じゅうに
ーーそれから、数ヵ月がたった。続けている筋トレの成果が徐々に出始めて嬉しい時期……でもあるのだけれど、今日の私は筋トレではなく刺繍をしていた。幸福に頬を緩ませながら、刺繍をしていると思いっきり指に針を突き刺してしまった。
「いたっ」
思わず声をあげる。すると、すぐにオーウェン様が飛んできた。
「大丈夫か!?」
「はい。刺繍針で指を刺してしまって」
「危ないから、刺繍はやめにしよう」
心配性になったオーウェン様は、今にも私から刺繍針と糸を取り上げそうだ。
「オーウェン様、心配をおかけして申し訳ありません。ですが、大丈夫です。少し刺しただけなので。それに」
私はちらりと布に視線を落とす。
「一生に一度の特別なドレスです。私だって関わりたいです!」
そう、私がしているのは、結婚式用のドレスの刺繍だった。もちろん、その全てを作るわけではないけれど。私が主張すると、オーウェン様はしぶしぶ針と糸を私の手に戻した。
「だが……」
「そんなことより、オーウェン様。私がいて集中できますか? 屋敷内で何かあるとは思えないですし、やっぱり今日のお仕事が終わるまでは別々に……」
現在、私がいるのはオーウェン様の執務室だ。私がまだ見てはいけないような資料を取り扱う日でなければ、こうして一緒に過ごしていた。一緒にいられるのは嬉しい。でも、邪魔にはなりたくない。
「あなたがそばにいないほうが、落ち着かない」
「そうですか?」
「ああ」
オーウェン様は確かに仕事をきっちりとこなすお方だ。そのオーウェン様が大丈夫というのなら、大丈夫、だろう。
「でも、お邪魔になったら言ってくださいね。すぐに出ていくので」
「邪魔になんてなるはずがない。でも、くれぐれも怪我には気を付けてくれ」
「わかりました」
私が頷くとようやくオーウェン様はほっとした顔で、執務に戻った。真剣な表情でお仕事をしているオーウェン様を見て、一針一針心を込めて、刺していく。オーウェン様とできるだけ長くいられますように、と祈りながら。
その後は特に針を指に突き刺すような失敗もなく、今日の分の刺繍を終えることができた。
「そういえば、オーウェン様」
お昼休憩にお茶会をしながら、ふと思い出したので、オーウェン様に尋ねる。
「アドリアーノ公爵夫人のお茶会にご招待いただいたのですが、参加してもよろしいですか?」
「馬車で事故があったらと思うと心配だが。あなたをこの屋敷にずっと閉じ込めておくわけにもいかないな。あなたが望むなら、ぜひ行ってくるといい」
そういってオーウェン様は微笑んだ。やったわ! とっても楽しみだ。
そして、ついにアドリアーノ公爵夫人のお茶会の日になった。髪はもりもり! 厚化粧! 戦闘態勢はバッチリだ。オーウェン様といってきますのハグをしたら、さぁ、出発だ!
「ごきげんよう、アドリアーノ公爵夫人」
「ごきげんよう、リリアンさん」
手土産を渡して、軽くおしゃべりをする。今日こそ、今日こそは。ハンナ侯爵夫人のお茶会のような失態はないようにしないと。そう意気込みながら、用意された席に座る。
やっぱり周りは高位貴族の方々が多いけれど、だからこそ、頑張らなくっちゃ!
そうして、お茶会が始まった。お茶会では、流行りの服や宝飾品、音楽や劇の話から次第にお互いのパートナーの話に移り変わっていった。
「……というわけで、私のことをとっても大事にしてくれますの」
「さすが、メイベル伯爵ね!」
「あら、私の旦那様だってーー」
けれど、ハンナ侯爵夫人のお茶会と決定的に違うのは、みんな愚痴や不満ではなく、パートナーの良いところをひたすらに話している点だった。アドリアーノ公爵夫人の派閥はみんな夫婦仲や婚約者仲がいいのね。
そのことに感心していると、私に話題が振られた。
「それで、リリアンさんは? オーウェン公爵とどんな風に過ごされていらっしゃるの?」
この流れなら、オーウェン様のこと、悪く言わなくてもいつも通りのオーウェン様を話せば大丈夫よね。
「はい。アドリアーノ公爵夫人。普段のオーウェン様は……」
私は心を込めて、オーウェン様のことを話した。その間、みんな笑顔で聞いてくれたので、とても話しやすかった。
「そう。ありがとう、リリアンさん。ところで、もうすぐご結婚されるでしょう?」
頷く。結婚式まであと、少しだ。
「私たちが、夫婦円満でいる秘訣を教えて差し上げるわ」
アドリアーノ公爵夫人がそういうと、みんな急に声を落として、様々なアドバイスをしてくれた。
「……というわけよ」
「な、なるほど」
……私に果たして実践できるだろうか。私が真っ赤になっていると、初々しくて可愛いわね、と笑われた。だって、まさかあんなーー……。いえ、でも、オーウェン様がそれで喜んでくれるなら、結婚したら挑戦してみようかしら。
そうして、お茶会は穏やかに過ぎていったのだった




