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14話。誘われる山師

文章修正の可能性あり

五月。越中に於ける騒乱を余所に、氏理が治める飛騨では無事に田植えも終わり、内ヶ島家中の者たちも「さぁこれから飛騨国内の鉱山を掘ろうか」と新たな山に思いを馳せていた時節のときのこと。


大野郡に勢力を誇った姉小路三家が一、小島姉小路の拠点であった天神山城を拠点とする氏理の下に、一人の客人が訪れていた


「久しいな御坊、飛騨守に就任して以来か?」


その客人の名は、白川郷中野に拠点を置く光曜山照蓮寺が一〇世明心。


五〇を越える老僧であり、氏理にとっては叔母である先代氏利の妹を娶っていることから、義理の叔父となる男だ。


「はっ。飛騨守様におかれましては先の戦で大野郡を得られたこと、謹んでお慶び申し上げます」


「……僧が戦を喜んで良いのかどうかは分からぬが、まぁそれについては良い。互いに暇というわけでもなし。早速本題に入ろうではないか。此度の用向きは大野郡での寺院を建造するにあたっての許可と寄進の申し出か? はたまた今も越中で斎藤と争っておる専光寺門徒への援軍か?」


義理の叔父だろうが老人だろうが、今の氏理にとっては関係ない。


さっさと話を進めようとする氏理の態度に一瞬呆気に取られた明心であるが、ここまではっきりと言われては韜晦も諧謔も無意味と判断して、素直に用件を述べることとした。


「……強いて言うなら両方。と言いたいところでございますが、まずは後者にございます」


と言いながらも、明心の内心は前者の方に重きを置いていた。


確かに同門である専光寺門徒への援軍は急務である。しかしながら所詮は他の国の他の寺のことであり、飛騨国内に於ける自分たちの勢力拡大と比べれば、どうしてもその扱いは軽くなるのは当然のことだ。


それに越中へ援軍を出すとなれば、当然軍費が掛かることになるのも痛い。


何が痛いかと言えば、黙っていれば内ヶ島家から寄進を受けて寺院を造立(ぞうりゅう)できるかもしれないと言うのに、こうして氏理に援軍を要請することで、逆に自分たちが内ヶ島家に報酬を支払わねばならなくなってしまうことが痛かった。


よって明心の心の中に、越中で一揆を起こしている連中に対して「余計な真似をしやがって」と言う気持ちが無いわけではない。


だが、正式に援軍要請を受けた以上は断るわけにもいかない事情がある。


それと言うのも、今でこそ内ヶ島氏とは良好な間柄であるが、もし彼らが越中斎藤氏との戦に破れて滅ぼされてしまった場合、いざ自分たちが内ヶ島に弾圧されると成った時に助けてくれる勢力を喪失してしまう事になるからだ。


重ねて言えば、隣国である越中に照蓮寺と繋がりのある浄土真宗寺院があること自体、自分たちへの弾圧に対する抑止力となるので、どうしても彼らには一定の勢力を保持して貰いたいと明心は考えていた。


故に明心は氏理が差し出してきた『新たな寺院の造立の許可やそのための寄進』と言う甘い餌を泣く泣く一時後回しにしてでも(決して諦めたわけではない)越中への援軍を求めることとしたのである。


そんな事情から、心の中で血涙を流しつつ援軍を要請してきた明心を見て、気が乗り切らない態度を作りつつ氏理は内心でほくそ笑んでいた。


「……やはりそちらか(来たか)」


なにせ氏理が冬に信濃からの帰途で越中を通過する際、専光寺へ立ち寄って寄進を行ってきたり、さらにその席で専光寺の住職らに対し「我らは蓮如上人(本願寺八代宗主蓮如)の代から真宗(浄土真宗)と共に歩んできた」だの「先年に行われた戦で山城殿の合力を得て飛騨はほぼ統一されている」だの「大野郡を得たおかげで今後は兵に余裕ができそうだ」だの「何事もなければ大野郡にも照蓮寺の新坊を造ってやれそうだ」だのと散々煽りを入れて来ていたのは、(ひとえ)にこのためなのだ。


ただでさえ春先になれば蠢動する一向宗が、近場にいる味方になりそうな輩を放置することなどありえない。さらに言えば、内ヶ島に余裕があると言うことは、彼らと共にある照蓮寺にも余裕があると言うことでもある。


