じゅうご
「ベネッタ、」
どうしたの。そう尋ねたいのに。尋ねるには、あまりにもベネッタは悲痛な顔をしていた。まずは、温かい紅茶を入れたら元気になるかしら。そう思い、とりあえずソファーを進め、紅茶をいれる。
ベネッタはお礼をいって、紅茶を口に含むと、絞り出すような声でいった。
「……振られたの、サイラスに」
「えっ!?」
私は驚きすぎて、紅茶を吹き出しそうになった。ベネッタが、振られた? それも、サイラスさんに? でも、サイラスさんは『人』を選んだと言っていた。ただの友人のためだけに、そんな重要なことを決めるだろうか。
「……ベネッタ」
それでも。もうベネッタには言ったのかもしれないけれど、まだ私が会った時点ではサイラスさんはそれをベネッタに言わないで欲しいと言っていた。それに、こんな辛そうなベネッタに何といって言いかわからずに、私は紅茶に再び口をつけた。
「私、勝手に両想いだと……舞い上がってて。でも、違ったの」
「でも、二人は毎晩ご飯を一緒に食べる仲だったんでしょう?」
普通の友人にしては近すぎる距離だと思う。私がそう指摘すると、ベネッタも頷いた。
「私もそう思ってた。でも……」
ベネッタが俯く。
「ねぇ、ベネッタ。以前、魔法軍に私が訪ねたとき、変なこと言われなかったかって聞いたわよね?」
「えっ、ええ」
それに、オーウェン様も魔法軍はあまり気持ちのよい場所じゃないとも言っていた。思うに、魔法軍は、人に害をなした妖怪や鬼をよく思っていないだけでなくーー人に害をなした結果産まれたハーフのこともよく思っていないんじゃないかしら。私が尋ねると、ベネッタは頷いた。
「そうなの。ハーフのひとたちのせいじゃないのに、魔法軍ってば、そういうひとたちのことも敵視していてーーもしかして、だから?」
「絶対とは言いきれないけれど、その可能性もあるんじゃないかしら」
たとえば、ハーフの恋人でないほうが出世しやすいとか。
「でも、私にサイラスがいることは有名で。今さら気にすることじゃ……ううん、サイラスはもしかして、ずっと、気にしてた? 私が魔法軍に入ってから少しだけ態度がよそよそしくなったのも、それが原因?」
ベネッタが俯いていた顔をあげる。そのルビーを閉じ込めたような瞳には強い意思が宿っていた。
「ありがとう、リリアン。私、もう一度サイラスに告白してくる。……また、振られたとしても、私はサイラスのことが好きだから」
「頑張ってね」
私には幸運を祈ることしかできないけれど。私は精一杯ベネッタの想いが伝わることを祈った。
そして、その更に数日後。ベネッタが、私を訪ねてきた。サイラスさんと何があったかは聞かなくてもわかった。ベネッタの表情は幸せで溢れていたから。
「あのね、サイラスも私が好きだって、言ってくれたの」
「良かったわね!」
その表情から察することはできたとはいえ、こうして改めて、言葉にして聞くことが出来て嬉しい。
「あなたの言う通り、サイラスは自分がハーフだということに悩んでいたみたい」
聞くと、ベネッタがもう一度サイラスさんに告白したところ、もう一度は振られたらしい。でも、何度も何度もサイラスさんに告白し続け、サイラスさんもついに折れて正直に言ってくれたそうだ。
「魔法軍の隊員でハーフと付き合ってるやつなんかいないって言われたから、だったら、私がその前例になるわっていったの」
「ベネッタらしいわね」
真っ直ぐなベネッタらしい。私は暫くベネッタの惚気を頷きながら聞いていたのだけれど……ん? あることに気付き、首をかしげた。
「ベネッタ、もしかして、その指輪ーー」
ベネッタの左手の薬指には、銀色の指輪が輝いていた。私が指摘すると、ベネッタは顔を真っ赤にして頷いた。
「……実は。今日、報告したかったのはそのことなの。私たち、結婚したのよ」
「えっ、ええええ!?」
流石に展開が早すぎない!? だって、ベネッタは告白したばかりでーー。いえ、でも、ベネッタは元は平民だし。一年の婚約期間を持つのは貴族の通例だもの。平民には当てはまらないのよね。
「式はまだ当分先になりそうだけれど。とりあえず、今は私の家で一緒に住んでるわ」
「おめでとう!」
そっか。じゃあ、ここにいるのは、もう、サイラスさんの奥さんになったベネッタなのね。お祝いをしなくちゃ。何がいいかしら。そう聞くとベネッタは、照れ臭そうに言った。
「それなら、お願いがあるんだけれど。また、料理を教えてくれないかしら? クッキーは作れるようになったんだけれど、その、旦那様に、私の手料理を食べて欲しくて」
なんて可愛らしいお願いなんだろう。私は、もちろん、笑顔で頷いた。
「……と、いうことがあったんですよ」
お仕事から帰ってきたオーウェン様に、幸せなカップルが誕生したことを話す。すると、オーウェン様も一緒に喜んでくれた。でも、オーウェン様はあまり驚いた顔はしていなかった。どうしてだろう。そのことを尋ねると、オーウェン様はこっそり教えてくれた。
「以前、あなたが拐われたときに会ったときから、ベネッタ嬢から香りがしたんだ」
「香り?」
何のことだろう。そう思い、匂いでわかるってどこかで聞いたような……と、思い出した。
「もしかして、サイラスさんの香りですか?」
サイラスさんに以前私からオーウェン様の香りがすると言われた。それと同じことかしら。私がそう言うと、オーウェン様は頷き、顔を真っ赤にした。
「ああ。……っ!? あの、その。私があなたに、その、」
「大丈夫ですよ。わかってます。むしろ、もっと、いっぱいしてください」
そういってオーウェン様に私から抱きつく。オーウェン様の香りをいっぱいに吸い込んだ。
「私はオーウェン様の、婚約者なんですから」
そして、もうすぐ、奥さんになる。その日がとても待ち遠しい。
「でも、ずるいです」
「?」
「私だって、オーウェン様にマーキングしたいのに」
私は妖怪の血を継いでいないから、どうやってマーキングしたらいいのかわからない。
「……あんまり、可愛いことをいわないでくれ」
オーウェン様が顔を赤くして、ぎゅっと、私を抱き締めた。私も抱き締め返す。その日はダグラスに夕食が出来たと呼ばれるまで、ずっと抱き締めあっていたのだった。




