じゅうなな
「……」
どうしよう。緊張してきた。結婚式、またその他もろもろの手続きを終えると、私はドレスを脱がされ、風呂に入れられた。自分でできるといっても聞いてもらえず、侍女たちによって身体中を磨きあげられた。そして、香油をつけられ軽く化粧をしてから、寝室に放り出され今に至るというわけだった。
私はそわそわとベッドに座ったり、立ったりを繰り返した。そこでふとアドリアーノ公爵夫人たちに教わったアドバイスを思い出し、顔が余計に真っ赤になる。
「……最初が肝心なのよね」
最初に失敗すると後々尾を引く結果になると聞いている。でも私にその手の経験なんてないし。教わった扇情的なポーズをして待っておく? だめだわ、私にはレベルが高すぎる! ええと、それならいっそのこと好きにしてくれと大の字に寝転がっておく? だめだわ、色気が無さすぎる!
どうしよう。どうする。結局私は、寝室の中をぐるぐると歩き回っていた。そもそもここ、元々はオーウェン様の寝室だから、オーウェン様の香りがするのよね。なんだかそれが安心するような、緊張するような。すると、ほどなくして。
「!」
ゆっくりと、寝室の扉が開いた。入ってきたのは、当然、オーウェン様だった。
「お、お疲れ様です、オーウェン様」
「ああ。待っていてくれたのか。ありがとう。あなたも今日は、疲れただろう」
そういって、部屋の灯りが落とされる。
えっ、もう!? ど、どどどどうしたらいいのかしら。けれど、動揺する私を余所にオーウェン様は、ベッドに潜り込んだ。
「おやすみ」
「ええ、おやすみなさ……え?」
「どうした? 寝ないのか?」
あれ? 私がおかしいのかしら? 私は首をかしげて、オーウェン様に尋ねた。
「オーウェン様、あの……」
「どうした?」
オーウェン様は、怪訝そうな声で灯りをつけた。そして、私をじっ、と見ると、私の格好にようやく気づいたオーウェン様は顔を真っ赤にした。
「すっ、すまない。あなたに恥をかかせるつもりは全くなく! ただ、今日はあなたも疲れているだろうから、と思って……」
「全く疲れていないと言えば、嘘になります。でも……」
私は、オーウェン様をじっと見つめる。オーウェン様も真っ赤だけれど、私も同じくらい真っ赤に違いない。
「私は、あなたの妻になりたい、です……っ!」
言い終わるのと、キスをされるのは同時だった。二回目のキスはやっぱり甘くて、くらくらする。力が抜けて、へたりこみそうになった体を支えられた。
「オーウェン様?」
生理的な涙でうるむ視界に、オーウェン様が困ったような顔をしていた。
「すまない。……善処するが、あまり優しくできないかもしれない」
「大丈夫です。オーウェン様になら、何をされても」
後悔しない。そういうと、キスをされる。
ーー灯りがもう一度、落とされた。
陽光で目を覚ますと、愛しい人はまだ、眠っていた。微笑んで、頭を撫でる。指の隙間からさらさらと銀糸の髪がこぼれ落ちた。それに、眠っているからかいつもより幼く見える。こんな表情を見ることができるのは、私だけなのよね。ちょっとした優越感に浸りながら、瞼にキスをする。幸せだと、心からそう思った。
暫く寝顔を眺めていると、やがて、オーウェン様は睫毛を震わせ、瞼を開いた。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう?」
ぱちぱちと瞬きをするオーウェン様は、まだ覚醒しきっていないらしい。暫く記憶を手繰るようにした後、急にがばりと飛び起きた。
「体は、大丈夫か!?」
「はい。オーウェン様が優しくしてくださったおかげで」
オーウェン様には嘘がわかるから、それだけで、伝わるはずだ。
「……そうか。それなら、良かった」
オーウェン様がほっとした顔をした。再びシーツに身を委ねたオーウェン様は、今度は拗ねた顔をした。
「あなたの寝顔を見たかったのに」
「これから、いくらでも見れますよ。ずっと一緒にいるんですから」
「……そうだな」
オーウェン様がぎゅっと手を握る。握られた手を握り返した。このひとと、夫婦になった。
「愛してる」
「私も、愛しています」
優しく啄まれるようにされた、キスを受け入れる。とても幸せな朝だった。




