にじゅうなな
平行世界だとか、全く別の時空だとか。心当たりがな──。いえ、もしかして、私が地球という世界で暮らした記憶があるのと関係ある? でも、それなら私だけでなくベネッタもそうだし。それにそんなこと、知ったことではない。私はもう、リリアン・ヒューバードで。オーウェン様の妻で、もうすぐヴィクターの母になる。私の肩書きはそれだけで十分だ。時空渡りの巫女なんていう肩書きは欲しくないし、いらない。
「私は巫女じゃないし、なる気もないわ」
「いいえ、巫女様。あなたは巫女様です。死から逃れた魂は強く輝く。巫女様の魂はとても眩く光り輝いておられる」
「……あなたたちは、公爵夫人を誘拐したとして、誘拐罪に問われる可能性があるけれど、そのことについては? 今すぐ私を公爵邸に戻してくれるなら、減刑を口添えするわ」
「私どもは、巫女様をお迎えにあがった身。その身に余る光栄に比べれば、現し世での出来事など些事」
「……はぁ」
話が通じないわね。一対一ならともかく、二人組だというのもまずい。ヴィクターもお腹にいることだし、あまり無茶はできないし。
「巫女様、どうぞこちらに」
話が通じない相手ならひとまずは、いうことを聞いておいた方がいいわよね。もし、逆上されて、傷つけられでもして、ヴィクターに何かあったら後悔してもしきれない。
私はしぶしぶ男性たちのいう通りに、進む。神殿の中は、静かで私たちの足音がよく響いた。
通されたのは、豪華な衣装が飾られている部屋だった。白を基調としたその服には、金と銀の刺繍が施されていて、カットされた宝石も煌めいている。綺麗だけれど、すごく動きにくそう。
「セレン、こちらに」
男性の言葉で、部屋の奥からすっと女性が姿を見せた。
「この者が、巫女様のお世話を担います。セレン、巫女様にご無礼のないようにな」
セレンが頭を下げたのと同時に、男性たちは去っていった。
「巫女様、お召し変えを」
そういうと同時にセレンに服を脱がされる。逃げるなら少なくとも三人も振りきらないといけないのか。とげんなりする。この体では無理そうだ。大人しく助けを待つのが吉かしら。
なんて、考えていると。セレンは、飾られていた衣装を外して、私に着せようとした。
「それ、着るの!?」
「はい。巫女様のために誂えた特別なお品です」
本当に逃がさないつもりだ。実際にきた衣装は、とても動きにくい。お腹が締め付けられていないのでヴィクターに影響はなさそうなのがせめてもの救いかしら。
そして、一度化粧をおとされ、再び化粧を施される。セレンは手際がいい。着々と施される芸術に誘拐されているという状況を一瞬忘れて、感心する。
紅をひいて完成された化粧は、目尻に赤い模様が入れられており、なんだか神秘的に見える……気がする。
そうして化粧が終わると、私は大勢の前に連れ出された。
三人どころか、何十人、いや、百人はいそうだ。さすがにこれを振りきるのは無理ね。
「巫女様のご帰還だ!」
私を誘拐した男性たちが声をあげると、皆が喜びに叫んだ。本当の巫女なら、手のひとつでも振ったり、にこやかに微笑むべきかもしれないけれど。私は本当の巫女じゃないし、そんな気にもなれず、真顔で立ち尽くしていた。