そうなると話は簡単だ。


『自分たちが必死で戦っているのに、隣の照蓮寺は高みの見物か?』

『いや、それどころか内ヶ島から寄進を受けて新坊を建立するそうだ』

『……許せん』

『あぁ、許せるはずがない』

『『『『巻き込むぞ』』』』


教義に加え、僻みと妬みを膨れ上がらせた専光寺の幹部が照蓮寺に援軍を要請する。そして自分だけで戦いたくない照蓮寺が、ある意味元凶である氏理にも協力を申し入れるのは当然の流れとなる。


まして援軍を出すのは一介の国人に非ず、朝廷と幕府に認められた飛騨守だ。よって、もしも一揆衆が氏理を旗頭にすることができれば、一揆衆はただの農民一揆ではなくなる。これは蓮如が唱えた王法為本(おうぼういほん)の教えにも沿うことなので、他の真宗の連中が文句を言っても封殺出来る。


そう謂った思惑があり、専光寺は照蓮寺を通して氏理への出陣を願い出てきたのだ。


当然それらの思惑を理解している氏理に断ると言う選択肢はない。


(さりとて即座に応じれば周囲に裏を疑われる、か。面倒なことよな)


援軍を出すことは決定している。しかし今後のことを考えた氏理は、一つ手間を掛けることにした。


「正直に申せば、御坊の用向きが専光寺への援軍であることは予想できていた。しかし此度は寄進を願われた方が楽であったな」


「……と、いいますと?」


いまいち乗り気ではない様子の氏理を見て、明心は『我らに恩を売れるし、あわよくば越中の土地を奪うことも出来るはずなのに何が不満なのだ?』と首を傾げる。


「御坊らが同門の徒に協力したい気持ちは理解しておる。(あた)う事ならば儂とて信仰の為に立ち上がった民を見捨てたくはない。だが、今の儂らは美濃の蛇に牙を突き立てられている状態にあり、そうそう簡単に身動きがとれる立場ではないのだ」


「蛇、美濃の蝮ですか」


「そうとも言うな。で、その蛇殿が南飛騨に兵を集めておるのは知っておるか?」


「……はい」


「ではこの兵どもの狙いは奈辺にあると御坊は思う? 儂への警戒か? それとも『隙を晒せば呑み込むぞ』と言う警告か?」


「……」


利政や利房が聞けば「自分で用意させておきながら何をほざくか!」と呆れるところだが、事情を知らない明心は真剣に蝮の狙いを考える。その結果出た答えは……後者。


「儂は後者と考えた。御坊が知っておるかどうかは知らぬが、我らは飛騨の鉱山から取れた金や銀の七割を美濃に対して献上するよう命じられておる」


「それも、存じ上げております」


つまり内ヶ島家は美濃斎藤家の傀儡。逆らえば土岐家のように追放されるか滅ぼされてしまう。それが今現在飛騨に生きる者たちの共通認識となりつつあるのが現状であった。


これも利政らが聞けば「そっちから言い出したことだろうが!」と声を荒げるだろうが、事情を知らない明心にとってはどうしても蝮の悪名が(まさ)ってしまう。


日頃の行いは大事。そういうことだ。


閑話休題。


「……つまり美濃の蝮が存念は『余計な真似をせずに鉱山を掘っていろ』と?」


「だろうな。加えて言えば、連中は儂が勢力を拡張させることを望んではおらぬ」


「……」


現状内ヶ島家が飛騨に二万石しか持たぬからこそ、制御が容易なのだ。これが越中にまで所領を得るようになっては制御が難しくなってしまう。支配する側がそれを嫌うのは自明の理。


現在飛騨を実質的に支配している人間は、周辺諸国にまでその悪名を轟かせる蝮。嫌われてしまえば何をされるかわからない。否、丸呑みされてしまう未来しか見えないのである。


「それに加えてもう一つ懸念がある」


「もう一つ?」


「うむ。儂ら飛騨勢が越中に出るには、どうしても婦負郡の城生城を抜かねばならん」


「左様ですな。……あぁ、そういうことですか」


頭の中に地図を浮かべた明心は、氏理が言う『懸念』が何かを理解する。


「気付いたか。城生城を治めるは越中斎藤氏を継ぐ斎藤伯耆守利基だ。そして越中斎藤氏は美濃の蛇殿の同輩よ」


実際のところ利政は藤原北家利仁流斎藤氏を祖とする斎藤氏とは血縁も何もあったものではないが、誰よりも権威の重要性を理解している利政が、それを軽んずることはない。


よって越前斎藤氏だろうが越中斎藤氏だろうが、頼られれば何かしらの形で応えようとするだろうし『同族と敵対した』となれば、氏理に対しても何かしらの罰を与えようとするだろう。


