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12話。山師を警戒する蝮

文章修正の可能性有り

天文二〇年(西暦1551年)四月。美濃国稲葉山


現在美濃の蝮こと利政の居城である稲葉山城には、冬の間に三木や姉小路家の者たちが溜め込んでいた鉱石を氏理らが精製し、金塊や竹流し銀へと加工されたものが、雪解けと共に利政の居城である稲葉山城へと運び入れられていた。


「ククク。黙っていても黄金が手に入るのなら、飛騨の二万石など惜しくはない。いや、むしろ駄賃としてもう少し加増してやるか?」


目録に書かれた黄金の量はおよそ五〇〇両分に加え、さらに銀が二〇〇〇貫分。


土地の管理も何もせず、ただ三〇〇〇の兵で土農を蹂躙するだけでここまでの利益を得られるというのだから、さすがの利政も自重を忘れ、思わず笑みを浮かべるのも仕方のないことかもしれない。


「……僻地とは言え、せっかく手に入れた地を簡単に譲られては困りますぞ」


そんな誰がどう見ても『悪い顔』をしている利政に対し、当座の代官として飛騨益田郡を預かることになった堀掃部太夫利房が文句を付ける。その表情は「本気ではないのはわかっているがそういう冗談は勘弁してくれ」と言わんばかりに顰められていた。


「おぉすまんな。しかし、その言いようでは太郎左衛門は飛騨の土地はいらんか?」


「無論、いらぬとまでは申しませぬ。ですが、何の準備もないままあそこに置かれるのは御免にござる」


恨みがましい目をしつつも利房は『所領は欲しい』とアピールすることを忘れない。


まぁ役目とは言え急遽冬を飛騨で過ごすことになったせいで極寒の地獄を見た利房からすれば『あんなところ二度と行きたくない』と言う気持ちは確かにある。


しかし、その代償として一五〇〇〇石もの所領を、否、その半分でも貰えるとなれば話は別だ。


美濃と尾張の境目に近い厚見郡にある実家は次男の太郎左衛門(堀秀重)に任せ、戦から遠い飛騨の地を己と脚気となった長男の利秀と切り盛りしつつ、孫の世代に繋げることが出来れば、堀家の未来は安泰となるだろう。


利房が抱く国人としての願望を理解している利政は、表面上恨みがましそうな目を向けてくる利房に対し苦笑いを返しつつ釈明を行う。


「あぁ、それはすまなんだ。流石の儂も飛騨の冬がどのようなものかは正しく理解しておらんかったし、美濃とそれほど違うとは思いもせなんだ。誓ってお主に含むところがあるわけではないぞ?」


「某とて、殿に悪意がなかったことは理解しております。しかしですな。そもそも美濃にある郡上八幡でさえ冬は厳しいのですぞ? それが飛騨となればとてもとても。四〇を越えた年寄りにさせる役目とは思えませぬ。……この冬で殿にどれだけ恨み言を呟いたか、もはや自分でも覚えておりませぬ」


「ふっ。言いよるわ。お主には本当に済まぬことをしたと思っておるし、当然苦労に見合った見返りも用意するつもりはある。……で、それほど飛騨の冬は厳しかったか? 遠出など考えも出来ぬほどか?」


飛騨から利房が持ち帰ったのは金や銀だけではない。氏理の監視や飛騨周辺の情報収集も代官として飛騨に置かれた利房の役目であった。


その利房の目から見て、冬の間の氏理にはおかしなところは見受けられなかった。と言うか、まともな調査が出来なかったと言っても良い。


「……そもそも。屋敷から出るのも一苦労でござる。あの雪の中、鉱石を精錬すると言うだけでも常軌を逸しておりますぞ。まぁ連中が言うには『精錬に使う熱で周囲が暖かくなり多少はマシになる』とのことでしたが、それでも熱があるのは精錬所周辺のみ。外出など、とてもとても」


「ふむ。なるほど。ではこの黄金と銀の量はどうだ? 誤魔化しはありそうか?」


「それもござらん。殿が引き入れた江馬や姉小路の者に仕えていた者にも確認させましたところ、誤魔化すどころか『やや多いのではないか』とのことでございました」


「ほう。少なくとも初手から儂を出し抜こうとするような阿呆ではない、か」


「御意。殿を知りながらそのような真似をするような阿呆ではないようです」


「では、此度の越中の騒乱にあれは関わっておらんと?」


「はっ。某はそう見ます」


目の前に餌をぶら下げられた形となった利房は、新たに地元の人間を雇ってそれなりに飛騨の内情や氏理の動きを探っていたのだが、流石に飛騨の氏理が山越えをすることなど想像することも出来なかった。


そのため配下から『暫く姿を見受けられない時期があったようだ』という報告を受けた際も『そりゃ家に篭っていたのだろう』と判断してしまう。


よって雪解けを迎えた利房は、冬の間に精錬された金や銀に加え、鉱山の位置やこれまでの飛騨の統治に関わる情報だけを携えて美濃へと帰国する段取りだった。


そんなある意味で軽い気持ちで美濃へと出立しようとしていた利房に、当の氏理が「見送りに来た」と言いながら「山城殿に伝えて欲しい」と一通の書状を手渡してきた。


その書状に書かれていたのは『越中に騒乱の兆しあり』と言う一文。


これを見た利政は当初「飛騨守が扇動したか?」と氏理の介入を疑うも、氏理を監視していた利房の答えは『否』であった。


「冬の飛騨は非常に、いっそ非情なほど雪深く、とてもではありませぬが他国に工作をするような余裕はありませぬ」


「う、うむ」


重い実感と軽い殺意を感じさせる利房の言葉に、頷くことしか出来なかった利政へ利房は続けて言葉をかける。


「加えて元々越中なる地は、神保・椎名・遊佐・越中斎藤氏・能登畠山家・越後長尾家と言った諸々の勢力に加え、加賀一向宗や勝興寺と瑞泉寺、果ては立山権現(雄山神社)と言った連中までもが権益を狙い、その牙を研ぐ者らの欲望渦巻く騒乱の地にございますれば……」


