じゅうよん
でも、ベネッタの家を訪ねるのは、考えてみれば初めてかもしれない。私がそういうと、ベネッタは何とも言い難い顔をした。
「……驚かないでね」
「わかったわ」
どんな家なのか想像しながら、馬車に揺られ、ついにベネッタの家についた。ベネッタは、魔法使いに与えられる特権である王都の一等地に住んでいた。
「素敵なお家ね」
住みやすそうな、普通の家に見える。何に驚くことになるのだろうか。そう思いながら、ベネッタに家の中に入れてもらう。ーーと。リビングに繋がるのだという扉を開けると、そこに現れたのは、汚部屋だった。ゴミはないけれど、とにかく物が散乱している。
「私ね、片付けと料理が大の苦手なの。これでも、昨日サイラスに手伝ってもらって、何とかましになったほう、なんだけれど」
「そうなのね」
サイラスさん。ベネッタの友人であり、妖狐と人間のハーフの青年だ。私個人の感情としては、ベネッタとサイラスさんは友人以上の関係なのでは……と疑っている。
それにしても。誰にでも向き不向きは、あるもの。ベネッタは、リビングに続く扉をそっと封印するように閉めると、私に向き直った。
「早速だけれど、キッチンはこっちよ」
キッチンも物凄いことになっているのかしら。そしたら、片付けから始めなければいけない。ちょっとだけドキドキしながら、キッチンに向かう。おそるおそる、キッチンに目をやると、とても綺麗だった。
「ベネッタ。片付けできるじゃない」
キッチンがこんなに綺麗なら他の部屋だって綺麗になりそうなものだ。私が首をかしげると、ベネッタは素直に申告した。
「だって、一度も使っていないもの」
「……え?」
「だから、私がここに越してきてから一度も使ってないの」
……なるほど。それなら、こんなに綺麗なのも頷ける。でも、それなら。
「いつもご飯はどうしてるの?」
「外で食べるか、サイラスの家で食べてるわ」
「じゃあ、まずは材料を買いにいきましょうか」
私が提案すると、ベネッタは首を振った。
「大丈夫。材料ならあるわ」
食材ケースをあけると、本当に材料があった。
「でも、どうして? ベネッタは料理しないんでしょう?」
「料理自体に憧れはあるから、食材は毎日買ってるの。でも、自分じゃできないから、結局サイラスのところに持っていって、料理してもらうんだけど」
ベネッタはまず形から入るタイプらしく、料理器具も最新のものが揃っていた。
早速ベネッタとお菓子作りを始める。メニューは、私が一番作りなれていて、簡単なクッキーにすることにした。ベネッタは、料理が苦手というのは本当らしく、危ない手付きで、作業を進めていく。
「それにしても、ベネッタ。何か心境の変化でもあったの?」
普段料理を全くしないベネッタが、料理を始めようとするなんて。私が卵を割りながら尋ねると、ベネッタは顔を赤くした。
「サイラスにね、言われたの。そんなんじゃ、お嫁にいけないぞって。お嫁にいけないのは困ると思って……」
でも、ベネッタは魔法使いだから爵位を持っているはずだし、使用人を雇う給料だってあるはずだ。料理が出来ずとも、お嫁にはいけると思うけれど。私がそう指摘すると、これ以上ないほどベネッタは顔を赤くした。
「……それに、サイラスに私の手料理、食べて欲しいから」
なるほど。やっぱり、私の予想は間違ってなかったらしい。
「もうすぐ、バレンタインデーでしょ?」
バレンタインデー。懐かしい響きに目を細める。もちろん、この世界にそんな日はないけれど。想いを伝えたいのはどんな世界でも変わらない。
「曖昧な関係を続けるのはもうやめにしようと思って」
「……そう。頑張ってね!」
以前の様子からして、サイラスさんもベネッタのことを想っている、と思う。
だから、きっと、大丈夫。
ーー少しだけ形がいびつな、でも愛情がたっぷり詰まったクッキーができた。
「出来た! 出来たわ!!」
嬉しそうに、ベネッタがぴょんぴょんと跳び跳ねた。いつも年齢よりも大人びて見えるベネッタだけれど、そうしている姿は年相応の少女に見える。
「ふふ。とても、美味しそうね」
こんがりときつね色に焼けたクッキーは、甘い香りをはなっていた。
「ありがとう、リリアン」
「いいえ。お役に立てたのなら、良かったわ」
とても幸せそうな顔をした、ベネッタを見て、私も笑顔になる。
ーーけれど。その数日後。泣きはらして目を真っ赤にさせたベネッタが私を訪ねてくるのだった。




