にじゅう
「オーウェン様、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
滅多に見られないオーウェン様のかちこちに緊張しきった表情に笑ってしまう。
「だが……」
今日は、私の実家に二人で向かっていた。結婚してからばたばたと忙しく、ようやく落ち着いた。そこで、父から以前いわれた、今度はオーウェン様と二人で来なさいという言葉を思い出したのだった。
「これから会うのは、オーウェン様の父親でもあるのですから」
「……そうだな」
それに、初めて会うわけでもない。そう付け加えると、だが、改めて会うとなると緊張するんだ、とオーウェン様は苦笑した。
「あ、つきましたよ」
馬車が止まった。馬車から降りると、事前に連絡していた父が出迎えてくれた。
その後は、応接室に通され三人でお話をした。やっぱりまだ、オーウェン様は緊張していたけれど。でも、時間がたつごとに二人はすっかり意気投合して、私が入り込めないときもあったけれど。穏やかな時間を過ごすことができた。
「どうでしたか?」
帰りの馬車で、オーウェン様の感想を聞くと、オーウェン様はとても楽しかった、と答えた。それなら良かった。
「あなたのお陰で、私の世界は広がっていく」
「私もです」
オーウェン様に出会わなければ、知らなかった感情をたくさん知った。そして、それは、これからも。
そして。結婚して数ヶ月が経ったある日のこと。最近、体の調子がおかしい。朝起きると、しっかり眠ったはずなのに、なんだか体がだるい。そんな日が続いていた。
「大丈夫か?」
オーウェン様が私の額に手を当てる。ひんやりとした、オーウェン様の手が心地いい。
「……やはり少し熱いな」
そういって、オーウェン様が心配そうに眉を寄せた。
「悪い病だといけない。早く医者に見せたほうが……」
「でも、私。風邪を引いたこともないんですよ」
そう。凡庸な私の唯一の取り柄が、頑丈な体だった。それなのに、風邪を引いてしまったなんて、大変ショックだ。
「だったら、尚更心配だ」
「でも、医者を呼ぶほどでは……」
そんな大事ではない。そう主張したけれど、オーウェン様は苦笑した。
「さては、あなたは医者が苦手だな?」
ぎくっ。なんでばれたんだろう。正確には、薬が苦手だった。私は飲んだことないけれど、母が病気のときに飲んでた薬、すっごく苦そうだったのよね。この世界わりと医療は発展しているのだけれど、薬を飲みやすくするとかいう方面には全く力を注いでいないらしい。
「幸い、今日は私も仕事は休みだ。あなたに一日中ついていられる。だから、医者を呼ぼう」
うう。オーウェン様にそんなに心配そうな顔をされたら、頷くしかないじゃない。
そうして、医者に診てもらうことになった。診察の間、オーウェン様はずっと側にいてくれた。
「それで、妻の容態は……」
診察が終った医者にオーウェン様が尋ねる。
「ご懐妊ですな。おめでとうございます」
ゴカイニン。ごかいにん。懐妊。
「……えぇ!?」
理解するのに数秒かかった。つまり、妊娠しているってこと!? いや、まぁ、もう夫婦なんだしそんなに驚くようなことじゃないのかもしれないけれど。
まだ膨らみがわかるほどは大きくなっていないお腹を撫でる。ここに、命が。
なんだか、全く実感がわかないけれど。
「……本当に?」
尋ねるオーウェン様の声は震えていた。医者は頷き、もう一度おめでとうございます、と言った。
「安定期に入るまでは無理をなされないほうがよろしいかと」
その他諸々の注意事項をあげて、医者は帰っていった。
「オーウェン様?」
オーウェン様は、医者が帰るまでずっと無言だった。急に、不安になる。以前のヴィクターを可愛がっていた様子から子煩悩だと思っていたけれど、実は違ったとか?
私がオーウェン様の顔を覗き込むと、オーウェン様はこれ以上ないほど、顔を真っ赤にしていた。
もしかして、オーウェン様のほうが熱があるんじゃ。そう尋ねようとしたとき。
「!」
抱き締められた。ぎゅっと、でもまるで割れ物を扱うように。
「……ありがとう」
「オーウェン様、」
オーウェン様の声は、涙に濡れていた。抱き締められた腕もかすかに震えている。
「あなたと出会ってから。毎日が、幸福なんだ」
それは私も同じだ。オーウェン様と過ごす毎日は幸せで、毎日幸せ度を更新している。
「だから、余計に怖くなる。こんなにも幸せを与えてくれるあなたを。いつか、私のせいで失う日が来てしまうかもしれないことが」
「……オーウェン様」
未来はどうなるかわからない。案外もしかしたら、私と未来の私(仮)が選んだ選択はもう既に違っていて、未来は変わっているのかもしれないし、変わっていないかもしれない。
それでも。
「ずっと、思っていたのですが。オーウェン様のせいで、私が死ぬことはないと思います」
「だが……!」
「あなたの隣にいることも、全部私の意思で選んだ。それで私が死ぬとしたら、私のせいです」
それに私は死ぬならオーウェン様と老衰で死ぬのが希望で、そうなるように頑張るつもりだ。私がそういうと、オーウェン様は泣き笑いした。
「あなたは、強いな」
「そうあることでオーウェン様とずっと側にいられるなら。いくらでも強くなります。だから……」
オーウェン様の手を握る。
「これからもずっと、側にいてください」
オーウェン様は力強く頷くと、もう一度私を抱き締めた。私もオーウェン様を抱き締め返す。未来なんてわからないけれど。あなたがいてくれるなら、大丈夫。そう、思った。