だからこそ内ヶ島家は動けない。そう言われてしまえば、明心には返す言葉がなくなってしまう。


「故に金だけで済ませられる寄進の方が楽であったと言うのは儂の本心よ。民心の安定も領主の勤めであるし、な。で、どうだ?」


「……どう、と言われますと?」


「御坊からの用件を寄進に切り替えぬか? と言う意味よ。儂は越中への援軍について何も聞いておらぬ。御坊も援軍の要請は受けておらぬし、しておらぬ。そういうわけにはいかぬか?」


「それは……」


氏理が語った内容は、理解しやすく、嘘や偽りで誤魔化しているわけでもないことは明心も理解している。正直に言えば明心とて専光寺には『援軍を要請したが断られた』と言って、氏理から寄進をもらいたい。


しかし、しかし、だ。


越中の一揆勢が鎮圧されても、専光寺が滅ぶわけではない。ならば一揆に失敗した後に『同門を見捨てて寄進をもらい新坊を建てた』と言う風聞を立てられることこそが、照蓮寺にとっての危機となる。


また、余裕が無いならまだしも、現在の飛騨には表面上余裕がある中でこちらから援軍を出さなかった場合、一揆の失敗の原因を自分達に押し付られる可能性もあるし、最悪は照連寺を破門するように働きかけられる可能性もある。


(そうなったら寄進どころの話ではなくなってしまう)


目先の利益に釣られ援軍より寄進を求めれば、後に待つのは破滅のみ。


「寄進をして下さろうとする飛騨守様のお気持ちはありがたく存じます。しかしながら我らは、越中にて今も戦っている門徒を救うべく動きたい。そう考えております」


「左様か。教義に生きるが御坊の選択ならば、これ以上儂から言うことはない。しかしすまぬ。先の理由から我らが援軍を出すことは……「では!」……む?」


「それでは、拙僧が美濃の蝮殿を説得出来れば、飛騨守様が援軍を出せぬ理由はなくなりますな?」


蝮に睨まれている限り援軍は出せない。そう言おうとした氏理に対し、明心は被せるように自身が思い付いた解決策を言い放つ。


「……まぁそうだな」


確かに、先程まで氏理が語った全ての懸念は美濃の蝮こと斎藤山城守利政に繋がっている。それはつまり、彼を説得出来たなら全ての問題は解決する。と言うことでもある。


確かに今まで氏理が語った『出陣ができない理由』に嘘も誤魔化しもないだろう。


しかし明心とて阿呆ではない。


彼は蝮の存在を理由にして援軍を断る氏理の根底に、大野郡の統治に専念したいと言う気持ちがあることを()うに理解していた。


(なればこそ、拙僧が蝮を口説く。そして断れない状況を作った上で此奴を戦場に連れ出してやるわ!)


戦国に生きる坊主は、ある意味で武士よりも血の気が多く、そして貪欲である。


小僧に舐められたままではいられない! 内心でそう嘯き、あらゆる手を尽くしてでも氏理を戦場へと(いざな)おうとする明心に対し、氏理は思わず渋面をつくる。


その氏理が浮かべた渋面を見て晴れやかな気分になる明心であったが、実際のところ全ては氏理の狙い通りにことが進んでいることに気がついていない。


表面上渋面を作りながらも氏理は(そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そう美濃の者共が理解するよう、せいぜい必死で蝮を説得してくれよ)と明心が自分から後顧の憂いを絶つことを宣言したことに、内心では満面の笑みを浮かべていた。



――白川郷で強権を振るっていた光曜山照蓮寺が一〇世明心も、言い換えれば白川郷周辺しか知らぬ世間知らずの坊主に過ぎない。


そんな彼には、飛騨だけでなく、信濃、美濃、越中、越後、能登、加賀など周辺諸国の情勢を睨みながら様々な手を模索する山師の策謀に気付くことは不可能であった。

作戦名「俺は嫌だって言ったのにあいつらが無理やり!」


大義名分は重要ですよねってお話。


―――


ネタバレになりそうな感想は消去させていただいております


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