じゅうきゅう
さて。今日はオーウェン様と結婚して初めての、夜会がある。以前の私にとっては、夜会とは魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい会じゃないと言ったけれど。今の私にとっては、恐ろしい場だ。なんと言っても、私は公爵夫人になったのだ。オーウェン様と結婚したことに後悔は何一つないけれど、高位貴族としてやっていけるかと問われると不安が残る。
でも。しっかりしなきゃ。私たちの結婚はとても事実として順調そのものだ。そして、それを示す必要がある。もうナタリー嬢のようなオーウェン様に憧れている多くの令嬢に、付け入る隙があるのだと思わせてはならないから。オーウェン様の隣は誰にも譲れない。
「……よし」
気合いをいれるために、頬を叩く。背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見つめたら、準備は万端。
と、丁度そこでオーウェン様が訪ねてきた。
「準備はできただろうか?」
「はい」
微笑んで、オーウェン様を迎えいれる。
「……濃い色は新鮮だな。それに……」
オーウェン様が目を細めて微笑んだ。この国の貴族の結婚した女性は夜会で、濃い色のドレスを身に纏うことがルールだ。だから、余計結婚したことを実感する。
「あなたが私の妻になったのだと、実感できて嬉しい」
「私も同じことを考えていました。そういえば、オーウェン様、」
馬車に乗りながら、オーウェン様に以前からずっと思っていたことを聞いてみる。
「オーウェン様は、濃い目の化粧をした私のほうがお好きですか?」
「あなたなら、どんな姿でも好きだ。だが、そうだな。化粧を濃くしたときのほうが、あなたが楽しげに見えるから、どちらかというとそのほうが好きかもしれない」
「! そう、ですか……」
思わず真っ赤になってうつむいてしまう。化粧をすると普段の凡庸な私から少しだけ抜け出せる気がして、実は少し楽しい。オーウェン様にそのことを気づかれていたのね。オーウェン様は、本当に私をよく見ていてくれる。そのことが嬉しい。好き。幸せ度もそうだけど、私のオーウェン様に対する好感度も未だに留まるところを知らない。
気を付けないと私、一秒たつごとに好きって言っちゃう機械になるんじゃないかしら。
オーウェン様の気持ちは一つも疑っていないけれど、これじゃあ、私ばかり好きみたい。俯いていた顔をあげて、ちらりと向かい側に座ったオーウェン様を見ると、柔らかな瞳と目があった。
「どうした?」
どうしよう。知ってたけれど、私の旦那様世界一素敵。って、だめだめ。これじゃ、ただの色ボケじゃない。高位貴族として恥じない振る舞いをしなくちゃいけないのに。ぶんぶんと首を振って、邪念を追い出そうとして、アドリアーノ公爵夫人のアドバイスを思い出した。
──よろしいかしら? 私たちに大切なのは……。
貴族の妻として、子供を産むことはもちろんだけれど。旦那様の広報活動をしっかりすることも大事だと教わった。だから、私がオーウェン様のどういうところが素敵だと思うか、相手に伝えられることはとても大切だと。
「オーウェン様、私、頑張ります!」
オーウェン様を未だに、妖狐の血を継いでいる、そのただ一点で批判する人も多い。その人たちの考えを少しでも変えたいと思う。
「? あまり無理はしないようにな」
「はい」
夜会が始まる。まずは、挨拶回りだ。王家の方々に挨拶を終えると、多くの人に囲まれた。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
値踏みをするような視線にさらされる。けれど、俯かない。真っ直ぐ前を向いて、堂々と話す。オーウェン様の妻として侮られるわけにはいかない。オーウェン様とお祝いの言葉に答えながら、微笑む。オーウェン様と結婚できた私は世界一幸せであり、そう見えなくてはならない。口角が疲れてきたら、オーウェン様の方を向いて、リセット。
そんなことを繰り返し、ようやく私たちの周りが静かになった。オーウェン様が気分転換に、ダンスに誘ってくれたので、有り難くその誘いに乗る。
オーウェン様とのダンスはとても、楽しい。
オーウェン様の瞳にも私の瞳にもお互いだけが映っている。この時間はとても贅沢だと思った。
ダンスが終われば、再び、囲んできた人たちの相手をして、特に大きな失敗もなく、何とか夜会を乗りきった。




