヶ島家は足利家の被官という認識が強い。だからこそ献金の分け前を貰う為に公家が公方へと接近している? そう考えれば、一応の辻褄は合う。……あぁそうか」


足利の被官であれば幕府の被官。つまり近衛府の役職を与えても違和感はない。もっと言えば、先代の足利義晴は右近衛大将。ならば右近衛少将も公方の部下と言えなくもない。


「だが、いつまでも公方を介して献金を受けていては公卿(くぎょう)も主上も面白くはないわな。故にこうして儂を近衛少将任官とすることで、公方が京を捨てた際には直接儂へと繋ぎを付け、献金させようとしているのか」


現在の左近衛大将は後の関白である近衛晴嗣(前久)で、右近衛大将は西園寺公朝だ。つまり右近衛少将である氏理には幕府を通さずに献金が出来る伝手が出来てしまったと言うわけだ。


今の氏理は、幕府の人間として認められてはいるものの、言ってしまえばそれだけだ。


幕府の権威を認める者にとっては十分な対価かもしれないが、とうの昔に幕府を見限っている氏理にとっては、屋形号も国持衆の肩書きもそれほどありがたいものでもない。


一応幕府としては氏理に飛騨守護職や越中守護職を与えることは出来るが、飛騨守護職は京極家であり、越中守護職は畠山家の家職である。


両方とも落ちぶれているとは言え京に近い勢力なので、余程のことがない限り氏理が守護職に任じられることはないだろう。(その余程のことをするのが義藤という男でもあるのだが)


「本来であれば朝廷との交渉など前右府に一任したいところだが、な」


今の信長は未だ尾張の国人の跡取りに過ぎないため、朝廷との交渉など出来るはずもない。


かと言って氏理にそれが務まるか? と言われれば、答えは否。


「儂には京に巣食う魑魅魍魎の相手をしている(ゆと)りなどない」


元々己にそのような事が出来るとも思っていないからこそ、氏理は金だけ渡してあとは向こうの判断に任せるようにしているのだ。


それが義藤や禁裏には殊勝な態度に見えてしまい、氏理の評価が上がることになっているのだが……氏理とすれば、別に彼らに気に入られる必要はないと思っている。なぜなら、氏理にとって重要なのはいずれ美濃を握り、天下に号令をかけるであろう信長から瑣末(さまつ)な扱いを受けないことだからだ。


よって氏理は、ある程度の官位があれば、それ以上のモノを望んではいないと言っても良い。


「……唯一の救いは、いくら儂が公方や禁裏に評価されようとも、現在京を握る三好は飛騨まで手を出せぬし、儂も畿内の戦に関わる必要がない。と言うことか」


もしも氏理が美濃の国主であったなら、なし崩し的に畿内の戦に巻き込まれていただろう。もしも越中全土を手に入れていれば、越後の長尾と共に公方のために働かされていたかもしれない。


しかし現状はどうか。


禁裏に献金することについては黙認するとしても、幕府に献金を続ける内ヶ島家の存在は、幕府の権威を失墜させたい三好からすれば目の上のたん瘤と言える存在になりつつあることは疑いようがない。


だが、四国や畿内を根拠地とする三好家にとって飛騨は遠すぎた。


適当な名目を付けて征伐の軍勢を興そうにも、道中にある近江六角家や、背後の紀伊畠山家は三好の敵だし、美濃斎藤家は内ヶ島と共に献金を行った仲。


ならば美濃斎藤家と敵対する越前朝倉家はどうかと言えば、彼らには加賀の一向一揆と言う敵がいる上、何を企んでいるかわからない美濃の蝮はともかく、長年の忠義から幕府や禁裏に献金を続けているとされる内ヶ島家に対しては攻める口実がない。


信濃は村上と武田が争っており飛騨に目を向ける余裕がない。越中は係争中。越中の隣の越後はようやく一段落つきそうだが、越後守護代の長尾家は幕府を支える内ヶ島家の味方になることはあっても、三好に味方をすることはないだろう。


よって、事実上三好を敵に回している内ヶ島家が警戒すべき相手は、美濃の蝮こと斎藤利政と、彼と反目している美濃斎藤家が嫡男、新九郎義龍のみ。


「……最も警戒が必要なのが、衆目には同志と見られている蝮と言うのがなんとも言えぬな」


苦笑いをする氏理だが、これは冗談でも何でもない。もしも氏理が隙だらけの脇腹を晒せば、氏理を評価しながらも警戒している利政は、容赦なくその脇腹に喰らいつくはず。


「だがその蝮も失態を犯した」


従五位下右近大夫将監。これまでその出自によって虐げられてきた利政にとって、この官職がどれだけ甘美な匂いを放つかは想像に難くない。


だが、老い先短い蝮が官職を得るくらいなら、嫡男である義龍に官職を与えた方が統治と謂う意味では有用だろう。


「それをせずに己が官職を得たのは、己に反目姿勢を強めつつある嫡男の新九郎ではなく、別の息子に後を継がせたいと蝮が考え始めたから。……少なくとも新九郎や周囲の者はそう考えるだろう。いや、そう考えるように仕向ける」


