じゅうさん
アドリアーノ公爵夫人のお茶会から帰って数日後の、昼下がりの午後。今日はオーウェン様は城勤めなので、自室で筋トレをしてから刺繍をしていると、ベネッタが訪ねてきた。ベネッタに会うのは、あのヴィクターを閻実の界に送って以来なので、嬉しい。でも、どうしたんだろう? 応接室に行くと、ベネッタに抱きつかれた。
「良かった! 本当に良かった」
「!?」
私、何かベネッタに心配をかけるようなことしてしまったかしら。私が首をかしげると、ベネッタは興奮気味に話してくれた。
「昨日ね、私の家にあなたたちの結婚式の招待状が届いたの!」
そういえば。最近結婚式の招待状をだしたのだった。
「ということは、結婚するのよね? あなたとオーウェン公爵が。本当に?」
「ええ。そのつもりだけれど……」
もしかして。ベネッタのその喜びようで思い出した。オーウェン様が未来のオーウェン様(仮)に出会ったのはヴィクターを送っていった、閻実の界。それには、ベネッタも同行していたはずだ。
「もしかして、未来のオーウェン様が言っていたことで、心配をかけた?」
私が尋ねると、ベネッタは頷いた。
「あなたが未来のオーウェン公爵のことを知っているということは、ちゃんと二人で話し合うことができたのね」
ベネッタは、『推し』であるオーウェン様の幸せを願う一方で、友人になった私に死んで欲しくもない、という思いで悩んでいたらしい。
「でも、結婚は二人の問題だから私が口を挟むわけにもいかないし。ずっと、どうしたらいいんだろうって、悩んでたの」
「……ベネッタ。ありがとう。それから、心配をかけてごめんなさい」
「いいえ、私が勝手に心配になってただけだから。でも、本当に良かった!」
ベネッタは満面の笑みを見せてくれた。でも。ふと、今までの出来事を思い出す。
「せっかく友人になったのに、いつもベネッタには力を貸してもらってばかりでごめんなさい」
私が頭を下げると、ぶんぶんとベネッタは首を振った。
「私のしてることなんて、ほとんど閻実の界担当部の仕事だもの。それに、あなたと前世のことや今世について手紙を書くの、とっても楽しいわ」
そう。仕事で忙しいベネッタとの交流は、手紙が多い。前世のことや今世のこと。様々なことを手紙に書いて、送りあっている。もちろん、前世のことについて書くときは、他の人に読まれないように日本語で。日本語を書く機会なんて、もう二度とないと思っていたから私もとても楽しんでいる。
「私もとっても楽しいわ。でも、いつもあなたに頼ってばかりで申し訳ないから、何か私で力になれることはある?」
私が尋ねると、ベネッタは少し考え込んだあと、提案した。
「リリアン、あなた、料理は得意?」
「ええ、まぁ、それなりには」
流石に公爵家の料理人であるセディほどの腕前を求められたら、困るけれど。私が素直にそういうと、ベネッタは頷いた。
「良かった。だったら、私に料理を教えて欲しいの。料理というか……、まずはお菓子作りから教えてくれると嬉しいのだけれど」
「もちろん」
「ありがとう。それじゃあ早速、私の家に来て欲しいのだけれど、今日時間があるかしら?」
「ええ。大丈夫よ」
公爵邸の厨房より、ベネッタが普段料理している家の厨房のほうがベネッタもやりやすいからかしら。
今日の分の刺繍はあと少しだし、あれぐらいなら帰ってやれば十分間に合うだろう。ダグラスに出掛けることを告げて、早速ベネッタの家へと向かった。




