じゅうろく
そして、ついにやってきた結婚式の前日。私は父に呼び出された。父が仕事を私の従兄弟のライゼルに引き継ぎ終わったのが今日らしい。
「リリアン」
父は、随分と穏やかな瞳をしていた。
「お前は、今、幸せだろうか?」
「はい。お父様。私はとっても幸せです」
そして、これからもっともっと幸せになる。そういうと、父はほっとした顔をした。
「それなら、良かった。ニーナが亡くなってからというもの、私はずっとだめな父親だった。だから、今さら父親面をするなと言われるかもしれないが、お前には幸せになって欲しいと願ってる」
確かに、父は父の言う通り父親としてはだめだったかもしれない。母が亡くなってからというもの仕事ばかりで、家に寄り付かなくなって。でも、私をちゃんと食べさせてくれたこと、それにオーウェン様と出会わせてくれたことを感謝している。父がオーウェン様に融資して貰わなければ、私は、オーウェン様にもう一度出会えなかった。
それに。私にもオーウェン様という愛するひとができて初めて、父の気持ちも少し理解できたから。
「はい。今まで育ててくださり、ありがとうございました」
だから、私は心から父にそういうことができた。
「それから。明日から家族になるんだ。今度はオーウェン公爵と一緒に来なさい」
「はい!」
公爵邸に戻ると、もうオーウェン様もお仕事から帰っていた。
「おかえりなさい。お父上と話はできたか?」
「ただいま戻りました」
オーウェン様にただいまのハグをして、父にちゃんと感謝の気持ちを伝えられたこと、次はオーウェン様と一緒に来るようにと言われたことを話す。
すると、オーウェン様は、嬉しそうに頬を緩めた。
「ありがとう。あなたのおかげで、明日から家族が増えるんだな」
そうか。オーウェン様は、お母様であるダリア王女殿下も、お父様であるミレンも亡くしている。
「もっともっと増えますよ。ヴィクターだって、私たちを待ってる」
私がぐりぐりと抱きつきながらオーウェン様にそういうと、オーウェン様は微笑んだ。
「そうだな。……楽しみだ」
ーーそうしてやってきた、結婚式の当日。
「お嬢様、世界一お綺麗です」
マージが太鼓判を押してくれた。厚化粧の効果も存分にあるけれど。やっぱりウェディングドレスには素敵な魔法がかかっていて、鏡に映る私は確かに綺麗だった。
「ありがとう、マージ」
お嬢様も、もうすぐ卒業。これからは、奥様って呼ばれるのよね。つまり、オーウェン様の妻としての責任も伴うということ。その責任に身震いしそうになる。でも。それ以上に。オーウェン様の家族になれることが、嬉しい。
コンコンコン、と扉がノックされる。入ってきたのは、父だった。父は、私の姿を見て、微笑む。
「綺麗だよ、リリアン」
「ありがとう、お父様」
そういう父の瞳には涙が浮かんでいる。私はそれには気づかないフリをして、父にベールダウンしてもらった。そして、長いドレスの裾を踏んづけないようにして、父とゆっくり歩く。
一歩一歩進む度に父や母との思い出を、思い出した。
そして、今。
オーウェン様が、目を見開いた。黒のフロックコートに身を包んだオーウェン様は、これ以上ないほど、格好良かった。
「変ですか?」
「いや。綺麗すぎて驚いた」
「それなら、良かった」
今度はオーウェン様にエスコートされて、未来を歩んでいく。
神の前で、愛を誓う。この命が続く限り、あなたを愛し、敬い、慰め、助け、操を守ることを誓った。そして、指輪の交換と結婚証明書へのサイン。
「では、誓いの口づけを」
オーウェン様が、ベールをあげる。とろりとした、蜂蜜のような金の瞳と目があった。微笑んで、それからゆっくりと目を閉じる。
初めてのキスはレモンの味はしなかったけれど。とても、幸せな味がした。