「何もせんでも騒乱が起こる、か」


「御意」


利房が越中と飛騨の国境を治める江馬に確認をとれば、監視役であり氏理に対して厳しい目を向けているであろう時盛も『これに氏理が関わっている』と言うのは無理筋だと見たのか、越中で騒乱の兆しがあることについては一切否定せず、それどころか「毎年のことにございますぞ」と嘯く始末。


「ではそこに飛騨守が手を加えた可能性はあるか? 何もせんでも騒乱が起こるというのは、逆に言えば『ナニカすれば騒乱を引き起こすことも可能』ということだが?」


どこまでも氏理の介入を疑う利政に対し、利政ほど氏理を理解しているわけでもない利房は「何故殿はそこまで飛騨守の介入を心配するのだ?」と思いながらも、己の存念を明かす。


「無論、それが『絶対に無い』とは申せません。しかしながら今回に限っては些か穿ちすぎかと存じます」


「……ほう。何故そう思う?」


「確かに雪解け前であっても、三月ならばそこそこに暖かい日もございました。ですが、三月に手を加え四月か五月にことを起こすとなると、準備期間が少なすぎます。これでは如何に飛騨守殿が優れた策士であっても越中の騒乱を操ることなど出来ませぬ。もし罷り間違って越中の者共が飛騨へと乱入したならば、飛騨守殿も飲まれることになるのですぞ? ……あの狡猾な飛騨守殿がそのような迂闊な真似を致しますかな?」


利房が見るところ、氏理は損得の勘定が極めて上手い人物である。


(そんな人物が迂闊に蜂の巣を突くような真似をするか?)


そう考えたとき、利房にはどうしても氏理が扇動を行うような真似をするとは思えなかった。


「……確かに。ただでさえ混乱の度合いが酷くなる上、一向宗まで加わっては、如何に飛騨守が狡知に長けていようと制御など出来ぬは道理、か」


「御意。狡知に長けているからこそ手を出さぬのではないか。某はそう愚考致します」


「うむ。それに奴とて昨年の秋口に大野郡の所領を得たばかり。あれは領内のことすら満足に手配りし切れておらぬのに、外に手を出すような阿呆でもないか」


「はっ」


実にひどい言われようであるが、両者ともに氏理の能力を評価しているからこそ、同じ結論に至っているのである。これを氏理が喜ぶかどうかは微妙なところだが、ここに居ない人間がどう思うかなど両者には関係ないことである。


重要なのは氏理の狙いが奈辺にあるか。それだけだ。


「つまるところ、飛騨守がこの件を儂に伝えてきたは『越中の連中が飛騨に迫る可能性があるから、その際に備えて援軍の用意をしていて欲しい』という存念からか?」


「その公算が高いかと」


「ふむ」


およそ二万石と言う従来の三倍近い所領を得た氏理であるが、所詮は二万石。集めることが出来る兵は五〇〇から六〇〇が限度だろう。


対して越中を始めとした各地で猛威を振るう一向宗にはそのような常識は通用しない。


元々軍勢として維持することを考えていない坊官に扇動された民は、石高など関係なしに集合し、蝗の如く襲い掛かり、その土地にあるものを食い散らかすだけの存在となる。


もしも内ヶ島家の所領が山奥の秘境である白川郷だけならば、氏理としても越中の民に狙われる心配などする必要はなかった。しかし大野郡を得て拠点を天神山に移した以上、防衛を考えないわけにはいかなくなったのだ。


「……事あるごとに貸しを作り、その対価として連中が蓄えている財貨を()()()()()()。くふふ。これほどうまくいくとはのぉ」


「御意。最初大野郡を飛騨守殿に譲渡すると言われたときは何事かと驚きましたが、今となっては殿の深慮遠謀に嵌められた飛騨守殿が哀れに思えまする」


「これ、お主は誰の味方か」


「無論、殿にござる。いやはや、やはり持つべきは片時も(たゆ)まず常に策を弄し、敵も味方も呑み込まんとする頼もしき主君にございますな」


「ふっ。言いよる。そこまで理解出来ておるのであれば、飛騨への援軍はその方に任せる。とりあえず様子見で一〇〇〇人を益田に常駐させる形でよかろう。あぁ、わかっているとは思うが……」


「はっ。飛騨守殿より要請がない限り、一歩も動きませぬ」


「うむ。それで良い」


ニヤリと笑いながらそう告げる利房を見て、彼が己の思うところをしっかりと理解出来ていると確信した利政もニタリと笑う。


美濃の蝮と称される男、斎藤山城守利政。

その蝮が重用する配下もまた毒を持つ蛇であった。










流石の江馬時盛たちも飛騨山脈までは追跡出来なかったもよう。

冬の間はどうやっても行動が制限されますし、監視もバレバレになりますから、誤魔化すのもそんなに難しいことでは無いのですってお話。


越中? ハハッ。


―――


申し訳ございませんが、ネタバレになりそうな感想は消去させて頂いております。



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