あなたと過ごす初めての月夜
お読みくださりありがとうございます。まだ、婚約者として過ごすようになった頃の二人の話です。
嘘がわかる力。
以前は、その力に恐怖したこともあったのに、今ではこの力に頼りきっている部分もある。
力とは、本当に恐ろしいものだ。
今日も、婚約者としてわたしの屋敷にきてくれたあなた――リリアンは、嘘をつかない。
そのことを確認して安堵する醜さを今日も抱えて生きている。
――そんな、ある日のこと。
「オーウェン様」
扉をノックされ開けると、愛しいあなただった。
「……どうした?」
「あの……」
あなたは少し気恥ずかしそうな顔をして、俯いた。
「?」
首をかしげる。その表情からして、悪い話ではなさそうだが――……。
疑問に思っていると、あなたが、あの、その、と言った後、顔を上げた。
「……オーウェン様、マージから聞いたのですが、今夜は月が綺麗らしいんです! だから、一緒に外で見ませんか?」
「!」
あなたと、月を?
月――その言葉に引きずられ、過去が思い起こされる。
月に照らされた、病で痩せ細っている母の赤金色の髪。そして、骨張った手で、幼いわたしの手を握り言われた、嘘の、言葉。
もし、もしも。
あなたにまで、嘘で愛してると言われたら――……。
「オーウェン様?」
黙りこくったわたしを心配そうに、あなたが見つめていた。
「あ、ああ……。すまない、考え事をしていた」
「そうなんですね」
「すまない、わたしは――」
断ろうとして、彼女の気恥ずかしそうな顔を思い出した。……そうだ。あなたは勇気を出してくれたのに。それに、あなたと約束した。あなたは、嘘をつかないと。
愛しいひとの言葉を信じられないなら、きっと、一生わたしは誰も信じられなくなる。
それだけは、いやだった。
「いや、わかった。上着を羽織ってくるから、少し待っていてくれ」
「! はい!!」
あなたは途端に顔を輝かせ、頷いた。
その笑顔を愛しく思いながら、上着を羽織り、あなたと共に外に出る。
「わ、ぁ……」
あなたが月を指差し、歓声を上げた。わたしもそれにつられるようにして、月を見上げる。
とても明るい満月は、どこまでも綺麗だった。
「……月が綺麗だな」
母のことよりも先に、その気持ちが浮かんだ自分に驚きつつ、その言葉を呟いた。
「! え、あ、はい! そうですね!!」
なぜか、頬を赤くしながら、こくこくと頷くあなたに首をかしげる。
「どうかしたか?」
「いえ、ただの……勘違いなので気にしないでください。でも……」
あなたは、そこで言葉を切り、微笑んだ。
「こんな綺麗な月、はじめてみました」
「そうだな。わたしもだ」
それは、月が明るいからか……いや。明るい月夜は今までも何度もあった。その違いは――。
「隣に、あなたがいるから。だから、余計綺麗に見えるんだろう」
声に出して、しっくりきた。そうだ。あなたが側にいてくれる。
「……! オーウェン様は、ひとたらしですね」
小さく呟かれた言葉は聞こえなかった。首をかしげると、あなたは、大きく首をふり、先程よりも大きな声で言った。
「そうですね。オーウェン様といると余計綺麗に見えます。でも……実は月より綺麗なものを知ってます」
「なにをだ?」
尋ねると、顔を真っ赤にして、微笑んだ。
「それは、オーウェン様の瞳です」
――あなたの瞳は、とても綺麗よ。
そう、過去にあなたに言われたことを思い出す。
……いままで、月を見て思い出すのは、母の死だった。だが――。
きっと、今宵から思い出すのは、あなたの言葉になるに違いない。
気恥ずかしく思いながら、まだ触れる勇気が持てずに、伸ばしかけた手を引っ込めた。
今度、あなたと月を見る夜は、あなたの手を握れたらいい。
そう願いながら、柔らかな光を称える月を見上げた。
いつもお読みくださりありがとうございます。
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