氏理が隙を見せれば即座に呑み込まれると言うのは紛れもない現実である。

しかし、蝮が隙を見せた際にまで氏理が大人しくしている道理はない。


「そのための資金は十分よ。ククク、畑から採れる米や、商人が生み出す銭しか見えていない尾張の前右府も、美濃の蝮も気付くまい。儂が越中で何を得たかを、なぁ」


先日の戦で氏理が得たのは婦負郡南部と新川郡南部で、合計してもおよそ八万石に過ぎない土地だ。


さらに言えば、両方とも要衝と言えば要衝だが平野よりも山岳地帯が多いので、椎名も神保も石高以上の価値は見出しておらず、目の前の宿敵を放置してまで取り戻す土地だとは考えてはいない。


当然越中の事情を知らない利政も、氏理が八万石を得たことは警戒しても、その内情までは理解できていない。


だが氏理からすればそれは大きな間違いだ。


「クククっ。飛騨の山と越中の南部に存在する山岳地帯のほぼ全てを得た! さらに信濃方面の山も手付かずであった! これらが生み出す金や銀。銅に鉄に硫黄! その全てが儂のものよッ!」 


利政との契約は『飛騨の山から取れる鉱山資源の七割』であり、その中には越中も信濃も含まれてはいない。


さらに言えば、この『七割』とて南蛮吹きを知らぬ飛騨の国人からみた数字でしかない。


何が言いたいかというと、氏理は利政が付けた監視役を前にしてはこれまでの常識的なやり方で金や銀を精錬し、そうして出来た七割の鉱山資源を利政へと渡していたのである。


そして余った鉱石や元々屑鉱石扱いされていた鉱石は「城の防備を高めるために使う」と言って回収し、白川郷へと持ち込んでさらに搾り取っていたのだ。


当然その分の申告など行うはずもない。


飛騨の鉱山だけでさえ十分な裏金を作る下地が出来ていたところに、越中の山岳地帯まで得たのだ。今後蓄えることになる金や銀のことを思えば、氏理でなくとも笑いが止まらない状況であろう。


「ククククク。新九郎やその周囲の連中がどこまで黄金に抗うことが出来る? 甲斐の亡者がいつまで耐えられる? あぁそうだ。越後の山賊に黄金をばら撒き、越中で暴れさせるのも面白いやもしれんなぁ?」


潤沢な資金で以て美濃と信濃を揺さぶりつつ、越後の国人に十分な金銭を与えることを約束し、領土欲がない景虎に適当な大義名分を吹き込んで越中を攻略するよう働き掛けさせる。そうして景虎へ越中侵攻を(けしか)けて椎名や神保を滅ぼせば、長尾が去った後の越中を自分が得ることも不可能ではない。


能登の畠山? 黙っていても内訌(ないこう)で分裂する連中に手を出す必要はない。

加賀の一向衆? 同じ一向衆を使って懐柔すればいいし、無理なら越前の朝倉と挟撃するだけ。


氏理の脳裏に浮かんだ構想は、今は画餅(がべい)に過ぎない構想である。長尾景虎や越後の国人衆が彼の思うままに動くかどうかも定かではない。


だが、氏理としては越後勢が動こうが動くまいが構わないのである。なにせ時間の経過とともに氏理の下に集まる鉱山資源が増えていくのはもはや確定した事実なのだから。


そして稼いだ金が多くなれば多くなるほど、氏理の取れる手段は大きくなるのだ。


「クハハハハハハハ!」


謀将に金と余裕を与えてはいけない。


誰もが知っている事実だが、現時点で氏理のことを理解し、警戒している諸侯は驚く程少ない。


それは美濃の蝮という周囲に名高い謀将を隠れ蓑にしているせいでもあるし、そもそも飛騨という辺境の地に住まう山師を知る者が少ないからでもある。


現状で氏理が目論む謀を阻むことが出来る者はただ一人。


周辺の大名たちの命運は、美濃の蝮こと利政の手に掛かっているのかもしれない。



リザルト回?


頑張れ利政! 全ては君次第なんだ! 

……いや、別に氏理君が悪役ってわけじゃないんですけどね? ってお話


―――


そろそろ10万字……


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