一番幸せな日
結婚して、数か月後のオーウェン目線です。
一番幸せな日。そう言われたら、どんな日を思い浮かべるだろうか。
わたしがそう問われたなら――、迷いなく今日、と答えるだろう。
「リリアン」
愛しい妻を、見つめる。そう――妻。いい響きだ。
「オーウェン様?」
妻が可愛らしい顔でこちらを見ている。妻は、いつも可愛らしい。いや、違うな。出会ってから今日まで――、日を重ねるごとにますます可愛く美しくなっていく。
可愛さ度、なる言葉があるとすれば、彼女の可愛さ度は日に日に増大し、それに従ってそんな可愛らしい妻を持ったわたしは、ますます幸せになる、という日々の繰り返しだ。
しかし、最近、そんな妻の体の不調が続いていた。
「大丈夫か?」
ベッドから起き上がり、妻の額に手を当てる。やはり、少し熱い。
「悪い病だといけない。早く医者に見せた方が……」
私がそう言うと、妻は必死でぶんぶん、と首を横に振った。そんな大事ではないから、大丈夫、と言ってきかない。
素直な妻らしからぬ言葉に、首をかしげて――、一つの可能性に気づいた。
「さては、あなたは医者が苦手だな?」
尋ねるとわかりやすく、体をこわばらせる。
話しを聞くと、苦い薬が苦手のようだ。
何でも素直に受け止める妻にも、苦手なものはあったのか、と驚くと同時に、少しほほえましくもあった。
幸い、今日は仕事も休みだ。一日中、妻と一緒にいられる。
だから、医者を呼ぼう、というと、妻はしぶしぶ頷いた。
診察が終わり、医者に尋ねる。
「それで、妻の容態は……」
わたしは、愛するあなたと一緒に生きたい。だから、どうか――。
誰かにそう思うのは、母が死んでから初めてだった。
「ご懐妊ですな。おめでとうございます」
懐妊。つまり、妻のお腹には、新たな命が宿っている――?
「……えぇ!?」
数拍おいて妻の驚いた声が、遠くで聞こえた。
……ああ。この気持ちをなんと表現すればいいのだろう。
「……本当に?」
我ながら情けなく、震えた声でそう呟くのがせいぜいだった。そんなわたしに、医者は深く頷き、注意事項をあげ連ねてからかえっていった。それを冷静に頭の中に記憶するわたしと、混乱しているわたしが混在していた。
「オーウェン様?」
そんなわたしの顔を妻が覗き込んだ。妻は、不思議そうな顔をしている。
「オーウェ――」
反応のないわたしの名前を呼ぼうと口を開いた妻を、怪我をさせないように、丁寧に震える腕で抱きしめる。
「……ありがとう」
それ以外の言葉が見つからなかった。この喜びを、そして――恐怖を。どのように、表現すればいいのか、わからなかったのだ。
「あなたと出会ってから。毎日が、幸福なんだ」
日々、その幸福は増していて。だからこそ、恐怖が沸き起こる。
「だから、余計に怖くなる。こんなにも幸せを与えてくれるあなたを。いつか、わたしのせいで失う日が来てしまうかもしれないことが」
妻は、微笑んでそんなわたしを見つめた。
「ずっと、思っていたのですが。オーウェン様のせいで、私が死ぬことはないと思います」
「だが……!」
「あなたの隣にいることも、全部私の意思で選んだ。それで私が死ぬとしたら、私のせいです。それに、私は死ぬならオーウェン様と老衰で死ぬのが希望で、そうなるように頑張るつもりです!!」
力強く、そう宣言され思わず笑みが浮かぶ。
……ああ。そうやって、あなたは、いつも――わたしの心を救うのだ。
「あなたは、強いな」
「そうあることでオーウェン様とずっと側にいられるなら。いくらでも強くなります。だから……」
妻が、わたしの手を握る。
「これからもずっと、側にいてください」
――まっすぐに、わたしを見つめる瞳は、かつて、わたしに瞳が綺麗だといってくれた瞳だった。
「ああ」
妻を抱きしめる。本当は、老衰でだって、わかれたくない。永久にあなたと一緒にいたい。でも、いつか、その日がくるとして。
それまでは、愛するあなたと、大事な新たな命と共に。日々を重ねていけたなら。
それは、これ以上ない幸福だろう。
いつもお読み下さり、誠にありがとうございます!!
お読み下さる皆様のおかげで、本日からコミカライズが始まりました!
漫画を担当してくださったのは、ムネヤマヨシミ先生です!!
とっても素敵なので、ぜひご覧ください!
また、原作の書籍1~2巻が発売中です!!
Web版とは少し違う流れになっているので、そちらもよろしくお願い申し上げます!




